東方怪奇霊唱伝 ~零の幻影幽魂~

夏桜恵一

第一話

 東方怪奇霊唱伝とうほうかいきれいしょうでん ~ぜろ幻影幽魂げんえいゆうこん


 幻想郷――それは、現実世界と隔てられたもう一つの世界。人間、妖怪、そして神々が共存して暮らしている不可思議な場所。この世界では常識が通用せず、数々の異変が巻き起こる。そんな異変を鎮める者、それが博麗神社はくれいじんじゃの巫女、博麗霊夢はくれい れいむであった。


「また厄介な奴が出てきたもんだね、霊夢!」


 霧雨魔理沙きりさめ まりさの声が響き渡る。目の前に立ちはだかるのは邪悪で強大な気配オーラを放つ霊鬼れいき――紫雲燈しうん あかり。その体は黒い霧に覆われていて無数の魂が彼女の周りで彷徨っているように見える。空をも覆い尽くすその気配はまさに幻想郷の最恐の霊体に相応しい。


「これまでの妖怪と違って、ただの力技じゃいかないわね……!」


 霊夢は冷静にそう言い放つが、その顔には緊張が走っている。燈は強大な霊力を操り、あらゆる攻撃を弾き返してきた。


「ククク…博麗の巫女か、オマエらがここまで私を追い詰めるとはな。だが、その考えが愚かだ」


 燈の声が低く、不気味な声が周囲の空気をさらに重くする。


「この地に私を封じた者たちの末裔まつえいだというのか?あの時代と同じ過ちを繰り返すとは実に滑稽だな。オマエたちが何をしようと、この地は私のモノとなる…全てが闇の中に飲まれるのだ」


 その声には圧倒的な悪意が込められており、霊夢と魔理沙の背筋が一瞬にして凍りついた。


「なんだと…!? 口を開けば軽口叩きやがって…!」


 魔理沙は怒りをあらわにし、ほうきに乗って一気に突撃する。


「恋符・マスタースパーク!!」


 轟音とともに魔理沙の一撃が燈に向かって放たれる。星の如き光の弾幕が次々に霊鬼を貫くが、その霧のような体に大きなダメージは与えられない。


「クハハハ!!その程度か?私を滅ぼすには力が足りんぞ!」


 燈は邪悪な笑いを響かせながら周囲の霧を濃くしていく。絶望を楽しむかのように、魔理沙の攻撃を嘲笑っていた。


「くっ、こいつ本当にしぶといな!」


 魔理沙の顔に焦りが見え始めた。その瞬間、燈の目が赤く光ると彼女に向かって黒い霧を放ってきた。


「危ない、魔理沙!」


 霊夢は素早く反応して札を投げつけて結界を張る。しかし、燈の霧は結界を突き破って二人に迫ってきた。


「そんなものでは私の霊力を抑えることなどできない。己の弱さに絶望しろ、博麗の巫女…!」

「チッ、仕方ないわね…こうなったら奥の手を使うしかないか!」


 霊夢は真剣な眼差しで空を仰ぎ、両手に数枚の札を握り締める。そして巫女としての強大な力を引き出す準備を始めた。


博麗大結界はくれいだいけっかい――発動!」


 その瞬間、霊夢の周りに紅と白の光が広がり燈の攻撃が一瞬で霧散する。しかし、燈はすぐに立ち直るとそのまま霊夢に向かって襲いかかってきた。


「やっぱり簡単には倒せないか…」


 霊夢は息を切らしながらも、まだ余裕のある表情を崩さない。燈は再び巨大な黒い霧を集め始め、次の一撃を放とうとしていた。


「魔理沙、今よ!一気に畳みかけるわよ!」

「おう、任せな!」


 二人は息を合わせて最大の技で燈を追い詰めていく。次々に繰り出される符と魔法の連携攻撃によりついに燈の霧の体が崩れ始めた。


「あと一押し…!」


 だが、その瞬間、燈は不気味な笑みを浮かべた。


「オマエらには理解でないだろう。私の計画は既に始まっている…この霧は無限だ。そして、次会ったら確実に殺すぞ――博麗の巫女」


 燈はそう言い放つと黒い霧の中に溶け込み、そのまま消え去った。


「逃げた…?いや、奴はに行ったのか?」


 霊夢は厳しい表情でその場に立ち尽くす。魔理沙もまた、悔しそうに箒を握りしめていた。


 東京の夜、街の喧騒から外れた一角に静かで薄暗い路地裏があった。ネオンの光がかすかに差し込み、人々の気配が遠くに感じられる場所――そこはどこか不気味で異質な空間だった。


「ここか…ネットで噂されてた場所は……」


 一人の高校生、叶夜零訊かなや あまとがゆっくりと路地裏に足を踏み入れて行く。彼は普通の高校生とは違い、どこか無関心な態度でこの世の不可解なものを求めていた。ネットの掲示板で囁かれる『怨念の集合体が見える場所』という噂に興味を惹かれ、この場所に来たのだ。


「…こんなこと、本当にあるわけないだろ」


 零訊は自嘲じちょうするように呟きながらもなぜか心の中で高揚感を抑えきれなかった。非日常への渇望かつぼう。それが彼をここまで駆り立てた理由だった。


 しかし、そんな彼の足取りを遠くから見つめる霧のような存在があった。


(手始めにこのガキの体を奪うか)


 現代の東京にたどり着いた燈は肉体を持たぬ霊体となり、現代の闇に潜んでいた。そして、自らの存在を隠しながら憑依するための適切な器を探していたのだ。


(このガキなら…私の”器”に適しているだろう。限りなく弱いが、霊的な感覚を持つ者だ…少しは耐えられるだろう)


 燈は零訊の心中しんちゅうに潜む不安や孤独を感じ取っていた。それは彼にとって完璧な器と成り得る条件だった。


 零訊はさらに奥へと進む。路地の終わりには霧のような冷たい空気が漂っていた。


「これが…噂の霊ってやつか?」


 目の前に広がる暗闇の中、零訊の瞳が光を捉えた。それは明らかに普通ではない光景だった。何かの存在が渦巻くように空間が歪んでいるのを感じる。


「嘘だろ…本当にあるのか?」


 恐怖と興奮が入り混じる中で零訊の心は次第に無防備になっていく。そんな彼の隙を見逃すはずがなかった。


「ククク…オマエの闇は私が喰らってやる」


 燈はその瞬間、霧のような姿で零訊に向かって飛び込んだ。暗闇が彼を飲み込むかのように冷たく、邪悪な霊気が彼の体にまとわりついていく。


「何だ…これ!?」


 零訊は突然の寒気に体を震わせ頭を抱えた。意識が遠のき、目の前の景色がぼやけていく。そのまま膝から崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。


「オマエは私のものだ…ニンゲン」


 燈は言葉を残し、完全に彼の体に入り込んだ。零訊の体が一瞬痙攣けいれんし、次の瞬間には何事もなかったかのように静かになった。


 静かな夜の路地裏にはただ一人の少年が横たわり、その上空には淡い霧が漂っていた。やがて、零訊はゆっくりと立ち上がったがその瞳は以前とは違う冷たさを帯びていた。


「ククク…この体を利用すれば、現代での浸食は思うように進められる」


 零訊の口から発せられる声はもはや彼自身のものではなかった。燈が完全に憑依し、彼の体を操り始めたのだ。


 零訊の体を完全に支配した燈は、東京の街を歩きながら人間界の闇を感じ取っていた。


「これが…現代の人間どもか。あの幻想郷とは違ってここには欲望と恐怖が渦巻いている…美味だな」


 人々の悩みや不安、醜さが凝縮されたような都会の闇。燈はその冷たく邪悪なエネルギーを楽しむかのようにじっくりと感じ取っていた。彼の瞳は輝きを放ち、その邪悪な笑みが零訊の顔に浮かぶ。


「さあ、もっとだ…もっとこの世界の闇を見せろォ!!」


 その時、突如として周囲の空気が変わった。見覚えのある気配が迫ってくるのを。


「ここでまた会えるとは思わなかったわね!」


 その冷静な声が響く。振り返ると、そこには霊夢と魔理沙が立っていた。霊夢はその鋭い目つきで燈を睨みつけ、魔理沙は箒に乗り、いつでも攻撃できる体勢を取っている。


「大人しくしてもらおうか、燈!今度は逃がさないぜ!!」


 魔理沙が挑発的に声を上げる。しかし、燈は冷ややかな笑みを浮かべるだけだった。


「…まだ追ってきたか、無駄なことを。この体を手に入れた今、オマエ達はこの無実なニンゲンごと私を殺せるのか?」


 そう言いながらも燈は一瞬で状況を理解していた。ここで無理に戦うことは得策ではない。今の体では霊夢と魔理沙の力に対抗するのは難しい――零訊の体をもっと適応させ、完全に自分のものにする必要がある。


「だが、今は遊んでやる時間はないな」


 燈はその瞬間、霊夢たちを嘲笑うように言い放つと零訊の体を使って驚異的なスピードで走り出した。


「待てっ!」


 霊夢が叫び、すぐに後を追おうとするが燈は人間離れした速度で逃走する。魔理沙も箒で追いかけるが、その速さに追いつけない。


「なんて速さだ…!?」

「逃げ足は速いわね…!」


 霊夢と魔理沙は必死に追いかけながらも燈の姿はどんどん遠ざかっていく。彼は闇の中へと溶け込むように都会の喧騒を抜け出し、山奥へと向かって疾走していた。


 山奥の深い森に燈は逃げ込んだ。冷たい空気が彼女の身体を包み、暗闇の中に浸る。しかし、逃げる途中で零訊の肉体が限界を迎えていた。次の瞬間、零訊は吐血をして立ち眩みを引き起こした。


「くっ、まさかこのガキの肉体がこんなにも脆弱だとは…!」


 燈は苛立ちを覚えながらも彼の体はすでに限界を迎えていた。彼女の霊力がこの肉体に与えた負担は思った以上に大きかったのだ。


「オマエは私の器だ。しっかりしろ!」


 その瞬間、燈はさらに力を注ごうとするが零訊の肉体はもはや反応できなかった。彼は膝をつき、意識を失いかけていた。


「これはまずいな…!」


 すると博麗夢の声が聞こえる。すぐ後ろには霧雨魔理沙が、霊夢と並走しながら飛び回る。


「霊鬼、また会ったな!」


 霊夢と魔理沙は息を整えて 霊夢は御札を、魔理沙は魔法を準備し、同時に攻撃を仕掛けた。


「この程度で私を殺せるか?」


 燈は冷静な表情を静かにしながらも、零訊の体が限界に近づいていることを冷静に見ていた。だったんだ。


「今がチャンスだ…!」


 霊夢は先に計算された動きで紫雲燈の動きを封じ込めた。彼女はすでに次の手を準備していた。


「魔理沙、今だ!」


「任せな!」


 魔理沙は霊夢の合図で箒から飛び降り、手に持った魔法具を叶夜に向けて放つ。閃光が走り、燈の霊体が叶う夜体から一瞬の隙間を突いて引き剥がされる。


「ぐっ…!」


 紫雲燈は叶夜の体から無意識に引き離され、空中に分離した。


「やった…これで!」


 霊夢が叫んだその瞬間、突然空間が大きく怖かった。


「何だ…!?」


「まさか…燈がこんなことを…!」


 霊夢と魔理沙が驚愕の表情を浮かべる中、その裂け目から無数の怨念がやって来た。 巨大な怨念の集合体や、人形の悪霊たちが数十体現れ、暗闇の中不気味に蠢く。


「ククク…今度はそう簡単にはいかないぞ。これが私の真の力だ…!」


 紫雲燈は不気味に笑いながら、怨念たちを操り始めた。


「くっ…!」


「まずい!霊夢、どうする!?」


 二人は瞬時に霊防御態勢に移る。 夢は結界を張り、魔理沙は魔法で反撃を試みるが、数の多さに圧倒されていた。 さらに、零訊が気絶して倒れているため、を守らなければ状況に追い込まれていた。


「零訊を…守らなきゃ…でもこの数…!」


 霊夢は焦りながらも、零尋ねを庇いつつ戦い続けるが、怨念そして次々と襲いかかり、彼女の体力を徐々に削っていく。


「霊夢、このままじゃやばいぞ!どうするんだよ…!」


 魔理沙も息を切らずに必死に戦っているが、次々と怨念に苦戦を強いられていた。数が多すぎる。紫雲燈の狡猾さが、この状況を支配していた。


「ククク…私の怨念たちに囲まれて、どう戦うか見物だ」


 紫雲燈は高笑いしながら、怨念の軍勢をさらに強化しようとしていた。その邪悪な笑みは、彼はまだ力を温存していることを暗示していた。


 霊夢と魔理沙は完全に追い詰められていた。零聞を守りつつ、この数の怨念と戦うのは、あまりにも過酷な状況だった。


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