君に会いたくて転生した - 前世の記憶で攻略無双、いつか至るダンジョン最下層 -
加賀七太郎
第1話 追放
「ユーリ……我が『
「……ぇあ?」
クビを告げられ、ユーリと呼ばれた少年は意味をなす言葉を出せなかった。
細い、というより貧弱な体は硬直し、夜の海のような青紫色をした瞳が揺れる。闇に溶けて消えそうな、暗い雰囲気を纏った少年は、意味を理解するまでにしばらくの時間を要した。
たった今捌き終わった魔物の肉が手を滑り落ち、ずるりべちゃりと音をたてる。血の水溜まりでブーツが濡れることにも気が付かず、ユーリはその場に立ち尽くした。
薄暗い洞窟の中で、魔法の光に照らされた『
岩に座って休んだり、魔物の襲撃を警戒したり、拾ったアイテムを仕分けたり。各々いつも通り自由に過ごしていたが、その目は無感情に、ただただ事のなり行きを見ていた。
そんな視線に囲まれて『
筋骨隆々、二十二歳にしてすでに完成された肉体を持つ彼は、パーティ名の由来にもなっている六角形の盾を地面に置いた。少しだけ身を屈め、ユーリと目線を合わせる。その瞳は、僅かに憐れみを含んでいた。
「お前には悪いが……これは決定事項だ」
「な、なんで、急に?」
「貴方にとっては急でも、前々から話し合ってはいたのよ」
狼狽えるユーリに向かって、黒髪の美女・マリアベラがため息混じりに口を挟んだ。他のメンバーも彼女の意見を肯定するように反応を見せる。
「そんな……」
味方のいない状況に、絶望の声が思わず漏れる。
しかし、虫の羽ばたきよりも小さなユーリの言葉は、遠くから聞こえる魔物の咆哮に掻き消されてしまった。
*
ここはダンジョン。
魔物と呪いを吐き出し、探索者を飲み込む魔窟。
千年以上前に現れ今もなお肥大化し続けているこの存在は、地形を変形させ魔物による害を引き起こし、人々の悩みの種であった。
しかし一方で、貴重な鉱石を初めとする財宝や未知の
中でもここ『
未だに誰も到達したことのない、どこまで深いのかもわからない、そんな最奥を目指し、連日多くの探索者が挑んでいる。
ブラッド率いる『
三年前『
そう信じていたからこそ、今までの自分の働きはなんだったのかという悲しみ、そして『目的を達成できないかもしれない』という不安が、ユーリの体を震わせた。
ダメだ。ここで追放されるわけにはいかない。
なんとかしてパーティに残してもらわなくては。
焦る思考を抑えつけ、ユーリはなけなしのプライドをかき集めて声を張った。
「理由を……理由を教えてもらえますか!?」
「お前を外す理由は三つある」
ブラッドの指が目の前に突きつけられる。
喉がヒク、と引き攣るのを感じながら、ユーリは続きを黙して待った。
「ひとつ、実力不足。成長を見込んでパーティに加えたし、確かに最初の頃よりは成長しているが……」
「あははっ!成長?後から入った俺様に抜かれてるようじゃあ、ユーリ先輩は今後も使えねえよ!あーあ本当にかわいそう!恨むならその微妙なスキルと非力な体を持って生まれた自分を恨むがいい!」
「トレル……!」
苛立ちを込めてユーリは会話の乱入者を睨みつけた。視線を受け取った上で、着飾った少年は嘲笑を返す。
「いいか?もう『
「……っ」
スキル。それは全人類が授かる特殊技能。
例えば『神速』『剣撃』『剛拳』といった戦闘に特化しているもの。
例えば『変装』『修理』『歌唱』といった生活で役立つもの。
スキルを活かすかどうかはその人次第だが、世間の評価では戦闘系のスキルが当たりと呼ばれることが多い。危険な魔物を退治できる探索者の地位そのものが高いことが、その理由の一つである。
ではユーリの持つ『解呪』はというと、当たりでもなければハズレでもない、実に中途半端なスキルである。
それゆえユーリはすぐに言い返す言葉が見つからず、歯軋りの音だけがギリリと口内に響いた。
ユーリはこの男が大嫌いだったし、向こうはユーリをバカにしていた。
この男はメンバーの目の届かないところで、雑用を押し付けたり、暴言を吐いたり、稽古と称してボコボコにしたりしてきた。自分の方が実力的に勝っていると自覚した上で、一方的な暴力を振るってきたのだ。
先日蹴られた背中が鈍痛を訴え、ユーリの苛立ちと歯軋りを倍増させる。
「……調子にのるなよ、トレル。未だに
低い声で威圧するも、当のトレルはそれを軽くあしらう。
「それがリーダーの采配ならそれに従うまでさ!それにお前が俺様より弱いのは明白だし、お前がゴブリン以下なのも明白だろう!」
「それなら言わせてもらうが、お前もゴブリン以下だぞ。頭がな!」
「あ?お前みたいな貧民が、俺様のような貴族に向かってそんな口聞いていいと思ってるのか?」
「お貴族様ならそれらしく、おうちでケーキでも食ってろ」
トレルが見下してくる理由は、ユーリには全くわからなかった。貴族であるというプライドなのか、単純にユーリが気に入らないのか。
なんにせよ、ユーリにとっては殴りたい程に不愉快な存在であった。
「トレル、ユーリ、言い争いはよせ」
「すみませんブラッドさん」
パッと顔色を変え、素直に頭を下げるトレル。
弱きを虐げ強きに従う。そんなところも大嫌いだった。
その無駄に長い金髪を根こそぎ抜き取って血みどろ坊主にしてやろうかと、ユーリは心の中で秘かに呪う。
嫌な笑みを浮かべるトレルをさりげなく後ろに押しやり、ブラッドは言葉を続けた。
「しかし、トレルの言っていることも一部は合っている。基礎的な戦闘知識はあっても、その実力ではこれからの戦いは厳しい……いや、正直今までも、お前を守りながらの戦闘は厳しかった。それでもなんとかなってはいたが……」
ブラッドが濁した先を補うように、前衛のメンバーがこれ見よがしのため息を吐いた。
「それに、私たち強くなったでしょ?それで稼ぎが増えたから、呪いを防御するアイテムも必要なだけ買えるのよ。
朗々と声を響かせたマリアベラが、左手を掲げた。
光を跳ね返す人差し指の指輪。表面に刻まれた複雑な紋様は、呪いを跳ね返す魔法を表している。
ユーリはその指輪を、複雑な表情で見つめた。
『解呪』。それは文字通り呪いを解く能力である。
ダンジョンから現れる魔物は殺される際、しばしば呪いを残して逝く。魔物の呪いは毒・激痛・筋力低下等々、様々な弱体化を引き起こし、ひどい場合は死に至ることもある。その呪い対策として『解呪』持ちは初心者パーティに歓迎されることが多い。
しかし、パーティの実力が上がれば稼ぎも増え、防御アイテムを買えるようになる。防御アイテムがあれば戦闘スキルを持たない『解呪』持ちを守りつつ戦う必要はなくなり、全員が戦闘に集中できる。
よって『解呪』は必要なくなるのだ。
防御アイテムは高い効果を求めるほど高価になるが、確かに今の『
押し黙るユーリに向かって、さらにマリアベラは存在価値の否定を続けた。
「荷物持ちとか荷物番も『
マリアベラに指差されたメンバーがうんうんと頷く。彼女は今まさに、解体済みの魔物を『
魔法で異空間を作り出し、いつでも収納・取り出すことができるこの魔法。かなり高度な技術が必要なのだが、それが使えるくらい『
強くなったメンバーと比べられ、自分は弱いままだと指摘される辛さが身に滲みる。
しかし、辛くてもブラッドの話はまだ終わらない。
「ふたつ、体調について……最近よく、頭が痛いと言っているな」
ユーリは頷いた。ここ数ヶ月、下の層に向かえば向かうほど、頭の中を圧迫するような鈍い痛みに襲われていた。
しかし、痛みに襲われるといっても『少し痛い』という程度だ。
そのことを伝えようと、ユーリはしどろもどろになりながら反論を試みる。
「確かに。でも痛くても全然動けるし、軽度ですし……」
「そうか。だが、もしその頭痛が悪化したら?戦闘中に耐え難いほどの頭痛が起きたらどうする?その時危険が及ぶのはお前だけではない。お前を守る者……つまりは皆を危険に晒すことになるんだ。わかるな?」
「でも、今まではなんとかなって……」
「なんとかなっているんじゃなくて、なんとかしているんだろう?マリアベラに治してもらっているのは知っているぞ」
「まったく。持病持ちが探索者だなんて前代未聞よ。いちいち
マリアベラが太々しく呟き、腕を組み直す。
前まで優美な印象を抱いていた彼女の仕草を、今のユーリは威圧的だと錯覚した。
確かにマリアベラには何度もお世話になったが、きちんと感謝の気持ちは伝えていたし、迷惑をかけないようポーションで誤魔化す時だってあった。
しかし、それはそれで裏目に出ていたようだ。
「ポーションを持ち歩くにも限りがある。これからより強い敵に挑むとわかっているのに、お前のために貴重なポーションを使うのは、非効率的だ」
たかが頭痛で……と思う一方で、原因不明の痛みがいつ、どうして起こるのかわからないのは、ユーリ自身も不安に思っていた。そして、自分の認識が甘かったということも十分理解できた。
命を掛けた戦いに身を投じる以上、自己管理も仕事の内なのだ。
反省するユーリに対し、ブラッドは躊躇いながら、言いにくそうに最後の理由を話し出す。
「そしてみっつ、……お前が、わからない」
「わからない……?」
パーティメンバーの目付きが変わったような気がした。
無関心から、微かな不快感へ。
「探索者は、少なからず目標がある。無限の財宝、難関へ挑む喜び、名声を欲する心、未知への好奇心。もしくは、ダンジョンを破壊し平和をもたらすという崇高な使命」
ユーリは素直に聞いていた。
『
「しかしお前は……三年も共に過ごしたはずなのに、知っているのは名前と、『解呪』のスキル。そして貧民出身ということだけだ。お前が『なぜ、何を求めて』ダンジョンに望むのか?こちらから聞いても、話してくれることはついに無かったな」
「それは、その……」
言葉に詰まり、無意味に口がパクパクと動く。その様子を見て、ブラッドは首を振り、ユーリから目を背けた。
「ここから先は、越えたものはいないと言われるダンジョンの下層。そして誰も到達したことのない深層だ。そんなところに、我々を信じてくれない者を連れていくわけにはいかない」
重い言葉だった。
「これは皆の意見を聞いた結果の判断だ。だが………」
何かを言いかけて、ブラッドは言葉を飲み込む。
しばらくの間、哀れみを込めた空気だけがユーリに向けられ、やがてそれすらも前を向いてしまった。
なけなしのプライドはすっかり崩れ、今にも溢れそうな涙が、ユーリの視界をぼやけさせる。
ユーリは自分の情けなさを悔いた。実力不足以前に、認めてもらおうとする努力が不足していた。これは自分が招いた結果なのだ。
しかしそれ以上に、パーティから追放されることによって『目的が遠ざかってしまった』という事実が、何よりも重くのし掛かっていた。
もっと下の層へ、もっと深く、潜らなくてはいけないというのに。自分のせいで目的を遠ざけてしまった。その後悔が、涙となって頬を伝う。
「………なんでもない。とにかく、補給のためにも我々は一旦上まで戻る。そこまでは共に帰ろう」
およそ三年、共に探索をした『
その場に立ち尽くすユーリを置き去りにして、皆の足は前へ遠くへ進む。
「そこから先、我々とお前は……他人だ」
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