忍ふらふ
瑞口 眞央
鴇色
1
「
階段の下から呼ぶ声が聞こえる。
「なに、母さん」
自室から出て、吹き抜けの階下を覗き見る。
「ごめん、ちょっと急用できちゃった。店番頼める?」
まあ、母が慎を呼びつけるのは大体こういうシチュエーションだ。
「分かった。今行く」
「助かるわ。一時間位だから。ユニフォーム、ここね、じゃあお願いね」
返事を聞く間も惜しむかのように、母はばたばたと外へ出て行った。
慎はトントンと階段を降り、造り付けの棚の上に置かれた上着を羽織った。慎の家ではコンビニを経営している。自宅は自前の敷地内にある店舗の裏手。
裏口から出た方が早い。店の通用口から中に入ると、今日はアルバイトのともさんが来ていた。
「お、店長のピンチヒッターよろしく」
ともさんがにかっと笑って言った。よろしくが夜露死苦に聞こえる。
「何からやろうか?」
慎はともさんに作業の指示を仰いだ。運び込まれたばかりらしいパンのケースが数段詰まれ、通路を狭くしている。
「品出し頼んでいい?」
「オッケー」
慎は手慣れたようすですぐに作業を開始した。
日付を確認しながら棚に並べていく。「食品ロスをなくそう」。最近は告知の効果もあって、選んで奥の商品を取るお客様も少なくなった。電子音が来客を告げる。
「いらっしゃいませ~!」
「いらっしゃいませ!」
ともさんの声に続けて慎も店用の声量、声音で続ける。
二人連れの男性客。楽しそうに話しながら、こちらへ向かっている。
「あれ、慎?」
背の高い方が慎の名を呼んだ。ハッとして一瞬身構える。
「
懐かしい、といっても最後に会ってからまだ半年も経っていない声が耳に心地いい。
「何、手伝い?」
「あ、はい。母さんが来るまでちょっと……」
「そっか」
「ねえ、睦。誰? 友達? 紹介してよ」
すっと睦の身体に寄り添うようにして、連れの方が少し甘えた口調で言った。
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