第3話 なぜこうなった。追放して欲しいので余計な事はやめて下さい。

 厄介な縁談話からだいぶ時が進んで、


「本気なのですか?父上!ネルをこの家から追放などと言うのは」


 俺の真の実力を隠す為に、無能としての演技をして来たのだが、それが見事に裏目に出てしまった。


 どうせ、多少剣が振れて魔法が使えて、ともなれば貴族家としての厄介事に巻き込まれる。それならばいっその事、無能として家の厄介事には首を突っ込まずに、是非とも追放してくれと、のんびり冒険者ライフに明け暮れようと思っていた矢先だった。


 どれだけ鍛錬を積んでも、成長の兆(きざ)しが無いとして、父上が俺をこの家から追放すると言い出した。


 激情しながら怒号も飛んできては俺を罵ると、「貴様の姉を見習え」とか「無能なのに良くもまあここまで育ってくれたな」を言っては再び己で火を着けて、憤慨してしまう。


 本来であれば、ここまで酷く罵倒されるとなるとそれ相当なショックを受けても良いのだが、この俺は違う。


 追放……もはやご褒美だ。

 その言葉をもうかれこれ数年前から待っていたのだ。


 ――是非とも追放して下さい。もう面倒ごとに巻き込まれるのは御免です。


 父上が俺を追放すると聞いて『剣聖』の姉上は、任務から離れて家に血相変えて早馬で駆け付けては、父上にそう怒鳴り散らしたのだ。


 俺の内心は、頼むから姉上、邪魔をしない下さい。空気読んで下さい。追放されたいんです――である。

 そんな姉上に怒りを覚えたところだ。


「本気も本気よ!アルフォート家の血を継ぐ者が、こうも無能とは我が家の恥だ!これ以上恥を晒すのであれば、こいつを家から追放して絶縁するまでだ!」


 姉上の表情はなんだか、腑に落ちないと言った顔だ。それもその筈だ。俺の真の実力を知っている姉上からすれば、俺が無能なんて事は考えられないからだ。


 姉上は険しい視線を俺に向けた。

 きっとその時の俺の顔は、何かに怯えるそんな顔と、思っても見なかった事が目の前で展開される様を見て、呆けていたに違い無い。


 空の握り拳を使っては、全ては姉上に俺の真の実力を知られてしまったせいだ。と嘆くばかりである。


 出来るのなら、俺の力で今ここで魔法を新たに開発して、姉上のその記憶を消してしまいたい。とまで思っていたところだ。


 勘の良い姉上の事だ。そんな表情を浮かべる俺を見て、きっと何かを察したのだろう。


 その時の姉上の顔はより一層、険しくなり、全てを解き明かす様に父上に切り出した。


「父上、私の弟、ネルが無能なんてあり得ません!私はネルの……」


 ──これは非常にマズい展開だ。なに余計な事しやがる。


 姉上の声を遮る様に、口を割った。


「姉上!姉上のお気持ちは大変嬉しいのですが、父上の言っている事は正しいのです。無能な奴は家から出て行った方が良いと思うのです」


 ──さあ、この俺を追放してくれ……


「そこまでして、この出来損ないを庇うかのか?アルフォート家に生まれた者は皆、名門中の名門、王都エスゴール魔法騎士学園に通うと言うのに、此奴(こやつ)のこの呆けた顔を見てみよ!入学なんて出来るわけが無かろう!」


 父上は姉上以上に血相を変えて、口答えした姉上に向かって怒鳴り散らした。


 ──そうそう、誰が好き好んでそんな学園に行くか。


 しかしだ、俺の真の実力を知っている、姉上の信念は簡単には崩れなかった。


「では父上、ネルの王都エスゴール魔法騎士学園入学、そして卒業をもって、弟の才を証明して見せましょう!もしも、ネルが落ちてしまったのなら、私の『剣聖』の称号を返上し、この私がアルフォート家から去りましょう!」


 ──うっ……姉上、余計な事を。なに言い出すんだよ。なんだこの展開は。そんなの望んでないのに。


 大見栄を切った姉上のそんな姿を見た事は、これまで一回でも有るだろうか。その答えは、否。父上と言えども同様だろう。その驚き具合からして、姉上の渾身までの迫力のある姿に、父上は圧倒されていたのだから。


「その誓い、忘れるで無いぞ!」


 父上の重く厳しい声が木霊しては、その場を去って行った。


 事の展開にまだ実感が湧かない俺に、姉上はウィンクをしては、口元を歪めながらいやらしい微笑みをして見せた。


「ネル、全てはお見通しよ……でも、貴方の事を信じてるわ」


 そう言うと、俺を固く抱きしめた。姉の温もりと、顔から垂れる滴が俺の肩に落ちるのが見えた。


 これが最後の決め手であった。


 そして俺に、王都エスゴール魔法騎士学園への入学を決心させたのだ。


 何故、こうなった――

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