25 イケメンと同じ部屋はいけないのか

 まだ6月だというのにこの暑さは残酷だ。


 足を踏み出すたびに、体からは大粒の汗が流れ落ちる。

 リュックサックを背負い、中学生みたいなノリで、俺たち帰宅部は山を登っていた。


 佐世保させぼの山といったら烏帽子岳えぼしだけ愛宕山あたごさん


 だいたい小学生か中学生で登らされる山だ。

 そして今、高校生で登らされているのは烏帽子岳――帰宅部の強化合宿のためだ。


「ねえ、先生はどこなの?」


 隣に並んできた千冬ちふゆが、汗をにじませた顔で聞いてくる。


松丸まつまる先生は車だってさ」


「あたしたちにこんな山登らせておいて、自分は車ってどういうこと?」


「俺に言われてもね」


 今の状況は一応登山ではあるものの、さほど過酷なわけじゃない。


 小学生でも登れる山だ。

 体力に関しては全然大丈夫だが、道のりが長いので足が痛い。


 姉さんは俺の手を握って登ろうとしていたが、途中でついてこれなくなった。いつも家でゴロゴロしているからだろう。


 先頭を行くのは日菜美ひなみだ。

 中学の時は体操をしていたらしいし、今もそのスタイルのよさは健在である。烏帽子岳程度で疲れるような体じゃない。


「秋くん待って……」


「姉さん頑張って」


「うん、秋くんがそこまで応援してくれるなら……お姉ちゃん……頑張る……から……」


 どんどん力尽きていく姉さん。


 見失うほど離れているわけでもないので、俺たちはこのままのペースを維持だ。


 そして、千冬の隣には新入部員――白水しろみず紫雨しぐれ君の姿が。


 相変わらず爽やかで、汗をかいている様子はない。

 本来はもっとグイグイ進めるんだろうが、彼女である千冬にペースを合わせているんだろう。


 俺が持っている紫雨君への感情は、純粋な称賛だ。

 嫉妬なんてとんでもない。


 イケメンだし、優しいし、体もなんか柔らかいし、いい匂いがする。


秋空あきらくん、キミは紳士だね」


「ね?」


「ボクたちの歩くスピードに合わせてくれてるみたいだから」


「いや、俺はこれが限界だよ」


「またまた、気を遣わなくてもいいんだよ」


 もしこれ以上速いペースで歩けば、目的地に着いてから一切歩けなくなるのがオチだ。


「よいしょっと」


 千冬の隣にいた紫雨君が、さっとポジションを変えて俺の隣に来た。


 右には千冬、左には紫雨君という、わけのわからない状況。

 どうして俺はカップル二人に挟まれているんだろう?


「ちょっと紫雨?」


「いいじゃないか。ボクも秋空くんに興味があるんだよ」


 なんかゲイっぽい発言だぞ、それ。

 だが、もし紫雨君が手を繋いできたとしたら、俺はすんなり受け入れてしまいそうだ。


 なーんて思っていたら――。


「えいっ」


「紫雨君?」


 本当に手を絡めてきた。


 それも、恋人繋ぎの絡め方だ。

 これはヤバい。


 ここでまさかのBL展開!?


 幸い、千冬には気づかれていない。俺の知る限り千冬は腐女子ではないので、この事実に気づいてしまったらドン引きするだろう。


「ボクたちだけの、秘密だよ?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた紫雨君が、俺の耳元で囁いてくる。


 紫雨君の手はやっぱり柔らかくて、俺よりもずっと繊細で細かった。

 すぐ隣を歩いているのに、フレッシュなオレンジの香りが漂ってくる。汗の代わりにオレンジ果汁でも流れているのかもしれない。




 合宿地である、『青少年の天界』に着いた。

 出発したのが放課後――つまり午後5時なので、もう日は暮れかけている。


 ここはいわゆる野外宿泊活動が体験できるところで、実際中学生の時にも2泊3日の活動をした場所だ。


 本館の周辺には芝生のあるグラウンドがあったり、ちょっとした森があったり、キャンプファイヤーできる場所があったり。

 スマホばかり触っている現代人が忘れてはならないものをそろえている施設だと思う。


 顧問の松丸まつまる先生は涼しげな顔で俺たちを待っていた。


 車で呑気にやってきたわけだ。

 結構腹が立った。


「あら、思っていたより早かったのね。お疲れ様」


「車で来た人には言われたくありません」


「拗ねた顔も可愛いじゃない、秋空君」


 この人が教師でなければ、女性でなければ、一発ぶん殴っていた。


「秋空くんのお姉さんが来れば、全員到着です」


「ありがとう紫雨君、部長よりしっかりしてるのね」


 いつでも部長譲ります。


「今日はもうみんな疲れてると思うので、部屋でゆっくりしたいんですが」


 流石は紫雨君。

 気遣いまで含めてイケメンだ。


 そんなイケメンと、俺は少し前まで恋人繋ぎをして歩いていた。うん、そろそろ何かに目覚めてもいい頃だ。


「そうね。私も運転疲れちゃった。部屋を確認してくるから、待っててちょうだい」


 そう言って、松丸先生が受付のところまで向かう。


 ちょうど先生がいなくなったところで、姉さんが一足遅れて到着した。


「秋くん……もうだめ」


 ぐたーっと、俺の体に自分の体を預ける姉さん。

 かなり汗をかいてるので、ほんの少し汗臭い。紫雨君の方がよっぽど女子感がある。


 体の柔らかさも、紫雨君と同じくらいだ。


「一緒にお風呂入ろ」


「男子と女子は別々だから」


姉弟きょうだいからいいでしょ?」


「それでも駄目だよ」


 流石に姉さんと風呂に入ることはない。

 中学生までは一緒に入ることもあったが、今はしっかり鍵をして入るので姉さんも侵入できない。




 松丸先生が戻ってきた。


 姉さんが到着したことにも気づき、今後の動きについて確認する。


「それじゃあ、今日は部屋でしっかり休んで、明日の活動に備えましょう。夕食は私がコンビニでお弁当を買ってきたから、好きなのを取って食べてちょうだい」


「部屋割りはどうなってるんですか?」


 姉さんがニヤニヤしながら聞いた。


「いい質問ね。私はひとり部屋だけど、あとはみんな一緒に泊まってもらうから」


「私は秋くんと二人部屋がいいです」


「男女別よ。流石に私にも常識はあります。秋空君と紫雨君は二人部屋、スリーガールズは三人部屋でお願い」


 なるほど、紫雨君と二人部屋か。

 変に意識してしまうのは何だろう。


「松丸先生!? 紫雨は――」


「千冬、心配してくれなくていいよ。秋空くんの貞操はボクが守るから」


「ちょっと紫雨、そんな勝手なこと――」


「面白いなぁ、千冬は」


 顔を真っ赤に染めながら反論する千冬。


 俺と紫雨君が一緒の部屋で泊まることに何か文句でもあるんだろうか。

 いや待てよ……。


 千冬は俺と別れる時、もっとエッチなことがしたかった、とかそんなことを言っていたような気がする。

 つまり、この合宿を紫雨君と一線を越えるためのものと認識していたということか。


 だとしたら、俺は紫雨君の貞操を守らなくてはならない。


「千冬、部長として言うけど、紫雨君を襲うのは駄目だからな」


「違うの! だから紫雨はおん――」


「――秋空くん、早く部屋に行こうか」


 強引に紫雨君に腕をつかまれ、男子部屋に連行される。


「白水くん、秋くんの貞操はしっかり守ってね」


「もちろんです、秋空くんのお姉さん」


 いつの間にか紫雨君は姉さんに俺を任されていたらしい。

 爽やかなイケメンスマイルで応じる美少年。


 その笑顔を見て、ここまで黙っていた日菜美がはっと気づいたように口を開いた。


「もしかして、あなたは――」


「ほら秋空くん、早く行こう」


 日菜美の言葉を聞く前に、俺は強制的に部屋に連れていかれることとなった。




「すっかり汗をかいたね」


 二段ベッドのある二人部屋には、俺と紫雨君の二人きり。


 接点は千冬だ。

 千冬の今カレと、千冬の元カレ。


 ギクシャクしそうに聞こえるが、意外と気が合うというか、落ち着くというか。

 よくわからないが、もう俺たちはすっかり友達だ。


「もう8時前だけど、ご飯食べる?」


「んー、ボクそんなにお腹空いてないかな」


 紫雨君はベッドの下段に腰掛け、荷物を地面に置いた。


 座るところがないので、俺もその隣に腰掛ける。

 この部屋にはテレビもなければ、椅子も冷蔵庫もない。ただベッドと机があるだけだ。


 現代人の心を鍛えるのには最高の環境である。


「それじゃあお風呂入ろうか」


「え、一緒に入るの?」


 男子と一緒に風呂に入るのは中学3年の修学旅行ぶり。

 なんだか懐かしささえ感じる。


「ひとりだと寂しいからね。嫌じゃないならボクが体洗ってあげるよ」






《次回26話 脱衣所はノックをしてから入ろう》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る