第30話  冒険者試験

「これから試験を始める!」


 試験監督官の声が訓練場に響き渡り、俺は錆びついた剣をぎこちなく構える。汗が掌を伝い、柄が妙に滑る気がした。


「は、はい!」


「まず最初に、お前がどれだけ武器を使いこなせているのかを確認する!お前は……剣術か」


 試験監督官が俺の握った剣を見るなり言った。


「なら、あの壁際の藁人形に切りかかってみろ!」


 気合いを込めて振り下ろした。


 ガギィンッ!


 耳障りな金属音が響き、藁がわずかに散った。しかしそれだけだった。

 藁人形の胸には、浅い擦り傷のような跡しか残っていない。


「なっ……!」


 焦りが込み上げ、二撃、三撃と続けざまに剣を振るう。

 だが錆びついた刃は力を吸い取るように重く、藁人形はびくともしなかった。

 息が上がり、額から汗が滴り落ちる。


「よし!剣術は以上だ!」


 試験監督官が切り上げる。


「そ、そんな!俺はまだ!」

「以上だと言った!」


 俺は言葉を失った。振り下ろした剣の重みが腕にのしかかり、膝がわずかに震える。


 観戦していた冒険者たちから、笑い声が漏れ始めた。


「なんだよ、あれ」

「新人どころか子供じゃねぇか」

「剣もまともに振れねぇのかよ」


 嘲笑が耳に突き刺さり、胸が冷たくなっていく。

 そうか、俺はいつもリオやセリスに頼りっぱなしだったもんな…

 実際…俺ってあまり強くないのかも…


「……剣術は見た。次だ」


 試験官ゴールが腕を組み直し、俺を見据える。


「お前、魔法は使えるか?」


「え……」


「できねぇとは言わせねぇぞ。冒険者に必要なのは腕っぷしだけじゃねぇ。最低限の魔力制御は必須だ」


 観戦席がざわめく。


「おい、魔法もやらせんのか」

「新人の洗礼ってやつだな」


 観客席に目をやると、リオとセリスが真剣な目で俺を見守っていた。


 俺はぎゅっと目を閉じ、深く息を吸った。

 そうだ……俺は弱いかもしれない。でも、何もできないわけじゃない!


「……やります!」


 そう告げると、ゴールは壁際の的を指し示した。


「じゃあ、あの木製の的に魔法を叩き込んでみろ。威力は問わねぇ」


 俺は剣を収め、的の前に立ち、手を前に突き出した。掌に意識を集中すると、微かに体内を巡る流れが熱を帯びていくのがわかる。

 リオと一緒に魔法を練習したときのことを思い出す。


 胸の奥から熱が広がり、指先に光が宿る。


炎槍フレイムランス!」


 叫ぶと同時に、赤橙の光が槍の形を成し、一直線に的へと突き進んだ。


 ――ドォンッ!


 轟音と共に木製の的に炎の槍が突き刺さり、表面が黒く焦げて煙が立ち上る。訓練場に焦げた匂いが充満した。


「……!」

「……!」

「……!」


 煙がゆっくりと晴れていき、黒焦げになった的の姿が露わになった。

 静寂。誰もが言葉を失い、ただその光景を見つめていた。


 次の瞬間――訓練場を揺るがすほどの歓声が湧き上がった。


「うおおおおおお!!」

「すげぇぞ!あの新人!」

「さっきまで剣も振れねぇと思ったら、マジかよ!」


 冒険者たちの目が一斉に俺へと注がれる。その視線に圧倒され、胸の奥が熱くなる。


 観客の歓声が渦巻く中、試験官ゴールがゆっくりと腕を組み直した。

 彼の額に刻まれた古傷がぴくりと動き、口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「…ふん、文句なしの合格だ!」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。

 観戦席に目をやると、リオが尻尾を高く掲げてにっと笑った。


「やっぱりハルはやれるんだ!」


 セリスもフードの奥で小さく頷き、静かに言葉を添える。


「……おめでとうございます、マスター」


 大きく息を吐き出したとき、背後から落ち着いた声がかかった。


「おめでとうございます、レオンさん」


 振り返ると、そこには受付嬢が立っていた。

 穏やかな微笑みを浮かべ、深々と一礼する。


「これにて試験は終了です。レオンさんは正式に、冒険者として認められました。

 このあと、冒険者ギルド証を発行いたしますので、受付までお越しください」


 受付嬢は一礼を終えると、踵を返し、静かに訓練場を背に歩いていった。

 その背中を見送りながら、俺は深く息を吸い込んだ。


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