第26話 提案

「ごちそうさま」


 ユイちゃんはそう言うと、一目散に外に駆け出す。


 シロはユイちゃんが外に出ようとして吠えようとする。シロをいさめると『くぅん……』と可愛い声をあげた。


 俺がウェザーコントロールの魔法を覚えて数日が経過した。まだぎこちないけれど、徐々に水やりの効率が上がっている気がする。


 それに合わせて嬉しいことにユイちゃんはこの数日間、自分の分の畑を毎日面倒見ている。


 嬉しい誤算なのは、俺が最初に埋めた白い果実と違い成長スピードが若干遅いこと。


 長い付き合いになればなるほど、育てている作物に愛着が湧く。


 きっとユイちゃんも愛着を持つだろう。


 とは言っても、翌日には芽を出していたけど。


 ステラさんに聞いたら、普通はありえないらしい。もしかしたら、神様が良質の土を用意してくれていたのかもしれない。


 俺も何もしていない訳ではない。せっかく覚えたウェザーコントロールの扱いにも慣れて来た。少しずつではあるが、水やりの効率が上がってきている。


 それに……この魔法を機に色々と応用できそうでワクワクしている。


 これからどんな魔法を使えるようになるのか楽しみでしょうがない。


「それにしても本当にユキトさんの故郷の料理は美味しいですね!」


 エリカさんは俺が作った朝食を食べてニコニコと喜んでくれる。


 シジミの味噌汁が二日酔いに良いと分かってからエリカさんとステラさんは積極的に味噌汁を飲むようになった。


「本当だわ。もう私もユキトくんが作る味噌汁を飲まないと生きていける気がしないわ。どうかなユキトくん。いっそ私のためだけに味噌汁を作ってくれないかな?」


「ぶふっ!! ちょっと……何を言っているんですか」


「え? 今、私変なこと言ったかい?」


 困惑するステラさん。


「すいません。俺の国だと味噌汁を作ってほしいって結婚したいって意味なんですよ」


「へ? そ、それは知らなかったよ」


「ふ~ん。ステラギルド長の節操なし」


「なんて言われようだ!! そ、それならいっそのこと本当に結婚しないかい? 私は一向に構わないよ?」


「いや、俺はまだ独身を楽しみたいので」


「くそっ!! 踏んだり蹴ったりじゃないか!!」


 机を叩き悔しがる同い年(28才)。そういう親しみやすさもステラさんの魅力の一つなのかもしれない。


「それにしても……あのユイが植物を育てるのに熱心になるなんて。意外です」


「そうだね。あの子は基本的に気まぐれだからね。3日も立たずに飽きると思っていたから嬉しい誤算だよ」


「あの子は自分を中心に置きがちだったからね。ユキトくんのおかげで一つ大きな成長が見れそうだ」


 突如、黒電話のような音が鳴る。


 俺はちょっと懐かしい気持ちになったけど、対してステラさんは苦虫を潰したような苦い顔をした。


「おっと……すまない。通信具が鳴ったから少しだけ席を外すよ」


 そう言うと、ステラさんはリビングを出る。


 すると、エリカさんは椅子の背もたれを使って背筋を伸ばしながら口を開く。


「あぁ……呼ばれちゃいましたか……」


「え? 何にです?」


「何って……ギルドにですよ? ほら、ステラさん。ギルド長ですから」


「あぁ……」


 そういえばそうだった。ここ数日、めちゃくちゃのんびりしていたからすっかり忘れてしまった。


「すまない。急遽ギルドに戻らないといけなくなってしまったよ」


 ステラさんはハイライトの消えた瞳で悲しそうに言った。


「いつかは行かないとはいえ、どうにかならないもんねぇ。ついでに溜まっている書類仕事も片付けてくるとするか……はぁ……」


 溜息は短くも重たかった。


 かつての友人は『連休明けって仕事行きたくないんだよな……明日から仕事だと思うと嫌になっちゃうよ』とそんなことを言っていたか。


 俺はブラックすぎて連休明けとい概念がなかった。毎日行きたくないと思うのが普通だと思っていたけれど、今のステラさんは連休明けの友人のような思いをしているのだろう。


 そういえば、その通信具って使うの大変なのだろうか? 異世界がどれだけ発展しているのか分からないから推測できない。


「ステラさん通信具って使うのも大変だったりします?」


「いんや。各々の極微量なマナでどうにかなるから、使うだけなら1ヶ月繋ぎっぱなしでも問題ないよ」


「なるほど……?」


「ちなみに、私は持ってないですよ?」


 エリカさんは手をひらひらとさせながら、缶ビールを開けていた。


「そうなんですか? というか、もう飲まれるんですね?」


「通信具なんて持っていても連絡取れるところなんて限られてますし、その割には高いですから……すいません。もう待ちきれなくて」


 エリカさんは『にへらっ』とした笑みを浮かべて飲み始める。


 つまり連絡を取れる手段はあるけれど、あんまり普及はされていないって感じか。


 それならここでやっても変わらなくないか? 


「ステラさん。テレワークとかしないんですか?」


「テレワーク??」


 ステラさんは俺の言葉に首を傾げる。あ、テレワークじゃ通じないか。


「場所を選ばずやれる業務を家でやるんです。会議とかも通信具を通じて行えばいいですし」


「ほぅ? しかし書類を持ってきて戻るのは手間じゃないか?」


「もしテイマーさんの協力を得られるなら、決まった時間に必要な書類を届けて貰ったり、送り返すだけでいいですから」


「決まった時間か。なるほど」


「直接対応しないといけないものに関しては仕方ないと割り切るしかありませんが。それ以外の事はここでやったら良いと思います」


 ステラさんの負担が少しでも減るならば俺も嬉しい。


 俺がブラック企業に勤めていた時はテレワークなんて夢のまた夢だった。


 たまに見ていたSNSでテレワークの存在を知ったけど、正直めちゃくちゃ羨ましかった。


 通勤時間もないからギリギリまで寝られそうだし、クソ上司の説教も極力聞かなくて済みそうだったし……まぁ、今はこの話は関係ないか。


「ただな。引き受けてくれるかどうかは別の話なんだよ」


 この場合、ギルド長であるステラさんが冒険者にお願いをする形になる。だからステラさんは経験則で言っているのだろう。


 ステラさんの言っている意味はもっともだ。でも、


「そうですかね? テイマーの人にも悪い話じゃないと思いますよ」


「というと?」


 ステラさんは少しだけ驚いた顔をする。


 多分、俺が引き下がらなかったのが意外だったのだろう。


 だから俺はちゃんと説明する。一応、ブラックの会社の中でお客さんを説得させなきゃいけない場面があったから、別に不慣れではない。


「テイマー側のメリットは定期的に決まった仕事になるので安定することです。聞いている感じですと、冒険者はギルドに依頼された仕事を受けている訳じゃないですか」


「そうだね」


「でも言い換えるとギルドに依頼されない限りは仕事がない。違いますか?」


「それは正しい。だから実際、王国から公共という形で依頼を受けることがある。そこは持ちつ持たれつなのだよ」


「じゃあ、テイマーさんも悪い話じゃないですよね? だって安定して依頼が貰えるんですもん」


「おぉ!! さすがユキトくん! 良いアイディアだ!! それなら説得できるだろう! 私はギルドに戻るよ! 3日ほどはギルドに滞在して仕事を片付けるがすぐに戻ってくるから寂しくならないでくれたまへ!!」


 そう言うと、ステラさんはそのままリビングを出た。


 シロも反応して『きゃんきゃん!!』と吠えている。シロが玄関で吠えているということはつまり、ステラさんは一人でギルドに戻ろうとしているということ。


「いや、戻るって言ったって一人じゃ危なくないですかね? 俺達も出る準備しますか……」


「あ、ステラさんなら大丈夫ですよ」


「え? なにが大丈夫なんですか?」


 俺がエリカさんにそう言うと、


「あれ? 言っていませんでしたっけ? ステラさんも一応S級冒険者ですよ? 今はギルド長の仕事に専念してますけど」


「あ、なるほど……」


 つまり実力はエリカさんやユイちゃんと同じくらい。


 帰るくらいなら朝飯前なのだろう。いや、もう食べた後だから食後の運動くらいか。


 そういえばステラさんって魔法の教え方めっちゃ上手かったもんな。納得だ。


 というか俺が知らなかっただけで数少ない(らしい)S級の冒険者が3人もいたということか……。


 実は魔法の実力を上げるのにすごくいい環境だったのか。


 よし。これからも頑張ろう。

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