早乙女 side

第8話  久しぶり、王子様

沙樹とは保育園で同じクラスだった。

3歳の頃、早乙女は元気でどちらかというと暴れん坊だった。

でも泣き虫で甘えん坊なところもあり、子供らしい子供だったと早乙女自身も振り返るとそう思う。

ある日、いつものように元気よく園庭で遊ぼうと駆け出した時にコケてしまった。

恥ずかしいし、痛い。涙が溢れそうになる。

みんなは早乙女がコケたことに気づいていないのか、走っていってしまった。

半泣きで立ち上がろうとした時、手が差し伸べられていることに気づいた。

視線を上げると、黒縁メガネの女の子が、心配そうな顔で手を差し伸べている。

手を握ると、グッと起こされる。

「大丈夫?」

そう言いながら、膝の土を払ってくれる。

「大丈夫だよ」

涙を必死に隠して、笑ってみせる。

「えらいね」

そう言って女の子は微笑んだ。

「…名前は?」

「私?私は浦田沙樹だよ」

そう言って微笑んだ姿が逆光で輝いて見えて、早乙女は頬が熱くなるのを感じた。


それ以来、早乙女は沙樹のことを目で追いかけるようになった。

一緒に遊びたいし、話したいけどどうしていいかわからない。

早乙女は気を引きたくて、ふざけたりしたが効果はないようだ。

友達とふざけて投げた雑巾が沙樹にあたってメガネが吹っ飛び、その雑巾が頭に乗った時は悲劇だった。

沙樹は怒りに満ちたオーラで、早乙女のことをゴリラか野良犬を見ているかのような目で睨んでいた。

流石にまずいと思ったが、沙樹は黙って雑巾を地べたに投げて去ってしまって、謝る機会もなかった。

そこからは完全に距離を置かれてしまった。

校区が違うので小学校が違うと知って、卒園式の日、早乙女はなんとか話しかけようとこっそり沙樹に近づいた。すると、沙樹が先生に話しているのが聞こえた。

「私はね、白馬に乗った王子様と結婚するの」

(王子様になれば沙樹ちゃんと結婚できる)

早乙女は王子様になることを心に誓った。


「国がいるの!?」

姉に王子様について聞いた時、自分の国がなければ無理だと言われた時は驚いた。

絵本読んでみると、どうやら本当らしい。

早乙女が絶望していると、母がくすくす笑っている。

「王子様そのものじゃなくて、王子様みたいな人にその女の子は憧れてるんじゃないかな?」

王子様になる必要はなく、王子様のような人になれば良いのだ。

早乙女はその日から王子様になるために研究を始めた。


“王子様とは?”という壮大なテーマのもとに様々なことを試みた。

夏場に母親にせがんで白タイツを履いたらあせもができたり、黄色い絵の具で髪を染めた時は母親に2時間も説教された。

そして姉が少女漫画を読むようになり、それをこっそり見てどうすれば王子様になれるのか研究をした。

(クールで天才・・・)

下手にしゃべりすぎないようにし、勉強も必死で頑張った。

その結果、中学に入学する頃には、今のようにクールで勉強のできる王子様タイプへと進化していった。

その間も沙樹に会えることはなかったが、王子様キャラを追求することはやめなかった。

何より元々内弁慶で外で素を出すには時間のかかるタイプだったので、王子様キャラは過ごしやすかった。

そんな時、母親に言われて体験授業を受けに行った塾で、懐かしい声が聞こえた。

“大丈夫?”

ハッと息をのんだ。

あの頃と違って背は伸びていたし、女の子から女性へと変わっていたけど、くりっとした目に黒縁メガネは変わらない。

(沙樹ちゃんだ―)

「真理、大丈夫?もう授業始まるよ」

沙樹に呼ばれて真理と呼ばれた女の子が走って教室に入っていく。

早乙女は母にお願いして、翌日には入塾することになった。


(なんてダメ男なんだ)

沙樹が目の前にいるのに、声をかけることができない。

同じ塾にもう2年近く通っているのに、挨拶一つできやしない。

ドキドキして、言葉が出ない。

息をするのも忘れてしまいそうだ。

今も近くの席に座って、本を読んでいるふりをして盗み聞きすることしかできない。

「沙樹、高校どこにすんの?」

「〇〇高校かな」

「沙樹ならもう少し上いけるんじゃないの?」

「家から一番近いからいいかなって」

(〇〇高校!)

早乙女の志望校は決まった。


見事に早乙女も沙樹もそしてあの時沙樹といた友人も合格していた。

早乙女は、もっと上の高校を目指せると塾の先生や中学の先生に言われたが、「家から近いので」とクールに断った。

入試ではトップの成績だったらしく、新入生代表の挨拶を任された。

人前で話すことが苦手なので、断りたかったが、沙樹の前でこれまでの王子様研究の成果をみせるチャンスだと引き受けた。

「新入生代表、早乙女翔」

早乙女は、名前を呼ばれて前へ出る。

今日まで恥をかかないために、家で姉から特訓を受けたので大丈夫だ。

この後ろには沙樹がいると思うと、背中に汗が流れる。

(俺は王子様、王子様-)

特訓のおかげで挨拶は練習通りに上手くいった。

振り返って席に戻ろうと歩き出す。

(沙樹ちゃん、同じクラスだ!)

クラスが発表された時、沙樹の名前を探そうとしたが、先生に声をかけられて見れてなかったのだ。

思わず微笑みそうになるのを引っ込めて、席に座った。

(高校こそは絶対沙樹ちゃんと仲良くなる)

早乙女は心の中でガッツポーズを決めた

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