第55話

それからふたりの刑事も病室に入ってきて、谷原が「さっき話してくれたこと、もう一度説明してくれるかな」と拓海へ言った。

拓海は頷くと、ゆっくりと話しはじめた。

「あの日、おれは友達と夕方から予定があって」

拓海が話した内容は次のような内容だった。


あの日、十一月の珠月が事故にあった日、夕方、拓海は高校生時代の友人と会う約束があり出かけていた。

午後の講義を終えた拓海は湊人と珠月と一緒に大学を出たが、予定の時間もあったのでふたりとは大学の門のところで別れ、ひと足先に駅へ向かった。

大学の最寄り駅から電車を乗り継ぎ、拓海は池袋へ向かった。池袋の駅で友人と待ち合わせ、合流して北口から歩いた商店街にある居酒屋へ入った。

居酒屋では飲み物とつまみにいくつか食べ物を注文し、久しぶりの近況きんきょう報告ほうこくをしあった。

大学に入ってからのこと、講義のこと、それから珠月という彼女ができたことを友人に話して聞かせ、友人からはうらやましがられたという。

しばらくふたりで長い時間、飲み物を飲みながら語り、時刻はまもなく二十二時半になろうとしていた。十七時のオープンからかれこれ五時間以上居座ったことになる。友人は大学入学にあわせて現在の住まいが千葉の海浜幕張かいひんまくはりのほうと遠いこともあり、そろそろ解散にするかということになった。

会計を済ませ、友人とともに居酒屋をでた拓海は、そのまま駅への道を戻りはじめた。予報の通り、細かい雨が降り始めていた。拓海は鞄から折りたたみ傘を広げ、差した。

とちゅう通り過ぎる道で、ラブホテル街の道を通った。そのとき、ネオンを光らせたホテルの出入口からひと組のカップルらしき男女がちょうど出てくるところだった。

「さっきまでヤッてたのかね、女のほう、ずいぶん疲れてんな」と友人が冗談まじりに言った。

たしかに見ると男にもたれかかるようにうつむき、女は支えられながら歩いていた。

意識が朦朧もうろうとしているのか、女はふらふらとした足取りだった。拓海は若いカップルだなと思った、その直後だった。うつむいていた女が一瞬、顔をあげた。その女の顔に、拓海は驚愕きょうがくした。それは珠月にとても似ているように見えたからだ。

いや、まさかな。

拓海はすぐに思い直した。珠月がこんな時間、こんな場所に知らない男といるはずがない。それに大学にいた珠月の服装とも違い、すその短いスカートの派手な服だった。

女はすでに顔をまたうつむかせ、もう確認はできなかった。

そのまま駅までの道を友人と歩きながら、いや、そんなはずはないと何度も思い直しながらも、自身のなかにある疑惑ぎわくの念が拭えずにいた。

「わりい、おれちょっとコンビニ寄ってくから、今日はここで」

そういうと拓海は友人には駅に着く前に別れを告げ、来た道を戻りはじめた。

そんなはず、あるものか。そう思いながらも、拓海は足早に先ほどのカップルがいたホテルの前まで戻ってきた。

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