スーサイド・アルカディア 〜大好きなキャラに会いたいだけなのに〜
聖家ヒロ
ゲームは楽しんでこそ!
第1話 キャラメイク
『セイラ、調子はどうかな』
深夜。大人の時間。
外にはネオンの光が満ち、街を駆け巡るモノレールの本数も、徐々に減ってきた頃。
金髪を靡かせるふつーの女の子
スマホ――ではなく、首に巻きつけた拡張デバイスの通話機能を使って。
「未だに『パル』やってた頃のクセが、現実世界でも出てくることがあるくらいには重症だよ。あの動物はどうやったらテイムできるんだろう、好物はなんだろう……とか」
『ゲームはゲームだよ、セイラ』
目にやや隈が伺える彼女の瞳は、わずかの間だが虚ろになった。
彼女は普通のフリーランスであり、仕事が忙しくうつ病になった……なんて事はあり得ないから安心して欲しい。
『その口ぶりだと、私が薦めた三作品はクリアできたのかな?』
「まぁ、どれも及第点だけど。流石にクエスト全制覇とか、ノーダメとか、雑魚モンステイム縛りとかできなかったよ」
『……完璧主義は、母さんに似たのかな』
そう呆れた電話の相手は家族であるように思えた。
『それで? 買うのかい? あのゲーム』
セイラはそれを言われて、息を呑んでから答えた。
「うん……もう十分、鍛えられたから」
『そうか。それは良かった』
電話の相手から喜びが垣間見える。
それは、セイラも同じことであった。
『セイラは『しにゆう』が大好き――』
「そう!! もう本当に大好きなの!!」
相手の言葉を遮って、セイラは興奮気味に答えた。
「『しにゆう』十周したけど、未だに何回も観たくなるくらい神アニメなの!! 主人公の葛藤は胸が痛くなるけど、乗り越えた時の感動はまるで自分のものみたいで!! あと、伏線回収も凄いし世界観も素敵で!!」
息継ぎもせず語ったセイラは、言い終わった後ぜぇはぁと荒く呼吸をする。
「シュウイチ兄さんも観たほうがいいよ!」
『観たいのは山々だが……私も配信や動画投稿で手一杯でね』
「編集とか、まだ雇わないの?」
『私のえり好みを他人に押し付けるわけにはいかないからね』
シュウイチが苦渋を漏らしたのは、容易に想像できる声音だった。
セイラは労う言葉をかけてから、通話を切ろうとする。
『会えるといいね。あの人に』
シュウイチが別れの言葉代わりに放ったそれに、呆然とさせられたまま、セイラは通話を切るのだった。
◇
発行部数5000万部を突破し、男女ともに莫大な人気を得た大人気漫画『死にたがりな勇者』が原作となったテレビアニメは、ファン達が抱えていた期待を大きく上回るほどの出来であり、漫画以上の評価を得た作品だ。
伏線回収の秀逸さも然ることながら、SFとファンタジーの混ざった独特な世界観とキャラの魅力さは、多くの人を虜にした。
主人公の女の子『ロナ』の葛藤は主人公らしからぬ悩みによるもので、非常に考えさせられるものがあるほどだ。
……そんな名作にも終わりは来るわけで、完結してからはその熱は徐々に下がっていった。
しかしながら、時は二◯五十年。発達した科学により、『フルダイブ型VRゲーム』が実現可能な時代となった。
そんな中発売されたのは、『死にたがりな勇者』の世界観をベースにしたゲーム――『スーサイド・アルカディア』。
アニメの世界にそのままダイブできる……ファンが夢に望んだゲームは、爆発的な大ヒットを果たした。
が――評価は散々。
原作キャラに会えるのは極稀であるし、そうなってしまえば世界観がアニメの世界と同じというだけのゲームだ。
しかしながらゲーム性とやり込み要素は面白く、アニメをなんら知らぬゲーマーからは軒並み高評価を受けていた。
人生ではじめてハマったアニメは『死にたがりな勇者』である、しがないフリーランス
「ついに買ってしまった……!! 『しにゆう』世界への招待状『スーサイド・アルカディア』……!!」
ゲーム初心者であった彼女は、これを買う前にいくつか別ゲーもプレイし、VRゲームには慣れてきた。
「兄さんによると……『モンスハンティング4Great』よりのゲームらしいけど……あんまり真に受けないほうがいいよね」
そう口にした途端、鬼畜ゲーをやったいた頃の辛い気持ちが蘇りむせ返りそうになる。
理不尽な攻撃に、多すぎる体力。そしてそれらを煽ってくるような恐怖的演出――。
「うぅっ……あのBGMと弾かれる音がトラウマだ」
ヘッドギアをぎゅっ、と握りしめて暫く悶絶する。険しい表情が和らいだところで、彼女は少し微笑んだ。
「……会えると、いいな」
淡い期待を抱きながら、彼女はベッドの上でヘッドギアを装着する。
――彼女は知っていた。アニメファンからの評価は『原作キャラに会えない』『しにゆうの世界である意味がない』などと最悪であることを。
それでも、セイラにはどうしても、どうしても会いたいキャラがいるのだ。
「このために、超鬼畜ゲー三作クリアしたんだ……!! やってやる……!!」
ヘッドギアを装着したセイラは、金髪をベッドに散らばらせ、ゲームを起動する。
――
『ようこそ、冒険者』
『まずはあなたの事について、教えていただけませんか』
ゲームを起動すると、即座に青白い空間へと飛ばされ、キャラメイクがスタートする。
性別は女として、彼女はサクサクとキャラメイクを進めていく。
(も、もし会えるとしたら……”キレイだね”とか”カワイイね”とか言ってもらえる姿にしないと……あぁ、でも!! あの人の好みってなんだろう!?)
……前言を撤回しよう。進められていなかった。表示される彼女のアバターは、福笑いもびっくりの速さで顔や髪を変えている。
数十分悩んだ末に、ようやくアバターが完成した。
すらっ、とした長身痩躯の容姿。髪色は現実と同じ金色で瞳の色は綺麗な翡翠色。
装備は――今はないため素肌丸出しの変態になってはいるが、最大限”あの人”が好みそうなキャラを作れたはずだ。
「なまえ……名前か」
基本ゲーム世界ではプレイヤーネーム――いわば、ここで決める名前で名乗るルールだ。
「……呼んでほしい、名前」
本名にしたいところだが、それをやるとマナー違反になってしまう。
――セイラという名前は、父が子供の頃に好きだったアニメのキャラの名前から一部取ってきたのだという。
せっかくアニメの世界に入り、
「よし……決めた」
セイラは名前を入力し、キャラメイクを終了する。
『冒険者『アルテイシア』』
『貴女に武器とライセンスカードを献上します』
『これにて、冒険者登録を終わります』
『良き冒険者ライフを』
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