第十一話 ライセの想い
軍の議題は、アーガスト王国最大の監獄テスタロスの現状についてからであった。テスタロスはアーガスト王国の東部に位置するベルナードに存在する。六角形の城塞に囲まれた建物群の総称であり、その中央部に聳え立つ一本の棟がある。
広義の意味でのテスタロスは、城塞を、
狭義の意味でのテスタロスは、中央の棟を指す。
初めに、収容人数の変化等の報告があり、その上で、
「テスタロス内部で、幾つかの派閥が存在するようです。」
ガリウスが無機質な口調で、書類を読み上げていく。
「人類と亜人類の括りで二分され、それぞれの内部でまた幾つかの集団に分かれているようですね。日に日に小競り合いが増えていっている現状にあります。争い合っている分には問題ありません。ですが勢力が大きくなってくると、囚人共の気が大きくなるかと。」
「ガリウス。本題は何?」ミランダが机の上の書類を指で叩きながらガリウスの言葉を遮った。ガリウスも待っていたとばかりに「では、」と先置きした。
「第四と第六で共同開発している魔道拘束具を、実験的に導入したく思います。」
「ほう、新たな拘束具とな。」リューベルクが関心を持ったようだ。
「ええ、私が魔力を込めた手錠です。魔鉄鋼に刻まれた刻印が半永久的に熱を放出し、囚人を灼熱で苛み続けます。その結果、囚人の精神を削ぐことが期待できます。」
「魔力のリソースはどうするの?テスタロスの収容人数分となると相当な量になるはずよね。」
「言葉足らずでしね。私の開発した魔法の術式を手枷に刻印しています。後は、棟中央の監視室にて、職員達が全ての手枷にリンクしている結晶に魔力を込めるだけで魔法が継続発動します。」
「ふーん、画期的ね...上出来よ。」
「光栄です。ミランダさん。」
「私は反対します。痛みによる支配は囚人達の恨みに直結しかねない。更生のきっかけを失うだけだ。」
「おいおい、第五の師団長さん。そいついくら何でも人道に反するんじゃないか。」
クロとライセが異を唱えた。
「第七、ライセだったか。貴様の意見など聞いていない。それにクロ師団長。監獄は更生施設ではない。最低限の資源で、罪人を無力化。そして処理することが求められている。それとも、何か?自分が監獄にぶち込まれた時の布石か?」
ガリウスがクロを睨みつけ、続ける。
「私はお前みたいな悪鬼がのうのうとその席に座っているのが気に食わない。お前はただの人殺しだ。何が「奴隷解放の少年」だ。いつか絶対に...。」
ガリウスがまくし立てる。被害者たち、被害者親族の代弁者のように。何も間違ったことは言っていない。ガリウスにはガリウスの正義があるのだろう。
「お前がグラン様に『奴隷解放』を願ったせいで、元奴隷が何をしたか分かっているのか?あいつらは各地で悪事を働き、テスタロスにもどれだけの人数が収容されていると思う?全部お前の責任だ。監獄にぶち込まれた奴らが何て言うと思う?『俺は虐げられてきた。俺には人権がある。』だとよ。...ふざけるな。ふざけるな!クロ、お前も同類だ。お前は幾人のキルキスの人間を殺めた。その罪も虐げられた過去があるからチャラなのか。」
「....。」クロは何も言えなかった。言葉にしたところでガリウスに伝わらないと知っていた。消えようのない過去であり、雪げやしない事実なのだから。
「ガリウスや。人権宣言はわっしの友グランの、つまりこの国の意思だ。おんしの言い分だと、クロは殺人現場に落ちたナイフであり、、、それを使ったのは。言葉を選べ。」
「ぐっ...」
「...じゃが、魔道具の件あい分かった。実験的に試してみい。」
「先生!!」
「口答えするでない、クロ。」
「第四師団長 ガリウス・エルメロスからは以上です。」
「では、次は例の塔についてだ...」
「ちょっといいか?」
リューベルクの言葉を遮るように、ライセが割って入る。
ライセが立ち上がる。
「ん?なんじゃライセ。」
「オレは……第三師団長と手合わせがしたい。」
「は?」ガリウスが呆気に取られている。
「剣鬼としてのクロの力がどれほどのものか、この目で確かめたいんだ。それに……」
ライセはクロを真っ直ぐに見据えた。ライセは己を恥じていた。何も知らずに剣鬼に憧れを抱いてることを、自身よりも二回りほど若い少年が背負う業を無暗に踏みつけていたことを。確かめねばならない。そう思っていた。
「お前がどういう男なのか、剣を交えれば分かる気がする。」
場は一瞬、静まり返った。
「はっ、なんだそりゃ。」ガリウスが失笑した。
ライセの精神は生粋の武人だった。彼にとって剣を交えることは、相手の本質を知るための最も確かな方法だ。そして、クロの存在に興味を抱く理由は明確だった。
ライセは、ガリウスの非難に何も言い返せないクロを見ていた。その沈黙の奥には、言葉では語れない何かが隠れているはずだと感じたのだ。
ライセの言葉に、ガリウスは唖然とし、クロは微かに目を伏せてた。そして、場に立つライセの姿に、剣士としての気概が漂うのを誰もが感じた。
「剣士が剣士を理解するには、言葉は要らぬか。」リューベルクがしげしげとライセを見つめる。そして、「修練場をつかうとよい。今からだ」と続けた。
「ミランダ、頼めるか?」
リューベルクの要領を得ない言葉の中に含まれた意図をミランダはすぐさま了解した。——「軍本部が壊れないように、頑張って」ね。まったく、、、勝手な人。
「はいはい、頼まれました。」ミランダは栗色の長髪をかき上げて、立ち上がる。
「クロ、それにライセ。十分後に修練場にいらっしゃい。カルネ、手伝いを頼めるかしら。」
ミランダが出口に向かい出した時、カルネも立ち上がり後を追った。「団長、それではまた後で。」
「それでは、会議は一度中断とする。」リューベルクが立ち上がり、退室した。
「あぁ、それとクロ。」
ミランダが羽ペンを軽く振り、クロを指し示す。
「あなたは、剣はどうするの?」
ミランダの問いに、クロはバツが悪そうに眼をそむけた。
「……ばれてた?」
「当たり前よ。クラウディアから事細かに知らせが入ってるわ。」
「ははは、お恥ずかしい。」クロは苦笑しながら肩をすくめた。「そうだな、俺はこの鞘でお相手しよう。」
クロは腰に差した鞘を軽く叩いた。その目には、剣を失ってなお戦う覚悟が宿っている。ゆるぎない自信がそこにはあった。
「そう。しっかり反省する事ね。あぁ、それと西の魔女の件だけど。「梟の手紙」で処理するから気にしないで頂戴ね、「身内は身内で」というやつよ。」
そう言い残して、ミランダは立ち去った。
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フレーバテキスト:奴隷解放の少年
―「奴隷の反乱」と呼ばれた事件の裏には、一人の少年の剣があった。
7年前、アーガスト王国――絶対的安息の地と謳われたその大国は、たった一人の奴隷少年によって震撼させられた。
彼は奴隷を使役する者を次々と襲い、その剣により多くの命を散らした。貴族も平民も関係なく、彼の刃は「差別」という構造そのものを切り裂こうとしていた。
やがて王国は、少年の討伐に軍を動員する。第三師団が送り込まれるも全滅。最終的に剣聖――アーガスト最強の剣士が剣を取ることとなる。
三日三晩の激闘の末、少年は剣聖に敗れるも、彼の剣技は「剣鬼」との称号を与えるに相応しいものであった。
剣鬼には一つの「願い」が与えられる――それが習わしだった。
だが、まだ9歳だった少年は、名誉でも財宝でもなく、ただこう願ったという。
「俺たちを人間として扱ってほしい。」
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