第8話「勇者、自己啓発セミナーに参加する件」
「もう限界!こんな生活、耐えられない!」
茜はついに頭を抱えて叫んだ。借金取りに追われ、掛け持ちバイトで忙殺され、さらには魔物討伐でも何の成果も上げられず。勇者としての誇りもズタズタになりつつある。
「なぁ、茜。俺たち、なんでこんなに必死に働いてるんだろうな……」
アレックスもまた、疲れ切った顔で皿を洗いながらぼやいている。
「確かに、これじゃ勇者というより、ただのブラック企業の社員だよね……」
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そんなある日、茜は町の掲示板でとあるチラシを見つけた。大きな文字で書かれたタイトルはこうだ。
【自己啓発セミナー『成功する勇者の条件』】
「成功する勇者? これだ……!」
茜は、運命的な何かを感じてチラシを握りしめた。今の自分には、成功するためのヒントが必要だと心の底から感じていたのだ。
「ねぇ、アレックス。これ、一緒に行ってみない?」
「自己啓発セミナー? 成功する勇者? なんだか怪しいけど……他に手はないしな。行ってみるか。」
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セミナー会場は、町のはずれにある古びた劇場だった。二人が会場に足を踏み入れると、すでに多くの参加者が座っており、みな真剣な表情で前を見つめていた。壇上には、一人の謎めいた人物が立っている。
「お集まりいただき、ありがとうございます。今日の講師を務めます、自己啓発の神・タクトです。」
「……自己啓発の神?」
茜はその姿に見覚えがあった。いや、覚えがあるどころか、これまで散々な目に遭わせてきた張本人――異世界転生の際に彼女を送り込んだ、あの「神様」そのものだったのだ!
「ちょ、ちょっと待って、あの神様じゃない!? なんで自己啓発なんかしてるの!?」
「ん? ああ、そうだよ、茜ちゃん。覚えてくれてるとは嬉しいね。異世界転生の担当をしながら、副業で自己啓発セミナーもやってるんだよ。神様もたいへんでね」
タクトは満面の笑みを浮かべながら、壇上で手を広げてみせる。
「副業!? ってか神様ってそんなに暇だったの!?」
「まぁ、最近は転生希望者も減ってるからさ、ちょっと趣味でね。君たち、勇者としての道がうまくいってないようだから、このセミナーで元気を取り戻してもらおうと思ってさ」
茜はあまりの状況に言葉を失った。異世界転生したはずが、まさか再び神様に会うことになるとは――しかも、彼が自己啓発の講師として目の前に立っているとは!
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セミナーが始まると、タクトは手際よく「成功する勇者の条件」について語り始めた。
「まず、成功するためにはメンタルの強さが必要だ。借金なんて気にしちゃダメ。気合で乗り切るんだ!」
「気合って……それでどうにかなるなら苦労しないんですけど!?」
茜が心の中でツッコミを入れるが、タクトは続ける。
「そして、勇者として成功するためには、セルフプロデュースが重要だ。どう見られるかが大事。もっとカッコよく見せるための装備を揃えなきゃダメだね!」
「装備……このエプロンでどうしろと?」
茜は自分の姿を見下ろし、ため息をついた。
「さらに重要なのは、チームワークだ。勇者といえど、一人では世界を救えない。仲間を信じ、力を合わせることが大事なんだよ」
その瞬間、アレックスが身を乗り出して言った。
「その通りだ! 茜、俺たちも力を合わせれば借金なんて怖くない! ……って、あれ?」
アレックスが力強く宣言するが、彼自身が借金漬けであることを思い出し、途中で勢いを失う。
「まぁ、まぁ、まだセミナーは続くから! これからもっと役立つ情報が出てくるはず……」
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セミナーが進むにつれて、茜の頭はますます混乱していった。タクトが語る自己啓発の内容は、どれもやや現実離れしており、異世界の勇者として役に立つかどうかは怪しかった。
「やっぱり、これ無駄なんじゃ……」
そんなことを考えていると、タクトが突然、茜に向かって指を指した。
「君! そう、茜ちゃん! 君はもっと自信を持つべきだ。自分が勇者だってことを、もっと周りにアピールしていいんだよ!」
「えぇぇ!? でも、今のところ全然勇者らしいことできてないんですけど……」
「そんなことはない! 勇者らしさは心構えからだ。君にはそのポテンシャルがある!」
タクトの熱い言葉に、茜は思わず「そ、そうですか?」と答えるしかなかった。
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セミナーが終わると、茜とアレックスは会場を出て、夜空の下でため息をついた。
「なんか、結局よくわからなかったね……」
「まぁ、でもあの神様が言ってたこと、多少は参考になったかも。メンタルの強さとか、チームワークとかさ。」
「うーん、確かに……でも、これで本当に借金返せるのかなぁ」
「まぁ、やれるところまでやってみるしかないな」
二人は再び肩を並べて歩き出した。神様タクトのアドバイスがどこまで役に立つかはわからないが、とりあえず次の一歩を踏み出すしかない。自己啓発セミナーがどこまで彼らを成功に導くか――それは、まだ誰にもわからない。
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次回予告:「勇者、強制労働に従事する件」
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