水の章
蛇
山あいを蛇行する川岸に、断崖が鋸歯のように並ぶ。
流れの外側は水流が速く、岩飛沫が白く舞う。猛る水は崖を削り出し、水面から昇る水蒸気は雲を成し、雨を降らし、溢れる川は一晩で土地の形を作り替える。
内側の流れは緩く、石川原を作る場所もあった。しかし川原の小石も、水が洗って丸めたもの。
そんな河原の一つで、平らな石の上に仔猿の生首が置かれていた。
人間の子供にも似る無毛の小さな顔は、額から上の皮と骨が切り取られ、脳味噌が露出している。てらてらとした粘液に覆われた乳白色の組織は、夕陽を帯びて電球のように光る。
「やめてくれ、なぜそんな残酷なことが出来るんだ」
鋸浦が
「残酷も何も、もう死んでる」
「生はだめだ。どんな寄生虫が潜んでいるともわからない。火を通せ」
下流から
少年たちはぎくりとして声の来し方を見た。匙を脳に差し込んでいた
「まったく、小銃まで持ち出して」
少年たちの元へ着いた
「狩りに使うのは許可を得ています。それに、食糧を集めよというのも湖弓大尉のご指示で……」
「貴重な弾薬を消費して集めた食糧を独り占め、いや四人占めせよというのも指示に含まれていたかな」
「血抜きして頭は捨てた、ということにしようと思ったのです」
「手榴弾も、魚獲りの禁止であって動物の狩猟禁止ではなかったはずです」
「別の場所で見付けたとき銃を撃ったら外してしまって。今度は外すまいと……」
「まさか、あんなところへ手榴弾を投げつけたのか。崖崩れを引き起こしたらどうする」
「とにかく撤収するぞ。暗いと危ない。獣や鳥……人も、何が潜んでいるやら」
少年たちが荷物と獲物を片付けはじめた。
はっとして振り向くと、一匹の手長猿が
べちゃり。衝撃で脳味噌が河原に落ちた。 目玉も転がり、石の間に挟まった。空っぽの頭が、猿の腕の中で揺れながら灌木の茂みへ消えていった。
仔猿の躰が吊るされた樹の陰で
「母猿ですか。こちはの肉は無事で」――――
灌木の茂みに隠れていた
「なにか、ぐにゃりとした太いものを踏んで……」
あっ、と
「死体じゃないか。だって、まだ一人……」
「待て、ぼくが見てくるから」――――
がさ、しゅるる。
茂みから顔を出したものを見て、
蛇に締め上げられた
――――ざぱり。
川瀬に立った浅葱の浴衣。背を丸め、青磁色の髪からぽたりぽたりと雫が落ちる。びちゃ、と川面を尾で叩くと
錦蛇の元へ辿り着くと、胴の間に手を差し入れた。めりめりと音を立て隙間を拡げていく。錦蛇は頭を仰け反らせ、開いた口からシュウシュウと呼吸音が鳴る。細い指が鱗を破って肉へめり込み、流れる赤が、褐色の表面に彩りを加えていく。指が根本まで埋まり、胴の隙間から
「骨は折れていなそうだし呼吸に異常もない。念のため病院へ戻ったらX線写真を撮ろう」
聴診器を
「待ってください、もう人を襲う力は……」
「この膨らみを見ろ」
銃口で腹を指した。
「食い出がありそうですね」
「死体かもしれない、と言ったな」
刃先が硬いものに当たった。筋肉の裂け目を拡げ、ぱんと張った腸を破ると、ぼろり、靴の爪先が飛びだした。「なあんだ」
「ちょっと待ってください」
掠れた声。
「助けていただいたことには感謝します。しかし、あれは何者ですか」
「彼は……」
「
「なぜなら蛇は」
「俺は蛇に殺されかけたんだ。
「そうだ。怖いさ。なにせ
「知らないとは言っていない!」
裏返る叫び声が、崖の間に反響した。
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