君に会いたくて転生した - 前世の記憶で攻略無双、いつか至るダンジョン最下層 -

加賀七太郎

第一章

第1話 追放

「そこから先、我々とお前は……他人だ」


 リーダーの言葉の重さに、足が耐えきれなくなった。

 ぐらりと視界が揺れ、ユーリは魂が抜けたかのように地面に膝を付く。

 ズボンに染みゆく魔物の血。それと同じ速度で、絶望がじわりじわりと心に浸透していった。


 およそ三年もの間、共に探索し、苦難を乗り越え、支え合ってきた仲間たち。

 その全員が、背中を向け遠ざかる。

 もう、遠のく背中に追いすがることもできない。


 その日ユーリは『六角の盾シェルハイヴ』から追放された。


 *


 ここはダンジョン。

 魔物と呪いを吐き出し、探索者を飲み込む魔窟。

 その規模は大小様々。世界中に複数存在し、古いものは千年以上前に生まれ、今もなお肥大化し続けている。

 ダンジョンの肥大化は地形を変形させ、魔物による害を引き起こした。しかし人々の悩みの種となる一方で、内部には貴重な鉱石を初めとする財宝や未知の道具が存在している。

 そのことから、富と名声を目当てに潜る探索者も少なくなかった。


 そんなダンジョンの中でも世界最古と言われているのがここ、『原始点インセプション』である。


 寒々とした洞窟の中、夜の海のような青紫色をした瞳の少年・ユーリは、黙々と仲間が仕留めた魔物を捌いていた。

 細い、というよりも貧弱な体。

 しかし体格に見合わず、彼は実に手際よく魔物を処理していく。


 ふと視線を上げると、少し離れた場所で仲間たちが何やら声を潜めて話し合っていた。

 魔法の光に照らされた『六角の盾シェルハイヴ』のメンバーの顔がぼうっと浮かび上がり、暗がりにいる自分だけ疎外されているように感じてしまう。

 ユーリは暗くため息を吐いた。


 何を考えているんだ。仕事だ、仕事。


 そう自分に言い聞かせ、魔物の足を切り落とす。

 鉄の臭いに顔を顰めながら、皮を剥ぎ取り、肉を削ぎ落とす。

 この先もこのメンバーと探索し続けるために、懸命に、丁寧に、己の仕事を全うしていた。

 その時だった。


 ガッシャガッシャと重い金属音が鳴る。 『六角の盾シェルハイヴ』のリーダー・ブラッドが、鎧を揺らしてユーリに近づいてきたのだ。

 筋骨隆々、若くしてすでに完成された肉体を持つ彼は、パーティ名の由来にもなっている六角形の盾を地面に置いた。

 そして少しだけ身を屈め、ユーリと目線を合わせる。

 その瞳は、僅かに憐れみを含んでいるように見えた。


「ユーリ……我が『六角の盾シェルハイヴ』から抜けてほしい」

「……ぇあ?」


 クビを告げられ、ユーリは意味をなす言葉を出せなかった。


 意味が理解できない。


 たった今捌き終わった魔物の肉が手を滑り落ち、ずるりべちゃりと音をたてる。

 血の水溜まりでブーツが濡れることにも気が付かず、ユーリはその場に立ち尽くした。


「お前には悪いが……これは決定事項だ」

「な、なんで、急に?」


 やっと出た言葉は喉に詰まって、思ったよりも掠れていた。

 ブラッドは静かに首を振る。

 ゆっくりと、ようやく意味を理解し始めたユーリ。

 焦りが体を突き動かし、答えと擁護を求めて、メンバーへと視線を巡らせる。


 誰か、誰でもいい、答えてくれ。


 ユーリのその願いに応える者はいない。

 岩に座って休む者、周囲を警戒する者、拾ったアイテムを仕分ける者。各々いつも通りに過ごしていたが、その目は無感情に、ただただ事のなり行きを見ている。


 いや、ただ一人。

 黒髪の美女・マリアベラだけはユーリの視線を受け止め、こちらへと艶めかしく歩いてきた。


「貴方にとっては急でも、前々から話し合ってはいたのよ」


 仕方なさそうに吐き出された、ため息混じりの言葉。

 ブラッドに寄りかかるように身を寄せた彼女の目は厳しく、いつもの穏やかさは感じられない。

 狼狽するユーリに向かって、彼女はさらに追い討ちをかけた。


「あなたを追放することに、みぃんな賛成したわ。それがどういう事かって、わかる?」

「そんな……」


 味方のいない状況に、絶望の声が思わず漏れる。

 しかし、虫の羽ばたきよりも小さなユーリの言葉は、遠くから聞こえる魔物の咆哮に掻き消されてしまった。


 *


 三年前『六角の盾シェルハイヴ』に加入したユーリは、後方支援として真面目に働いてきた。

 『解呪』スキルで呪いを解いたり、荷物運びなどの雑務をしたり、それなりに皆の役に立っていると思っていた。

 そう信じていたからこそ、今までの自分の働きはなんだったのかという悲しみ、そしてなにより『目的を達成できないかもしれない』という不安が、ユーリの体を震わせた。


 ダメだ。

 ここで追放されるわけにはいかない。

 なんとかしてパーティに残らなくては。


 無理やり思考を抑えつけ、ユーリはなけなしのプライドをかき集めて声を張った。


「理由を……理由を教えてもらえますか!?」

「お前を外す理由は三つある」


 ブラッドの指が目の前に突きつけられる。

 喉がヒク、と引き攣るのを感じながら、ユーリは続きを黙して待った。


「ひとつ、実力不足。成長を見込んでパーティに加えたし、確かに最初の頃よりは成長しているが……」

「あははっ!成長?後から入った俺様に抜かれてるようじゃあ、ユーリは今後も使えねえよ!」


 乱入する嘲笑。

 長い金髪が目の前で腹立たしく翻る。


「あーあ本当にかわいそう!恨むならその微妙なスキルと非力な体を持って生まれた自分を恨むがいい!」

「トレル……!」


 苛立ちを込めてユーリは会話の乱入者を睨みつけた。視線を真っ直ぐ受け取った上で、着飾った少年・トレルは口撃を続ける。


「いいか?もう『六角の盾シェルハイヴ』はお前が入った頃のパーティじゃねえんだよ!俺様たちが下層……、いや深層を制覇するのもそう遠い日じゃねえんだ!」

「それは知ってるさ。何が言いてぇのかハッキリ話せよ」

「ああじゃあハッキリ言わせてもらおうか?あのな、これから必要なのは俺様のようなアタリの『剣撃』スキルであって、お前みたいな半端な『解呪』スキルは、上層限定のお粗末なパーティと組んでいればいいんだよ、雑魚が!」

「……っ」


 ユーリはすぐに言い返す言葉が見つからず、歯軋りの音だけがギリリと口内に響いた。


「でもまぁ、スキルばっかりは仕方ないよねぇ。神様からの授かりものだもんねぇ」

「せめて『神速』とか『剛拳』とか、戦闘に特化しているアタリスキルだったらユーリも残れたかもしれんけどな」

「『歌唱』とか『変装』とかのハズレスキルじゃなかった分、まだマシだったけどねぇ」


 仲間の囁き合う声が耳に入る。


 この世の全人類が授かるスキルには、戦闘向き・生活向きなど、様々なものがある。

 中でも世間の評価では、戦闘系のスキルが『アタリ』と呼ばれることが多い。危険な魔物を退治できる探索者の地位そのものが高いことが、その理由の一つである。


 何も言えなくなったユーリに対し、トレルは舌を出して馬鹿にする。

 ユーリはトレルが大嫌いだったし、向こうもユーリをバカにしていた。

 メンバーの目の届かないところで雑用を押し付けたり、暴言・暴力を働いたり。

 この男は自分の方が実力的に勝っていると自覚した上で、ユーリを虐めていたのだ。

 つい先日蹴られた背中が鈍痛を訴え、ユーリの苛立ちと歯軋りを倍増させる。


「……調子にのるなよ、トレル。未だに雑魚ゴブリン退治しか任されたことないくせに。それとも自慢の『剣撃』はゴブリンにしか効かないのか?」


 低い声で威圧するも、当のトレルはそれを軽くあしらう。


「それがリーダーの采配だからな!それにお前の攻撃力がゴブリン以下なのも明白だろう!」

「それなら言わせてもらうが、お前もゴブリン以下だぞ。頭がな!」

「あ?お前みたいな貧民が、俺様のような貴族に向かってそんな口聞いていいと思ってるのか?」

「お貴族様ならそれらしく、おうちでケーキでも食ってろ」


 トレルが見下してくる理由は、ユーリには全くわからなかった。貴族であるというプライドなのか、単純にユーリが気に入らないのか。

 なんにせよ、ユーリにとっては殴りたい程に不愉快な存在である。


「トレル、ユーリ、言い争いはよせ」

「すみませんブラッドさん」


 パッと顔色を変え、素直に頭を下げるトレル。

 弱きを虐げ強きに従う。そんなところも大嫌いだった。

 その無駄に長い金髪を根こそぎ抜き取って血みどろ坊主にしてやろうかと、ユーリは心の中で秘かに呪う。

 嫌な笑みを浮かべるトレルをさりげなく後ろに押しやり、ブラッドは言葉を続けた。


「しかし、トレルの言っていることも一部は合っている。基礎的な戦闘知識はあっても、その実力ではこれからの戦いは厳しい」

「ブラッド、もう正直に言いなさい?今までも、お前を守りながらの戦闘は厳しかったって」

「いやしかし、今まではなんとかなってはいたから……」


 マリアベラに詰め寄られ、ブラッドは言葉を濁した。

 しかし本音を言うように、前衛のメンバーがこれ見よがしのため息を吐く。


「それとね、私たち質の良い耐呪アイテムも必要なだけ買えるようになったのよ。地上うえに戻ったらもっと買うつもり」


 朗々と声を響かせたマリアベラが、左手を掲げた。

 光を跳ね返す人差し指の指輪。表面に刻まれた複雑な紋様は、呪いを跳ね返す魔法を表している。

 ユーリはその指輪を、複雑な表情で見つめた。


「俺の『解呪』は……呪いを解く力はもう不要だと」

「そうね。強くなったし、稼ぎも増えたから」

「……」


 ダンジョンから現れる魔物は殺される際、しばしば呪いを残して逝く。魔物の呪いは毒・激痛・筋力低下等々、様々な弱体化を引き起こし、ひどい場合は死に至ることもある。

 その呪い対策として『解呪』持ちは初心者パーティに歓迎されることが多い。

 しかし、パーティの実力が上がれば稼ぎも増え、耐呪アイテムを買えるようになる。それがあれば戦闘に向かない『解呪』持ちを守りつつ戦う必要はなくなり、全員が戦闘に集中できる。

 よって『解呪』は必要なくなるのだ。


 押し黙るユーリに向かって、さらにマリアベラは存在価値の否定を続けた。


「荷物持ちとか荷物番も『収納魔法アイテムボックス』を覚えたからにはもう必要ないのよ」


 マリアベラに指差されたメンバーがうんうんと頷く。彼女は今まさに、解体済みの魔物を『収納魔法アイテムボックス』に片付けていたところだった。

 魔法で異空間を作り出し、いつでも収納・取り出すことができるこの魔法。

 かなり高度な技術が必要なのだが、それが使えるくらい『六角の盾シェルハイヴ』のメンバーは強くなっていたのだ。


 強くなったメンバーと比べられ、自分は弱いままだと指摘される辛さが身に滲みる。


 しかし、辛くてもブラッドの話はまだ終わらない。


「ふたつ、体調について……最近よく、頭が痛いと言っているな」


 ユーリは頷いた。ここ数ヶ月、下の層に向かえば向かうほど、頭の中を圧迫するような鈍い痛みに襲われていた。


「いやでも、痛くても全然動けるし、軽度ですし……」

「そうか。だが、もしその頭痛が悪化したら?戦闘中に耐え難いほどの頭痛が起きたらどうする?その時危険が及ぶのはお前だけではない。お前を守る者……つまりは皆を危険に晒すことになるんだ。わかるな?」


 尤もな説教だ。

 たかが頭痛で……と思う一方で、原因不明の痛みがいつ、どうして起こるのかわからないのは、ユーリ自身も不安に思っていた。

 命を掛けた戦いに身を投じる以上、自己管理も仕事の内なのだ。

 ユーリは己の考えの甘さを恥じつつも、それでもパーティに残るため、必死に言葉を探す。


「でも、今まではなんとかなって……」

「なんとかなっていたんじゃなくて、なんとかしていたんだろう?マリアベラに治してもらっているのは知っているぞ」

「まったく。持病持ちが探索者だなんて前代未聞よ。いちいち治癒ヒールしてあげる身にもなってよね」


 マリアベラが太々しく呟き、腕を組み直す。

 前まで優美な印象を抱いていた彼女の仕草を、今のユーリは威圧的だと錯覚した。

 確かにマリアベラには何度もお世話になったが、きちんと感謝の気持ちは伝えていたし、迷惑をかけないようポーションで誤魔化す時だってあった。

 しかし、それはそれで裏目に出ていたようだ。


「ポーションを持ち歩くにも限りがある。お前のためだけに貴重なポーションを使うのは、非効率的だ」


 もはや返す言葉もない。

 静かに反省するユーリに対し、ブラッドは躊躇いながら、言いにくそうに最後の理由を話し出す。


「そしてみっつ、……お前が、わからない」

「わからない……?」


 パーティメンバーの目付きが変わったような気がした。

 無関心から、微かな不快感へ。


「探索者は、少なからず目標がある。無限の財宝、難関へ挑む喜び、名声を欲する心、未知への好奇心。もしくは、ダンジョンを破壊し平和をもたらすという崇高な使命」


 ブラッドの言う通り、『六角の盾シェルハイヴ』のメンバーもそれぞれ目標を持ってここダンジョンにいる。


「しかしお前は……三年も共に過ごしたはずなのに、知っているのは名前と、『解呪』のスキル。そして貧民出身ということだけだ。お前が『なぜ、何を求めて』ダンジョンに望むのか?こちらから聞いても、話してくれることはついに無かったな」

「それは、その……」


 言葉に詰まり、無意味に口がパクパクと動く。その様子を見て、ブラッドは首を振り、ユーリから目を背けた。


「ここから先は、越えたものはいないと言われるダンジョンの下層。そして誰も到達したことのない深層だ。そんなところに、を連れていくわけにはいかない」


 重い言葉だった。


「これは皆の意見を聞いた結果の判断だ。だが………」


 何かを言いかけて、ブラッドは言葉を飲み込む。

 しばらくの間、哀れみを込めたような空気がユーリに向けられ、やがてそれすらも前を向いてしまった。


 なけなしのプライドはすっかり崩れ、今にも溢れそうな涙が、ユーリの視界をぼやけさせる。

 ユーリは自分の情けなさを悔いた。実力不足以前に、認めてもらおうとする努力が不足していた。これは自分が招いた結果なのだ。


 しかしそれ以上に、パーティから追放されることによって『目的が遠ざかってしまった』という事実が、何よりも重くのし掛かっていた。

 自分のせいで目的を遠ざけてしまった。その後悔が、涙となって頬を伝う。


「………なんでもない。とにかく、補給のためにも我々は一旦上まで戻る。そこまでは共に帰ろう」


 イヤだ、ダメだ。

 俺はもっと下の層へ、もっと深く、潜らなくてはいけないんだ。


「そこから先、我々とお前は……他人だ」


 湧き上がる自分への後悔、情けなさへの憤怒、逆恨みに等しい怨恨、そして痛み。

 それらがない混ぜになって、ユーリの首を絞める。



 俺は『あの人』に会うまで止まれないんだ!



 魂の叫びはただの吐息となって漏れ、その代わり、暗闇の奥で魔物が咆哮を上げた。

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