第33話 条件
「本当に聖水だったなんて……」
お風呂場から戻ってきたエリスさんはガックリしていた。
「想像できる訳ないじゃないですか。良い湯だな〜って思っていたら、実は貴重な聖水で全身に浴びるように浸かっていたんですよ? あまりにも馬鹿みたいじゃないですか、私」
エリスさんは病に伏している王様の体調を治すために聖水を取りにミスティック山脈に向かう予定だったらしい。
ミスティック山脈まではここからでも1週間ほどかかる。その護衛のためステラさんと共に行動する予定だった。
それに道中はモンスターが出ないと限らない。ミスティック山脈がどんなところかは知らない。
でもS級冒険者のステラさんを護衛にしているということは決して安全な道のりではないのだろう。危険だと分かっているからこそS級冒険者のステラさんを護衛のつけたのだ。
「条件次第ではお渡ししても構いませんよ」
「……お伺いしても?」
「ここで採れることを口外しないこと。それが守れるなら構いませんよ」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
エリスさんはお礼を言う。
「ミスティック山脈に着いてもすぐ採れるか分かりませんし、質も量もその時になってみないと分からないので助かります……ステラ様すぐに戻ったら怪しまれますよね……?」
「そうですねぇ……今からお戻りになられるのは良くないかもしれませんね」
「ありがとうございます。ユキト様、どうでしょう? お代はお支払いするので1ヶ月ほど泊めて頂けないでしょうか?」
「泊まるのは構いませんが、王様は大丈夫なんですか?」
「病に伏してると言いましても、元々お持ちの持病が悪化してるだけなので、すぐに死ぬことはないですよ。ただあと1年放置したら分かりませんが」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。それに口外しないことの約束を守るためには、辻褄を合わせる必要があるので、どちらにしろ戻れませんから」
「あぁ……たしかに辻褄合わせなきゃいけないですもんね」
言われてみたら、それはそうとしか返せないが、
「私としてはユキト様との縁を大事にしたいので、そのくらいの融通合わせます……本当は久しぶりの休暇を満喫したいだけなんです」
エリスさんは涙目を浮かべていた。
そうか……エリスさんも聖女というポジションで苦労しているのか。
悩みや苦労があるという意味では俺達は同じだ。
たしかに、ここにいるみんなの立場は違う。使われる側、真ん中に立つ側、崇めたられる側……その人にとっての苦労や悩みはその人じゃ理解することはできない。
でも生きていく上では、そんな苦しみから解放されたいという気持ちは分かる。
「まぁ……エリスさんが良いならいいですよ」
だから、俺はダメとは言えなかった。
「本当ですか!! ありがとうございます!! このお礼はいずれ是非させて下さい!!」
「それならギルドでも後日経費落とすから、お金を渡してもいいかい?」
「嬉しいですが、お気持ちだけで構いませんよ」
俺としてはこの生活が守れるならなんだっていい。
でも困っている人がいるなら見殺しにする真似はしたくない。
そんなことをしたらきっと神様に怒られてしまうから。
しかしステラさんは俺の答えに首を振る。
「ユキトくん。それはダメだ。私と聖女様は仕事で聖水を採りにいくんだ。対価は受け取るべきだ。じゃないと私はユキト君がいないとダメになってしまう」
「……それなら、この前みたいに良さそうなものを持ってきてくれると嬉しいです」
「ありがとう。ユキトくんの優しさに感謝するよ」
ステラさんは微笑む。
俺はステラさんも十分優しいと思う。
だって俺がお気持ちだけでいいと言った時に『本当かい!? それじゃあお言葉に甘えさせてもらうおうか!!』みたいなことを言うと思っていた。
でもステラさんは律儀だった。なんというか……強い人だと思った。
「話がまとまりました??」
「あ、すいませんエリカ様。大丈夫です」
「それなら飲みましょ?? 聖女様も。今日は無礼講でいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。エリカ様も私のことは聖女ではなく、エリスと呼んでくれると嬉しいです」
「エリス。ユイもなまえでいい」
「ユイ様。ありがとうございます」
「じゃあ改めて乾杯!!」
エリカさんの音頭で俺達は再びグラスを鳴らす。
キンという爽快な音が山小屋に響く。
煮物や天ぷらも十分に美味しい。
冷蔵庫にあるもの以外にも最近、畑で収穫した作物も使ってみた。
自分で育てたものだと思うと、なおさら美味しく感じる。
「そういえばユキトくんに色々と感謝を伝えたい。まずテイマーと連携した業務改革なのだが……」
「あ、良い人が見つかったんですか?」
「元々声をかけようと思っていた人はいっぱいいたんだ。とりあえず何人かに声をかけてみたけど、みんな色よい返事をくれてね。おかげで実現しそうさ。私だけじゃなくて、リーファや少ないながら他のギルドの職員も在宅での勤務が可能になりそうだ。今後はクローリー支部以外にもこの方法を広めていく算段を立てているところさ」
「おぉ! それはすごいですね!」
この方法が広まれば、ステラさんだけなくリーファさんもきっと楽に仕事ができる。
少しでも俺の周りの人が楽に過ごせるようになるなら、俺としても嬉しい。
「すごいのは私ではなく、君だよ。ユキトくん。君のおかげで職員の負担を減らせるだけでなく、不遇職と言われているテイマー自身の生活も守れることができるんだ。本当にウチに採用したいくらいだよ。君ならギルドの支部長くらいなら出世できるだろうからさ」
「申し訳ないですが、俺はこの山小屋で約束を果たさないといけないのでどこにも雇われるつもりはないです。褒めて頂けるのは嬉しいですけど」
「そうか。約束の内容は聞かないが、本当に気が向いたら言ってくれないか。あぁ、それともう一つ」
「なんですか?」
「ブルドー村の件。すまなかったよ」
ステラさんが頭を下げた。
「大丈夫ですよ。困っていた時はお互い様ですから……また今度魔法を教えて下さい」
俺がそう答えると、
「教えられることがあるか分からないが……ユキト君が困った時には必ず力になるよ。どんなことでもね」
ステラさんは苦笑しながら言うのであった。
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