あんパンと勘違いガールミーツガール

出井 愛

第1話『あんパンとメイド服』



「お願いします! お願いします! お、お願いします……っ!」



 人通りの多い街中で一人のメイドさんの声が聞えた。

 どうやら、道行く人に何かを手渡そうとしているらしい。


「あの……お、お願いします!」


 多分、ビラ配りか何かだろう。当然、その声はボクにもかけられたが、ボクはまともに彼女の顏すら見れないままそこに倒れ込んだ。


「もう限界……」


 大学の寮を追い出されたのがつい三日前……数少ない所持金もそこを尽き、今日はもう何を食べていない。

 まさか、ギターの弾き過ぎで寮中の住人から『深夜も寝れない』という苦情が来て追い出されるなんて……


 世界一のミュージシャンを目指して東京に出た結果がこれか……


 どうせなら、ここで野垂れ死ぬ前に最後の路上ライブでもするか。


「誰でもいいので聞いてください……『空腹の極み』……


 そして、ボクは最後の力を振り絞って歌った。

 それは空腹の極みに達した者が奏でる切望のメロディーだ。



 食べるものが無い!


 お金もない! 住む場所もない!


「誰か……食べ物をくだ……さい……」



 こうして、ボク……桜井カヲルの人生は幕を閉じたのだった……




「あ、あの……あんパンはいかがですか?」




 ――なんて、空腹あまりボクが路上に倒れていると、メイドさんが現れてボクに何かを差し出してきた。



「え……」



 驚いて、そのメイドさんの手を見ると、そこには小さなあんパンがあった。


「こ、これは……?」

「え、あ、あの……ごご。ごはんが欲しそうだったので……ごはんじゃなくてあんパンですけど……い、いりませんか?」


 そのメイドさんはさっきまでビラ配りをしていたメイドさんだ。

 しかし、どうやら配っていたのはビラではなくあんパンを手渡ししていたらしい。

 てか、何でメイドさんがあんパンを配っているんだろう?


 しかし、今のボクは空腹がエクストリームしているので、そんな細かいことは気にせず、彼女からの施しのあんパンをありがたく口にした。


「ありがとう……んっ!」

「どど、どうしましたか!?」

「んっ! ん!? んん!」



 ――めっちゃおいしい!



 な、なんだこれ! 生地はフワフワで! なおかつ中のあんこは濃厚なこしあんで、なおかつまろやかで! そして、スッと喉の奥に染み込む甘味!


 いや、ほぼ三日何も食べてなかったというのもあるんだろうけど……でも、それにしても今まで食べたあんパンの中で一番美味しいと断言できる味だ!



「あ、あの……お味はどうですか?」

「とっても美味しい!」

「ほ、本当ですか!? よ、よかったです……路上販売してみたんですけど、何故か誰も受け取ってくれなくて不安だったんです……」

「そ、そうなんだ……」


 まぁ、そんなメイドさんがあんパンを路上で配っていたら不審者過ぎて普通は誰も受け取りはしないよな……ん?


「今、路上販売って言った……?」

「はい!」


 すると、彼女は笑顔でとんでもないこと口にした。


「あんパン一個480円です♪」


 いや、金取るんかい……しかも、高いし!



 そして、所持金が無いボクは目の前が真っ暗になった。


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