16 そんなチョロい奴じゃない

 とりあえずコンビニに寄ってみた。


 駅の中にあるフレンドリーマートというコンビニだ。

 庶民は略してフレマと呼ぶ。


 姉さんはフレマに入るなり、日菜美ひなみを奥の方へ連れ込んでいった。


 多分エロ雑誌のコーナーかアイスのコーナーだろう。後者であることを祈っている。


「やっと二人きりになったね」


 元カノの千冬ちふゆと、肩を並べながらチョコレートの棚を眺める。


 昨日は第3会議室で千冬に爆発した。

 付き合っていた頃は一度も喧嘩をしなかった俺たち。


 振られた時でさえも比較的落ち着いていたのに、あれだけ怒りを露にしてしまったことに驚きだ。俺にもちゃんと感情があったらしい。


「今聞くことかわかんないけど、なんで帰宅部入ったの?」


秋空あきらが入ったからですけど、それが何か?」


「でも俺、元カレだよ」


「元カレだからいいの」


 なんだその理屈。


 ていうかもう呼び捨てが定着している。

 くん付けでしか呼ばれたことはなかったからか、別れてからさらに距離感が縮まったような、世にも不思議な感覚になった。


「チョコレートって、不思議だよね」


 何か始まった。


「秋空とチョコレートのどっちが好きって聞かれたら、もちろん秋空って答えるよ」


「はあ」


「でもね、秋空の次にチョコレートが好きなの」


「お母さんとお父さんは?」


「同率10位くらいかな」


 もっと上の順位であってほしかった。

 別に両親と仲が悪い感じはない様子だったので、なんだか申し訳ない。俺がそのランキングで1位を獲ってしまって……。


「それで、チョコレート買うの?」


「チョコレートを世界で1番消費している国って知ってる?」


 いきなり教養を試された。


 チョコレートの生産国が聞かれているわけではないし、まったく見当が付かない。とりあえず有名な国を言っておこう。


「アメリカとか?」


「アメリカも確かに人気だけど、1位じゃないの。当ててみて」


 正解するまで続けるパターンだろうか。


「イギリス」


「ううん」


「フランス」


「惜しい」


「ギブ」


「ギブってどこの国なの? カリブ海に浮かんでるの?」


「ギブアップって意味」


 俺の予想ではヨーロッパの国になるだろうが、このまま当てずっぽうで言いまくるのも、なんだか恥ずかしい。


「秋空って、諦めが早いよね。『あきら』だけに」


 何それ面白くない。


「スイス。あたしが言いたかったのはスイスだよ」


 正直、だから何だという話だ。


「チョコレート界隈では、スイスといったらミルクチョコレートなんだよ」


「へぇ、千冬ってチョコレート界隈の人なんだ」


「あたしがチョコレート好きってことは知ってたでしょ?」


「それはまあ」


 千冬は常にポケットに高カカオチョコレートを入れて持ち歩いている。


 ポリフェノール摂取とストレス発散のためだそうだ。

 デートで4時間一緒にいれば、その間に12回はチョコレートタイムがある。


「フレマにはチョコレート界隈で1番人気のミルクチョコがあるんだけど、いつも売り切れてるの」


 だんだん何の話を聞かされているのかわからなくなってくる。


「それで、スイスとは何の関係があるの?」


「全然関係ないよ。ただ知識を披露したかっただけ」


 さっきまでの時間を返してくれ。


 クスクスっと笑った千冬と目が合う。

 大きな丸い目は、相変わらず小動物のように可愛らしい。ころころと表情を変えるたびに、愛嬌が滲み出ていく。


「どうしたの?」


「え……」


 俺はしばらく千冬に見惚れていた。


 あどけなさも残る柔らかい顔立ちに、ふわっとしたミディアムの巻き髪に。

 少し前までは隣で手を繋ぎ、街中を歩いていた美少女。


 でも今は元カレと元カノでしかない。


「秋空、また付き合お? 復縁、しよ?」


 瞳をうるうるとさせ、じっと見つめてくる千冬。


 ここがチョコレートの棚の前じゃなかったら、いかにも青春っぽい場面になっていただろう。それだけにチョコレートが憎い。


 俺は軽く微笑んで、エクアドル産のチョコレートに視線を移した。


「昨日も言ったけど、それはない」


「え、今どう考えてもオッケーする雰囲気だったよね!?」


「悪いけど、俺はそんなにチョロくない」


 漫画の決めゼリフみたいにイケボで囁く。


 そのままエクアドル産のチョコレートを手に取った。姉さんたちがウザ絡みしてくる前に、さっさと会計を済ませてしまおう。


「秋くん、呼んだ?」


 やっぱり姉さんは超能力者だ。


 心の中で考えただけで実際に現れるとは。


「別に呼んでない」


「もう秋くんったら、ツ・ン・デ・レ」


「あたしと秋空の真剣な話の途中で入ってこないでくれますか?」


「えーっと……あなた誰?」


 姉さんは人の名前を覚えるのが苦手だ。

 覚えている人名といえば、山吹やまぶき秋空と織田おだ信長のぶながくらいだろう。


 あ、あと日菜美の名前も珍しく覚えてたな。


「ち・ふ・ゆ・で・す!」


「そうなんだね。変わった名前」


 絶対適当に言ってるだろ。


「秋空くん、少しエッチな本、読んできたよ」


 日菜美は新しい世界の扉を開いたみたいに、目をキラキラさせている。

 姉さんが余計なことをしたせいだ。やっぱり前者の方だった。


「私もあんな感じの水着、似合うと思う?」


 あんな感じがどんな感じかはわからないが、絶対似合うと思います。


「姉さん、日菜美に変な教育しないでよ」


「秋くん、別に変な教育じゃないよ。部活の後輩には正しい知識を与えないとだよね」


「年齢は姉さんが上だけど、部活に入ったのは同じタイミングだから同期じゃないかな」


「お姉ちゃんが先に名前を書いたから、たった10秒でもお姉ちゃんが先輩になるんだよ。ちなみに、お姉ちゃんは秋くんの先輩でもあるからね。なんでも言うこと聞かないと」


 それってパシリでは?


「後輩が先輩の言うことなんでも聞くっていうルールはないよ」


「弟がお姉ちゃんの言うことを聞くっていうルールはあるんだよ」


 俺は全員を無視して会計を済ませた。


 このままトイレにでも駆け込んで、隙を見て家に帰ればいい。

 佐世保させぼ駅は俺の縄張りテリトリーだ。あらゆる隠れ場を知っている。


 俺を狙うハンターは美少女3人。


 なんとか振り切れるはずだ。






《次回17話 スマホ10分以上使ったら死ぬ設定です》

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