第5話「魔王を倒す前に家賃滞納してた件」
「いよいよ、魔王討伐の旅が始まるってわけね……!」
茜は気合を入れて荷物をまとめ、城を出発した。これまでの数々の変な展開を経て、ついに彼女も異世界の「勇者」として本格的な冒険に挑む時が来た。伝説の聖剣は折れてしまったが、それでも魔王討伐の使命は変わらない。
「でもさ、そもそも魔王ってどこにいるの?」
そう呟きながら地図を広げた瞬間、茜は立ち止まった。目的地は城からずっと北の果てにある「魔王城」。遠い。いや、尋常じゃないくらい遠い。徒歩では到底たどり着けそうにない距離だった。
「これは流石に無理じゃない?」
彼女はため息をつき、どうにか移動手段を探すことにした。王国の村々を巡りながら情報収集をしていたところ、ある村で一軒の立派な建物が目に入った。
【勇者専用宿泊施設】
「これだ! 休憩もできるし、ついでに情報も得られるかも!」
茜は迷わず宿泊施設に飛び込んだ。受付には優しそうな中年の女性が座っており、笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、勇者様。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。」
「おお、勇者特典かぁ……。なんか待遇がいいな。」
そのまま部屋に案内されると、中は広くて快適だった。ベッドはフカフカ、バスルームも広いし、なんと豪華な食事までついている。茜はそのまま気持ちよく数日を過ごした。
「いや~、勇者って最高じゃん!」
しばらくして、茜は魔王討伐を再開しようと荷物をまとめてフロントに行った。だが、受付の女性の顔は先ほどとは違い、どこか冷たい表情をしている。
「あの……ちょっとお伺いしたいんですが……」
「勇者様、まことに申し上げにくいのですが……お支払いがまだ済んでおりません。」
「え?」
茜の顔が凍りつく。頭の中で、何かがおかしいと警鐘が鳴った。
「支払いって……私、勇者ですよね? 特典とかないんですか?」
「申し訳ありませんが、当宿は高級なため、勇者割引でも無料ではございません。宿泊費、そして食事代で合計……1000ゴールドになります。」
「1000ゴールド!? そんなお金持ってないですよ!」
「では、どういたしましょうか?」
受付の女性はニコリと笑ったが、その笑顔はまるで、何かしら悪いことが待っているかのような意味深な笑みだった。
+++++
「……で、こうなりました。」
結局、茜は宿代を払えず、宿の清掃の仕事を手伝う羽目になった。魔王討伐どころではない。ベッドメイクや風呂掃除、さらに庭の手入れまで、毎日こき使われている。
「勇者ってこんなことするんだっけ……?」
畳んだシーツを抱えながら、茜はまたしても異世界の理不尽さに打ちひしがれていた。
「あー、なんで私がこんなことに……」
清掃用具を片付け、ようやく一息つこうとしたその時、また受付の女性が近づいてきた。
「勇者様、実は……魔王が近くにいるとの情報が入りました。」
「え、マジで!? 魔王がこんなところに!?」
茜は思わず身を乗り出した。
「はい、なんでもこちらの宿にも立ち寄られたとか。」
「え、なんで魔王が宿に来るんですか!?」
「実は、当宿は魔王様もご贔屓にしておりまして……。長年、常連のお客様なんですよ。」
「常連!? そんな緩い関係なんですか!?」
茜の頭の中は混乱した。魔王がただの宿泊客としてこの宿に来ているという事実に、どうしても納得がいかない。
「ですので、もしよろしければ、次に魔王様がいらっしゃった際、討伐に挑んでいただけると助かります。」
「いやいや、魔王討伐ってもっと緊迫したものでしょ!? 普通は壮絶な戦いの末に倒すものじゃないんですか!?」
+++++
その夜、茜はついに「魔王討伐」を決意し、フロントで魔王を待つことになった。彼女は半ば諦めながらも、剣を構えてドアの前で待ち続ける。
「これで終われば……もう家賃のことなんて気にしなくていいんだ……!」
しばらくして、ドアが開き、一人の男性が入ってきた。黒いローブをまとったその姿――間違いない、魔王だ。
「よう、久しぶりだな。」
「え、魔王って普通に入ってくるんだ……?」
驚いた茜に対し、魔王はフラッと入ってくると、フロントでチェックインを済ませた。茜はその様子を眺めながら、どうにも手を出せずにいた。
「討伐するべき? いや、でも……今チェックインしてるし……」
結局、茜はそのまま魔王を見送り、またしても何もせずに一日が終わった。
+++++
「はぁ……家賃のことも、魔王のことも、どうすればいいんだろう……」
茜はまたしても次の冒険(というか宿の掃除)に向けて歩き出すのだった。
+++++
次回予告:「伝説の勇者が借金取りに追われてた件」
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