第14話

 廃墟の中は静かで物音ひとつしない。ゆっくりと中に入り、前へ進む。

 すると、一番奥に姫宮さんが鎖でつながれているのが見えた。僕は一瞬我を忘れそうになって飛び出しそうになったが、近くに怪人がいるのを発見して踏みとどまった。

 どうやら怪人はあの一体だけのようだ。怪人は姫宮さんに触れながら、舌なめずりをしている。

 このままでは姫宮さんが襲われるのは時間の問題だろう。僕は背後からそっと忍び寄ると不意打ちの一撃を放つ。

 だが、怪人はその一撃に反応し、体を翻しながら僕の一撃を腕で受けた。怪人の強化された腕を吹き飛ばすことができず、僕は一旦距離を取る。


「もう来たのか」


 怪人が喋った。これまで対峙してきた怪人は喋ることができなかった。つまりこいつには知性がある。僕は生唾を飲み込むと、臨戦態勢を取る。


「おっと、動いてみろ。この女がどうなるかわかってるな」


 姫宮さんに刃を突き立てられ、僕は戦闘態勢を解く。やはり人質を取ってくるか。知性のあるやつを相手にするのは難しい。相手も頭を使ってくるから、今までみたいに簡単に倒すことはできない。


「ゼロ、私のことはいいから、そいつを倒して」


 意識を取り戻した姫宮さんが喚く。だが、僕にはそんなことはできない。


「やれるものならやってみろ。俺の剣がこの女の首を刎ねるほうが速い」

「やめろ。言うことは聞く。だから手を出すな」

「ははは、愉快だ。あのゼロが全く手出しもできないとはな」


 愉快そうに笑った怪人は警戒するように姫宮さんの首に刃を突き立てた。


「どうする? 何もできまい」


 僕は溜め息を吐きながら怪人に警告する。


「お前、何か勘違いしているみたいだが、人質を取ったぐらいでいい気になるなよ」

「負け惜しみか。そんなことを言っても何もできないだろうが」


 だが、今の一言で怪人が警戒を強める。怪人の額に冷や汗が流れるのが見て取れた。

 僕は怪人が瞬きするその一瞬を逃さない。魔力の刃を怪人の首元に向かって素早く投擲する。神速の一撃は寸分たがわず怪人の首を捉えた。


「がはっ……」


 怪人は首を抑えて蹲る。その隙に僕は姫宮さんと怪人の間に体を入れた。


「おのれ……」


 怪人は呻きながら首の刃を取ると、立ち上がる。不意打ちにおいて、僕の右に出る者はいない。父さんよりも卓越した技術があることを自負している。その姿から父さんは僕のことをアサシンゼロと呼んでいる。僕にとっては人質はほとんど意味をなさない。隙を見て神速の攻撃を仕掛けることができるからだ。

 怪人は立ち上がると、一直線に向かってくる。だが、人質のいなくなった僕の相手じゃない。魔力の剣を抜き去ると、綺麗な払い胴を決め、怪人を真っ二つにする。怪人は唸り声を上げて霧散した。


「ゼロ……」


 僕は立ち眩みを起こし、その場に膝を付く。どうやら風邪がまだ完全には治りきっていないようだ。


「大丈夫?」

「それはこっちのセリフだよ。怪我はないかい」


 姫宮さんが繋がれた鎖を引きちぎって姫宮さんを解放する。


「ええ、ゼロが来てくれたから。それよりゼロ体調悪いの」

「いや、ちょっとね」

「無理をさせてしまったわね」


 心配そうな姫宮さんの顔が覗き込む。僕は荒い呼吸で立ち上がると、姫宮さんを家に送り届けようとする。僕が背を向けたその瞬間、姫宮さんが不意に僕のマスクを剥いだ。マスクを奪われた僕は素顔を姫宮さんに晒してしまう。


「やっぱり影野くんだったのね」

「あ、いや、これは……」


 言い訳もできずに僕が動揺する。


「もしかしたらって思ってたの。パスタ食べるときにフォークを使えなかったのを見てもしかしたらって」


 その時に疑念を抱かれていたのか。失敗した。


「ごめん。僕なんかがゼロで。がっかりしたよね」


 僕がそう言うと姫宮さんは少し怒ったような顔をする。


「見くびらないで影野くん。私言ったじゃない。ゼロの素顔がどんなでも、私は好きなままだって」


 確かに言っていたけど。それは素顔を知らないからこそ言えると思っていた。


「私はゼロに何度も助けられた。その正体が誰でも感謝の気持ちを忘れることはないわ」


 真っすぐな瞳を姫宮さんは向けてくる。


「影野くんにも助けられた。だから影野くんのことは信頼していたし、影野くんがゼロでほっとしているの」

「本当に?」

「ええ、本当よ。私、影野くんがゼロだったらいいなって思ってた。だって、私ゼロのことも影野くんのことも好きになってたから」


 僕は一瞬耳を疑った。聞き間違いでなければ姫宮さんが僕を好きと言ったように聞こえたけど。


「あなたが好きよ、影野くん。私と付き合ってください」

「えっと、本当に僕でいいの?」

「あなたがいいの、影野くん」


 真っすぐな瞳に少し上気した頬。その真剣な表情が嘘ではないとはっきりわかった。僕はごくりと生唾を飲み込むと、ゆっくりと頷いた。


「僕で良ければお付きあいさせてください」

「本当に? 嘘じゃないわよね」

「勿論、嘘なんかつかないよ」

「やった!」


 そう言うと姫宮さんはその場で目一杯飛び跳ねた。

 こうして僕と姫宮さんは付き合うことになった。今後はずっと一緒にいられるから守りやすくなるだろう。


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