第38話「魔王を倒そうとしたら思わぬ方向に行った件」


「さて、茜。準備はいいか?」


 アレックスが真剣な顔で言うと、茜は急いで胸を張って応えた。


「もちろん! 魔王をやっつけて、もうこんな変な世界からおさらばするんだから!」


 魔王は余裕の笑みを浮かべながら、玉座に腰を下ろしたまま二人を見つめている。


「ククク…二人がかりで俺に勝てると思っているのか? 愚か者め」


「そっちこそ余裕ぶってるけど、後悔するなよ!」


 アレックスが剣を構えると、茜はその横で気合いを入れた。だけど、よく考えたら茜は何の武器も持っていない。


「待って、私、どうやって戦えばいいの?」


「ああ、それは考えてなかったな」


 アレックスは苦笑いしながらも、手近な机から何かを取って茜に差し出した。


「これでも使え」


 茜が受け取ったのは――おたまであった。


「おたま!? こんなのでどうやって戦うのよ!」


「いや、何もないよりはマシだろ? ほら、これで殴るとか…」


「絶対に効かないじゃん!」


 茜は文句を言いながらも、おたまを持って構えた。なんかもう、ここまできたら笑うしかない。


「おたまで魔王倒す女、私って新しいヒーローかも…」


 そう呟いた瞬間、魔王が片手を軽く上げ、周囲に黒い煙が立ち込めた。


「お前たちには失望した。時間の無駄だ」


「げ、なんかヤバいの来そう!」


 茜は慌ててアレックスの後ろに隠れようとしたが、アレックスは真剣そのもの。彼は気合を入れて剣を振りかざし、叫んだ。


「いくぞ、茜! 魔王を倒すのは今しかない!」


「え、でも私おたまだよ!?」


 アレックスは気にせずに突進し、茜もその後を追って半ば勢いで魔王に向かって走り出した。


「や、やけくそだー!」


 しかし、次の瞬間――茜は足元の絨毯に引っかかり、豪快に転んでしまった。


「痛っ…! 何これ、魔王の罠?」


 そう叫びながら顔を上げると、目の前には魔王がニヤニヤしていた。


「ククク…愚か者め。お前の戦う姿には感動すら覚える」


「笑ってる場合じゃないでしょ!?」


 茜は怒り心頭で立ち上がろうとしたが、その瞬間、いつぞや神様にもらった「玉」がポケットから転がり落ちた。


「あれ? これって…」


 玉は床を転がり、魔王の足元でピタリと止まった。その途端――


「えっ!?」


 玉がまばゆい光を放ち、魔王を包み込んだかと思うと、突然魔王の姿が変わり始めた。なんと、巨大で恐ろしい魔王が、急速に小さくなっていく。


「ちょ、ちょっと待って!?」


 茜もアレックスも唖然として見守る中、魔王は完全に姿を変え、なんと…子犬サイズの小さな魔王がそこに現れた。


「ワン?」


「え、犬!? 魔王が犬になっちゃったの!?」


 驚く茜に、アレックスが玉を拾い上げてニヤリと笑った。


「この玉、けっこうふざけてるものだと思っていたけど、魔王を犬に変える力があったみたいだな」


「そんな力ってある!? 」


 茜はずっこけながらも、犬になってしまった魔王を見下ろす。


「なんか、怖さが全然なくなっちゃったね」


 魔王(犬)は「ワンワン」と鳴きながら茜の足元にすり寄ってきた。


「え、ちょっと! やめてよ、くすぐったい!」


「どうやら魔王、お前に懐いたみたいだな」


「え、そんなのいらないよ! これじゃ魔王討伐っていうより、ペット獲得じゃん!」


 茜はどうしたらいいのか分からずに犬になった魔王を見つめていたが、アレックスは肩をすくめて笑っていた。


「まぁ、とりあえず魔王を倒すことには成功したってことで…いいんじゃないか?」


「そういうことなの!? なんか全然納得いかないけど!」


 茜はおたまを振りかざしながら、不満をぶつけるが、結局何も変わらず。


 こうして、魔王討伐は成功(?)したものの、茜とアレックスの旅はまだまだ続くのだった――。


 +++++


 次回予告:「魔王をペットにしたら面倒なことになった件」

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