友情を壊す顕示欲〈二〉
「いやぁ、今回も嫌な顔されましたねぇ」
長い廊下を歩きながら東雲が苦笑する。
「確かに嫌われ職業っスけど、
そう言って隣を歩く溯春に笑いかけたが、前を見て歩く彼は東雲の方を見ようともしない。「笑ったらゴーストが出てくるのか?」冷たく問われ、東雲は「……出てこないっスけど」と引き下がった。
「こっちは治安維持に携わる公務員なんだ。市民は協力する義務がある」
「義務とかじゃなくてぇ……人と人との関わり合いなら、できるだけお互い気持ち良くなるようにしたいでしょう?」
「これっきりの関わりなのに? どうせお前、さっき話した校長の名前も覚えてないだろ」
「覚えてますよ! えーっと、た……たか……タカミネさん?」
「鷹見教頭だ」
「うわ、ずっるい!! ――あっ」
大きく反響した自分の声を聞いて、東雲は咄嗟に手で口を塞いだ。ここは高校の校舎の中だからだ。しかし周りに生徒達の姿はない。職員室や部室など、特定の人物や時間にしか使われない部屋が並ぶためだ。
東雲が気まずそうにきょろきょろと周りを見渡していると、「お前でも気にするんだな」と溯春が意外そうな顔をした。
「溯春さん、おれのこと何だと思ってます? ちゃんとTPOくらい弁えてますよ」
「関係者の名前すら覚えてなかったくせに」
「うっ……そういう情報は覚えとくの苦手なんスよぉ……」
「だとしてもせめてこの案件の間くらい覚えておく努力はしろ。まさか聞いた内容も忘れたんじゃないだろうな?」
疑うような目で溯春が東雲を見る。すると東雲は「まさか!」と心外だと言わんばかりの声を上げて、「それは覚えてますよ!」と話し出した。
「ゴーストの噂は特に教師の耳には入ってないみたいっスけど、二週間くらい入院してる子がいるんでしょう? 交通事故で意識不明だって」
得意げに話す東雲を置いて、溯春が少しだけ歩を早める。そして〝天文部〟と書かれた札のある部室の前で止まると、持っていたカード型の鍵を使って躊躇うことなく扉を開いた。
「――ならお前が今からやるべきことは?」
部室の入口に立ち、溯春が奥を示す。そこに並ぶのはロッカーだ。各ロッカーに書かれた名前から、部員がそれぞれの持ち物をしまうためのものだと分かる。
問われた東雲はニッと口角を上げると、先程教師から聞いた名前の書かれたロッカーへと近付いていった。
「安心してくださいよ、得意分野っス」
自信満々に言った東雲に、溯春が「お前の仕事だ、馬鹿」と溜息を吐いた。
§ § §
その日の放課後のことだった。一日の授業を終えた倉木は下校しようとしていた三城を捕まえて、校舎脇でこっそりと向かい合っていた。
「なあ、本当にやるのか?」
真剣な顔で問う倉木に、三城が「当たり前だろ」と笑いかける。
「こんな近くにゴーストが出るなんて初めてなんだ、今回を逃したらいつになるか分からない。大丈夫だよ、絶対バズるから!」
「けどゴーストに一般人が手を出すのは禁止だろ。たまたま見つけたならともかく、わざわざ探すのは流石に……」
「探すだけじゃ罰せられない。見つけたとしても〝たまたま〟だ。それ以上手を出さなきゃ大丈夫らしい――ってほら、ここに書いてある」
ホロディスプレイを出しながら三城が指で示す。そこには文字が並んでおり、彼が今言ったことが書かれていた。
だが倉木は「素人のまとめだろ」と言って、それを見ようともしない。
「そういうのは都合の良いことばっか書いてあるに決まってるだろ。いくらそれらしくても鵜呑みにするなよ。しかも配信って、お前ライブにする気なんじゃないか?」
「じゃなきゃ面白くないじゃん」
あっけらかんと肯定した三城に、倉木がぐっと眉根を寄せた。
「最悪犯罪を生中継するってことだぞ? それにゴーストだって危険だから一般人は近付いちゃいけないんだ。そういうの全部三城は分かって言ってるのか?」
責めるような目で倉木が三城を見つめる。その剣幕に三城は目を見開いたが、すぐに「倉木は怖いのか」と馬鹿にするように言った。
「……軽率だって言ってるんだよ」
倉木がもどかしそうに呟けば、三城は「平気平気!」と気楽に笑ってみせた。
「ちょーっと遠くから撮ってみて、ヤバそうだったらすぐ逃げるって。倉木が心配するようなことは起きないよ」
「だったら行くも意味ないだろ。無駄なことするなよ」
「これ見てもそう思う?」
ニヤリと笑んだ三城が倉木にホロディスプレイを示す。倉木が目をやれば、先程の文字ばかりの内容から配信画面と思しきものに変わった。中央の動画があるはずの枠には〝十八時開始予定!!〟と書かれたくまのイラストがあり、動きはない。しかしその下の〝待機人数〟の欄には倉木が見たことのないような数字が表示され、更にどんどんその数を増やしていた。
「なにこれ……」
「さっきゴーストクリーナー撮っただろ? あれだけ上げといたんだよ。そしたら信憑性が高まって、ゴースト探しの生配信待ってる人がもうこんなに来てんの」
「は……」
「リスナーと一緒にゴースト探しするんだよ。今は待機でこれだけだけど、配信始めたら絶対にもっと増える。それだけで俺ら有名人だぞ? ゴーストの専門チャンネルとか嘘臭いのばっかだけど、今回見つけられれば確実に箔が付く。他の似たような連中なんて一気に追い抜いて俺らがトップになれるんだよ!!」
興奮した様子の三城の一方で、倉木は呆然とディスプレイに釘付けになっていた。瞬きする間にも増え続ける見物人。有名人やゲームのイベント配信でしか見たことのないような人数が、自分達に注目している――その事実に、倉木の顔が青ざめていく。
「びっくりだよな。でも安心しろよ、プラプロ外せなんて言わないから。ほらここ、ちゃんと『今回はプライバシープロテクトをオンにしたまま配信します』って書いてあるだろ? 強制解除エリアにも入らない。なんだったら倉木は顔だけじゃなくて全身アバターにしてもいいよ。顔バレしないんだからいいだろ?」
「……ゴーストにプラプロはないだろ」
「そりゃそうだろ。それがどうした?」
「…………」
不思議そうに聞いてくる三城に、倉木は何も返すことができなかった。顔色はだいぶ良くなったが、しかしまだ表情は硬い。
そんな友人の様子に三城はふうと息を吐くと、「とにかく!」と気を紛らわせるような明るい声を出した。
「今回の配信に映ったって、お前には何の損もないワケ。そんなに気になるならプラプロのアバターもいつもと違うやつに設定しとけばいい。な、いいだろ? 一緒にテッペン獲ろうぜ!」
「……俺は、」
「四の五の言わない!! ああもう、あと二時間もねぇじゃん。じゃあ俺は準備があるから一旦行くけど、十八時前に正門前集合な! それまでに気持ち固めておけよ!」
「ちょっ……!」
倉木の返事を待たず、三城はその場から走り去った。倉木の伸ばした手は宙を彷徨い、何か言いたげな口は何も発しないまま閉じられる。
「…………」
険しく、思い悩むような表情で倉木が目を落とす。地面に横たわる自分よりも背の高い影が、じっとこちらを見つめてくる気がする。
一分、二分。時間が流れ、倉木はやっと顔を上げようとした。その時だ。
「――におう」
倉木の顔を、金髪の男が覗き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます