第6話
「あぁ!やっぱり!僕の目に狂いはなかったな」
その男性は私の姿を上から下まで眺めた後、笑顔でそう言った。
私はその顔に見覚えがある気がして必死に自分の記憶の引き出しを探る。
部屋の中には、あのケビンという嫌な奴も一緒に居た。……砂埃だらけの洋服は既に着替えているようだ。
「では、私はこれで」
侍女長が一礼し部屋を出ていく。私は何故かとても心細くなった。メイドとして働くなら、何故侍女長は部屋を出ていったのか。不思議な気持ちと不安が相まって泣きたい気分になる。
すると、主だと思われる男性が私の目の前に来て、じっと私の目を覗き込んだ。
「これなら……陛下も文句はないだろう」
その男性は満足気に頷いて、ケビンにそう言った。
……陛下って聞こえた気がしたけど……気の所為よね?
そして、私はその男性の綺麗な金髪と青い瞳に目を奪われた。……とこかで……?
私が記憶の引き出しをゴソゴソしている間に、この男性とケビンの話は進んでいく。
「では今から直ぐにでも王宮へ?」
ケビンの問いに
「彼女も今日は疲れただろう。訪問は明日にしよう」
と男性は答えた。そしてキョトンとしている私に視線を戻すと、
「名を名乗るのが遅れたね。僕の名前はジョシュだ。ジョシュ・ベイカー。はじめまして……ではないんだが、覚えているかな?」
と微笑んだ。そこで私はハッとする。
「……あの……馬車の……」
「そうだ。あの時は怖い思いをさせて申し訳なかった。ところで足の怪我はどう?大丈夫?」
その男性……ジョシュ・ベイカー公爵はとても綺麗な顔で微笑んだ。
それに引き換え、側に居るケビンは苦虫を噛み潰した様な表情だ。私みたいな者に近づく主を心配している様だが、噛みついたりしないので安心して欲しい。
「はぁ……大丈夫です」
あの時、馬車に乗っていたのはこの人だったのか。でも何故、私はここに呼ばれたのだろう?単なる使用人にしては、この待遇には首を傾げざるを得ない。もしや、あの時のお詫び?いやいや……それでも納得する理由としては弱すぎる。
「そうか。それは良かった。安心したよ。君は僕の顔を見て逃げてしまったからね」
顔を見て逃げたと言うより、高貴な貴族なんかに関わると碌な事がないと、私の本能が告げていたからだ。
貴族と私達では住む世界が違う。そうそこには見えないが高くて超えられない壁があるのだ。
そこを壊そうと奮闘している反乱軍に申し訳ないが、生まれた時から恵まれている人間というのは、存在している。それが事実だ。
「そ、その節は申し訳ありませんでした」
何故か私は無意識に謝っていた。これが染み付いた身分制度のしがらみというものか。貴族に逆らうなんて許されない。それがこうして態度に表れてしまった。
「どうして君が謝るの?こちらの落ち度だ」
そう言う公爵に私は滅相もないといった風に頭を横にふるふると振った。
私と公爵との近すぎる距離に、ケビンが痺れを切らした。
「ジョシュ様。いい加減にされて下さい。たとえ似ていようともその女は平民です」
「分かってるよ。ケビンは相変わらずだな」
さっきまで私の顔を覗き込む様に近づいていた、公爵は半歩ほど後ろへ下がった。
私もやっとホッと息をつく。……無意識に息を止めていたのかもしれない。
少し私と距離を取ってくれた公爵を改めて私は見た。
煌めくような金髪に透き通る様な青い瞳は深い海の色というより、良く晴れた空の色を想像させた。その瞳は少し垂れていて、為人を知らない私にはとても優しげに見える。高い鼻に少し薄い唇。こんなに美しい男性というものが存在するのかと、私は思わず感心していた。ほっそりとして背が高く少し見上げなければならなかったが、その様子を見た公爵は、
「うん。背丈も申し分ないな。髪の色が少し暗いか……?いや、まぁ、こんなものだろう」
と一人で何かを呟きながら、何度も何度も頷いて嬉しそうに微笑んだ。そんな顔も美しい。
いつもむさ苦しい男達ばかりを見ていた私には、同じ『人間』というものにこの人もカテゴライズされているとは到底信じられない。
しかしそんな事を考えながらも私を支配している感情は『不安』だった。
綺麗に磨かれ、今まで見たこともないような高級なワンピースを着せられた。髪型も今までのポニーテールから一転、編み込んだ上にハーフアップにされた。髪はどんな香料を使ったのか知らないがとても良い香りだ。
私は自分の格好も相まって居心地の悪さとじわじわと侵食するような不安に飲み込まれてしまいそうになるのをグッとお腹に力を入れて耐えていた。
「今日はゆっくり休むと良い。お腹は?食事もまだだろう?」
公爵に言われて、私は自分が空腹な事に初めて気がついた。
その言葉にケビンは側にあったベルを鳴らす。
程なくして扉がノックされ、私を案内して来た侍女長が顔を覗かせた。
「この女を部屋へ案内しろ。食事は部屋へと運び食堂は使わせない事」
ケビンの言葉に侍女長は無表情なまま「畏まりました」と返事をした。
ケビンの表情は公爵の穏やかな微笑みとは真逆で、彼が私を嫌悪している様子が窺える。なんと奇遇だろう。私もこの男が嫌いだ。
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