果物
物置を急拵えで病室に整え、ベッドを一つ捩じ込んだ狭い部屋。
ぐぅ、と
ベッドに横たわり、ぼうっとしていたアルフが、彼の腕を消毒していた
「えっと、へんぐ……」
「Hungry.腹が減っているか、と聞いている」
「彼はさっき、はじめて手術の手伝いをしたんだ。だから昼食を食べていない」
ハイマットラント語で
「こんな子供がか」
「ああ。ぼくもこのくらいの歳には簡単な手術の手伝いを始めたものだ。彼も上手くやってくれたよ」
「祖父さんと父さんも医者なんだったか。たしか名前は……」
「
「ああ、そうだった」
「このパパイヤでも食っていけよ。俺はこれ以上食べれそうにない」
再び声を掛けられた
「食べていいそうだ」
「ありがとう。あー、さんきゅー」
「もう食欲があるのか。いい傾向だ。このあと休憩に入ってこい」
「昼食取っておいてくれたよな」
「ああ……それにしても、手術は怖くないか。腹の中を見たんだろう」
「勉強と思えば怖くないさ。偉い画家の先生は、解剖学書で身体の仕組みを学ぶらしい。俺も、人体の仕組みを理解したい」
ノックの音がして、扉が開いた。
「
「わかった、すぐ行く」
扉が閉まった。アルフがぼそぼそとしたハイマットラント語で
「なあ、もしかして今のが……」
*****
医師詰所で、湖弓が手帳を捲りながら
「近くの崖下で機体の破片は見付かったが、彼の言う観測機のものかは判然としないそうだ。しかし
「特には。下っ端だから何も知らないと言っていますが、知っていても簡単には吐かないでしょう」
「そうだな。あとは正式な尋問で探ってもらうとしよう。君は早く移送できるよう、治療に専念してくれ」
湖弓は手帳にさらさらとメモを取り、懐にしまうと、足早に部屋を去った。
「捕虜の話ですか」
「そんなところだ」
「……捕虜の診察なんて、危なくありませんか」
「相手はほとんど歩けないような重病人だ」
「でも、身体も大きいし」
「ぼくも身体なら大きいぞ。上背も君よりある。それに、念のため拳銃か軍刀は持って行っている。
鋸浦は押し黙った。小さな手で、ぎゅうと服の裾を握りしめる。
「怖ければ無理して来る必要はない。手術の助手と同じだ。向き不向きがある」
「あっ……あの!」
鋸浦が振り絞るような声で言い、
「申し訳ないが、受け取るわけにはいかない」
「そんな、なぜ」
「歳が離れすぎているだろう」
「年齢は関係ありません」
「大人同士ならな」
「なら、ぼくが、大人になったら…………」
鋸浦の黒い瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。
「考えておくよ」
「……これだけでも、どうか」
鋸浦はマンゴスチンを
「
眼鏡を外して涙を拭い、鋸浦は廊下を走り去っていった。
*****
再び医師詰め所。細く開けた窓から夜露を孕んだ空気が流れ込み、蚊取り線香の煙は重たく
「
「家では人任せなもので」
「で、なんだって鋸浦はそんなことを。思わせぶりなことでもしたのか」
「まさか。相手は子供で、その上、男ですよ」
「何かを勘違いしたのかね……しかし、本当に大人になってからまた来たらどうする」
「そのころには彼の気も変わっているでしょうから、問題ありません」
「本来なら同世代の少女が対象ですが、ここにその相手はいない。第二次性徴期の子供がこのような状況に置かれれば混乱を来すこともありますが、一時的なものです」
「彼にとってのセルロイド人形、あるいは黒耀石というわけでしょう」
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