小説「首のない男」

藤想

首のない男



 ある大型豪華客船の中に、一つのレストランがある。客人たちは各々が嗜んでいた娯楽を好いタイミングで切り上げて、腹を満たしにレストランへとやって来る。高級なシャンデリアが部屋をくまなく照らし、ゆったりとした高級感のある衣服に身を包んだ客人たちが部屋へと入ってくる。まず最初に降りてきたのは若い男女で、その二人は海の一望できる窓際の席がお気に召して、着席した。間もなくして給仕がやってきてコース料理を順番に提供していく。クライマックスには肉汁の滴る大ぶりな牛肉の塊が男と女の前に現れた。

 ところが男はおもむろに席を立つと、すぐにその席を恰幅のいい中年の男に明け渡してしまう。代わりに座った男はにんまりと笑みを浮かべながら肉に喰らいつく。女はというと、顔色も変えずに全く気にしていない様子で会食を続けるつもりのようだ。両者が肉料理を半分ほど食べたところで今度は女の方が別の女と交代する。交代した女もやはり笑顔で食事を続けた。何事もなく、会食は続行される。そのようなことがレストランの至る所で幾度も繰り広げられる。最初の男女はまだレストランの中に居るのか?それとももう居ないのか?誰も気にしない。レストランの中にはただ『会食』という行為だけが存在している。




 

 まず、首のない男がいる。あるマンションの一室で、首のない男が、ノートとボールペンを手に握り、なにか文章を書いていた。

 それはホラーテイストな小説のような文体であったが、スーツとソックスを身に着けた首のない男の様態に勝るインパクトではなかった。男は首が無いにも関わらず平然と着席しているし、ボールペンもしっかりと意思を持って握っている。首のない状態は男にとって、ごく普通の日常なのだった。男はボールペンを握った手を止めてノートを両の手で持ち、神妙な面持ちでスケッチでも眺めるように自作の小説を読んだ。いまいちしっくり来ないらしく、男は首を傾げた。

 男は文章を書くのに飽きて背伸びし、ノートをテーブルに置くと、喫茶店に行くことにした。11時までのやたらと長いモーニングでは、ゆで卵が一個サービスなのだ。部屋を出て道を歩き、通行人とすれ違っても通行人は男の姿に驚いたりはしない。その理由は分からない。


 喫茶店に入ると部屋の奥に常連客の森の顔が見え、その左手のカウンターの向こうに店主の姿も見えた。店主は風邪を引いていた。男は病気の日くらい店を休めば良いのに、と思ったが言わなかった。この店主に休業を薦める者は、亡くなった店主の奥さんくらいだった。常連客の森も店主が風邪を引いていることに気付いていたが、新聞紙で顔を隠し、何も言わなかった。首のない男も何も言わずに森の前の座席に座った。


 森について説明する必要がある。森は、人名ではない。そのまま森林という意味である。この森という男は頭部が森林になっている。この森の最大の特徴は、頭部の中に広がる広大な森林で、『戦闘』が起きている最中であることだ。森の中に紛れ込んだ三人か四人の男たちが、斧や猟銃など各々の武器を手に持ち、目の前の獰猛なオオカミの群れと戦っている。森の上部には男たちの残り体力が緑色のゲージで表現され、オオカミたちの攻撃に合わせて攻撃の様子が森の下部にモノローグで表示される。


 「ゆで卵貰ったか?」首のない男が森に質問する。

 それに気付いた森の中で戦局に動きがあり、オオカミの一匹が猟銃を持っている男に襲いかかった。そして男は反撃としてオオカミを一匹撃ち殺した。殺されたオオカミの位置に森の奥からまた一匹、オオカミが沸き出てくる。死んだオオカミの死骸はすぐに森の土に分解され、金貨と経験値になり、それが森の外の世界では首のない男に対する森の応答へと変換された。森は新聞紙から顔を上げると、「まだだ。まだ茹でている」と答えた。

 

 頭にコンピューターが埋め込まれている人間を想像してほしい。彼が喋る度にコンピューターの豆電球がピコピコ光って、思考として何らかの演算を行っている様子が伺えるだろう。それと同じことが森の中でも起きており、森の中の戦況の変化が、森の精神状態と一致しているのだ。


 「そうか」素っ気なく言って、首のない男は椅子に深く腰掛け、手を椅子の脇に投げ出し、身体をもぞもぞ動かして楽な体勢を取った。時計は11時5分を指していた。森の頭の中の戦況が徐々に変化し続けているのに対して、首のない男の無い頭には何も起こっていない。完全な空白だ。

 二人はコーヒーを啜る。その間に森の中では男が皆食い殺されて、代わりに新しい男が森にやってきてオオカミと戦っていた。森の中では人員の入れ替わりも激しい。これは森にとって自然な代謝だった。店主がゆで卵を二つ運んできたので、二人は殻を剥いて塩をまぶして食した。


 喫茶店で首のない男と森が何をするわけでもなくくつろいでいると、店の外で車のドアが閉まる物音がする。少しして店の玄関から見慣れぬ白衣を着た男が二人、入ってきた。白衣の男の一人が鞄から何やら活字でびっしり埋め尽くされた書類を取り出すと、森に向かって翳し「我々に付き合ってもらいたい」と言い放った。

 森には何のことだか分からず、森の中の戦況が乱れて男が猟銃を乱射し、森の動物を過剰に殺しすぎた。森の中は突然嵐に見舞われ、森は激しく動揺していた。見かねた首のない男が白衣の男と森との間に割って入った。


 「どちら様でしょうか」首のない男は語気を強く尋ね、白衣の男を睨みつけた。森から鳥が飛び立ち、木々がザワザワと揺れる。森は自らの乱れを激しく恥じた。

 「大したことはありませんよ、森は我々にとって必要な一部分ですから。回収しに来ただけです」白衣の男が淡々と答える。

 「手荒なことはしたくない、名乗らないのなら店から出て行ってくれ」尚も首のない男は白衣の男たちを威圧し、前に踏み出した。森が読んでいた新聞紙を丸めて、一応の武器とする。

 「それはこちらの台詞でして……」後ろに控えていたもう一人の白衣の男が懐から白い光線銃のようなものを取り出した。新聞紙と光線銃では、割に合わない。

 一転して首のない男は白衣の男に手出しができなくなり、怯む。男たちは森に駆け寄って手を掴み、そそくさと店から連れ出してしまった。黒い乗用車に押し込まれる森が情けない声を上げる。それはオオカミの遠吠えだった。首のない男は店内で立ち尽くした。店内にコーヒーマシンのコポコポという音と、空調のゴオゴオという音が響く。店主が警察に通報していたらしく、遅れてパトカーが店の前に二台到着したが、既に遅かった。ランプの赤が店内を照らす。





 白衣の男たちの足取りは、町内に設置された監視カメラにしっかり記録されている。首のない男は自宅へ戻ると上着を椅子に投げ捨て、自家PCから早速目当てのカメラにアクセスし、今日の12時前後の録画記録を取得した。どうやら男たちは森を乗せたまま中央都市へと向かったようだ。首のない男は早速急いで駅に向かい、息を切らしながら時刻が一番近い特急券を購入して中央都市へと向かった。特急に乗っている間、景色は地方の団地から川や山を経て、ビルが立ち並ぶ都心の景色へと移り変わっていった。


 都市の駅に着いたのは18時頃。会社員が忙しなく行き交う大交差点。動物の権利を訴える動物愛護団体の前で、「聖書は如何か」と熱心なキリスト教信者が宣教活動をしている最中。道路の脇には煮干しラーメンの屋台があり、早めに仕事を切り上げた会社員が席で麺を啜っていた。上空には何故かヘリが飛んでおり、バタバタという音が耳に届く。

 白衣の男たちは何処へ向かったのか?首のない男は白衣の男が森に向かって突き出した書類に「研究所」という文言があったことと、なにかの赤いマークが印刷されていたことを思い出した。一晩かけて手がかりを自力で探したが収穫がなく、一晩泊まって翌日、首のない男は交番や、某所にある探偵社や情報屋を手あたり次第に頼った。赤いマークの行方を追い、目当ての研究所を見つけ出すと、首のない男は早速正面から単身で乗り込んだ。


 「やあ、あなたでしたか」研究所の入り口で首のない男が振り返ると、喫茶店に現れた白衣の男が立っていた。「所内を案内しますから、どうか、ここでは乱暴はよしましょう」相手が好意的に提案してきたので、首のない男は渋々従うことにした。


 「ここは何の研究をしている?」歩きながら首のない男が訪ねる。

 「ゲームという行為についての研究です」白衣の男は気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべる。

 「ゲーム?行為だと?」

 「ご友人の森林が、戦闘という行為を頭の中に飼っていることはご存じかと思いますが、我々はその戦闘も内包する、より大きな行為、『ゲーム』について研究しているのです」

 白衣の男、つまり研究者は、首のない男を巨大なガラスケースのある部屋に連れて来た。「行為0001」「行為0002」と簡易なラベルが張りつけられたケースが部屋の壁に並行して配置され、部屋の壁には「窒素」と書かれた謎のスイッチがある。ガラスケースの中で渦巻いている透明な力が『ゲーム』と呼ばれる行為らしい。

 「ゲームには、武力による戦闘をも組み込んだ様々な、多様な戦術が許容されるという意味です。より総合的な戦いをゲームと呼んでいます」

 「森は今どこにいる?」

 「奥の部屋で眠っています。ですが助け出すのは待ってください。良く考えてみてくださいね?森にとって戦闘は病のようなものではないですか?我々が戦闘を森から取り除くのは、決して悪い話ではないと思うのですが。そうすれば森は安らぎを得られるでしょう」

 首のない男は視線を下げ、少し悩んだ。森にとって戦闘は不必要なものなのだろうか?戦闘が無くなったら森は森では無くなってしまうのか?そうはならないと思えたが、ハッキリとは分からない。「ハッキリ分からない、ここでは決められない」首のない男は研究者に言った。


 研究者による所内の案内ツアーが落ち着いたところで、首のない男は研究所内を自由に見学する許可を得た。所内は至る所に観葉植物が置かれ、窓が多く、建物全体が光を目一杯取り入れるような健康的な構造をしていた。どの部屋に入っても室内は明るく、すれ違う研究者達はハツラツとして仕事に当たっていた。『行為』というのはどうやら、ここにいる人間達にとっては恰好の、新しい研究対象らしい。


 首のない男は研究者の勧めにより、ゲームの完成を見届けることになった。ガラスケースの底面に設置された「脳」という生体器官が、ゲームの不完全な部分を自動的に補っていく。この脳という器官には欠落を見つけるとそれを補う性質があるのです、と研究者は説明した。根本的に脳がどういう仕組みで動いているのかと首のない男は尋ねたが、脳は完全に自動的に働いており、我々には一切操作ができない、と研究者は言った。つまり状況を揃えるだけ揃えたら、後はゲームが完成するかどうかは運任せ、脳任せということだ。まるで神のような気まぐれな器官だった。首のない男はゲームという行為の完成を目の当たりにして、意外にも自身の胸が熱くなるのを感じた。





 首のない男がゆっくりと所内を巡回していると、廊下の向こう側から、なにやら頭部に焼いた肉団子のようなものを取り付けた男が歩いてきた。男はふらふらとおぼつかない足取りで、なにか鎮痛な表情を浮かべていた。

 「どうした?その頭は?怪我したのか?」首のない男は肉団子の男に声をかけた。

 「怪我と言うには少し違うんだがね。奪われたのさ。皮を」

 「皮?それで中身が丸出しなのか」首のない男は自然と視線をその頭に向けた。

 「あまり見ないでくれ……」男はサッと手で頭を隠した。「俺は餃子というんだがね、皮を取られたんでこの有様だ」

 「皮を取られて、それで平気なのか?」

 「皮を取られたから悲しいとか、そういう簡単な話じゃないんだよ。だって皮を取られたら俺はもう餃子じゃないんだからね、もっと問題は根源的なものなんだ」

 きっと皮を取られる前の餃子を知っていたら、首のない男は餃子をこんな姿にした研究所を許さなかっただろうが、今の餃子の姿を見ても男は上手く怒れなかった。それが普通のことのように感じられてしまった。男に頭が無いのと同じように。


 だが、幸いにも首のない男の精神に違和感はしっかりと働いた。皮のない餃子をじっと見つめていると、確かに皮がないということが異常なことのように感じられてくる。じわじわと違和感が込み上げる。今まで当たり前だった自分の首の無ささえも異常なことのように感じられてくる。そうだ、俺は森を失ったからここへ来たんだ。首のない男は自分を、我を取り戻していくような心地がした。


 それもその筈だ。首のない男は記憶を完全に失っているが、この研究所には首のない男から死を奪ったリジェネレーター(復元機)が存在する。リジェネレーターとは「痛み」「肉体」「祈り」の三要素からなる肉体復元装置で、この施設内で稼働しているリジェネレーターによって首のない男はその効果対象とされ、死を奪われていた。男は無自覚にも死を奪われたことへの恨みを蘇らせ、男の本能と呼べる部位は、施設への復讐を開始していた。


 我々は本能という存在の意志に従って行動する。それは謂わば我々はゲームの操作キャラクターで、本能というプレイヤーの意思によって肉体が稼働しているということ。首のない男の本能が研究所への復讐を誓った時、男の前に奇妙に屈折する謎の光が出現した。光源は実体を持って、その場に留まり続けた。

 「首のない男、見えていますか?」

 「お前は誰だ」眩しい光に、男は目を手で覆った。

 「私は商人といいます。あなたに武器を提供しに来ました」

 「武器を買えるような金は持っていない」

 「大丈夫です。あなたには無尽蔵な寿命があります。それを少し頂きます」

 首のない男に光が吸い付いて、首のない男の肉の皮をぺりぺりと剥がしていく。皮は蜜柑のように簡単に剥けていき、男は少し苦痛を感じたが、光が自らの全身の皮を剥ぎ終わるまで待った。

 「十分な皮を獲得したので、あなたにこれを渡します」

 「これは何だ」

 「『瞬く』という行為です。非常に強い力を持ちます」

 商人の言っていることがよく分からず、男はその行為を試し撃ちすることにした。丁度複数人の研究者がこちらへと歩いてくる。首のない男は歩いてくる研究者に向けて、瞬きを行った。

 すると研究者たちの肉体が宙へ浮かび上がり、その研究者たちの中央にある一点に向けて研究者たちは瞬きを繰り返した。一瞬も止まることなく高速で瞬きを繰り返し、その高速の瞬きに瞼が乾燥してひび割れ始めても研究者たちは浮かび上がったまま中心の一点に向けて瞬きを繰り返し続けた。瞼の筋肉が異常に発達し、眼球は既に風圧により失明して、身体の全ての栄養素が瞼に集中し、やがて研究者たちは餓死した。その間、わずか3分。物凄いエネルギーが瞬きに費やされたということだ。


 研究者達の死体が瞬きの中心点に向かって瞼を引き寄せながら、無重力のように漂っている状態は解除されない。別の部屋から出てきた研究者たちもまた、瞬きの中心点に向けて高速の瞬きという行為を始めてしまった。一度そうなってしまったからには、もう瞬きに全てのエネルギーを使い果たしてミイラのように干からびるしかないのだ。

 首のない男が一回の瞬きを行ってから15分が経ち、瞬きの中心点に吸い寄せられて死んだ研究者は30人近くまで増えていた。





 状況を察知した研究者が研究所内の警備に当たっている強化警備員を招集し、警備員たちは分厚い戦闘服と大型の銃器を装備して首のない男の対処に当たった。まず警備員たちは空間ごと消滅させる特殊な機雷を持ち寄り、瞬きという行為を構成する30余りの研究者の死体を除去した。廊下が円形に抉れ、建物全体に衝撃が走り、首のない男は後退せざるを得なかった。幸いにも逃走経路は多数用意されていたため、警備員たちから距離を取りつつ、瞬きを何度か使用することができた。

 一階の瞬きによって著しく兵力を消費する警備隊は苦しい戦いを強いられたが、機雷の力もあり、状況は拮抗した。

 研究者の一人が研究所内で首のない男の死を奪っているリジェネレーターを見つけ出し、機能を停止した。これで警備隊のショットガンは男に対して死を授けることが可能になった。


 これによって戦況がまた動くかと思われたが、首のない男が部屋のドアを背に立って様子を伺っていると、後ろから森の声がする。

 「無事だったか、森。頭の中の戦闘の様子はどうだ?」首のない男は敵を警戒しつつ森に尋ねる。

 「奴らは直接俺の戦闘には手を触れなかった。どうやら戦闘のメカニズムを知ることが出来ればそれで良かったらしい」

 「お前も無事だったことだし、この研究所を抜け出したい。良い手はあるか?」

 「今さっき、完成したばかりのゲームをこの所内に解放した。今起きている警備隊との戦闘は、つまりゲームということだ」

 首のない男は一瞬きょとんとしたが、すぐに状況を飲み込んだ。つまりそういうことだ。参加者は、首のない男と警備隊。命のやり取りをする巨大なゲームが、研究所内で開始されたのだ。森の手によって。

 「それは結構だが、このゲームから抜けたい。抜ける方法はあるか?」

 「一度始まったゲームは、人の手で終わらせるのは難しいだろう。代理人を立てて一旦ゲームから逃避するしかない」

 「代理人?どういうやつが代理人に相応しい?」

 「お前の子孫とかだな、子孫であればゲームをずっと継続していってくれるはずだ」


 首のない男はその場にいた女性研究者(名を長谷尾俳視(ハセオハイミ)という。27歳。独身。身長165cm、体重45kg。ショートカットで痩せ型)と性交して子供を作り、その場で出産させた。そして研究所内に落ちていた成長促進剤で生まれてきた赤ん坊を35歳に成長させた。生まれてきた子供にもやはり首は無かった。首のない男の息子も瞬きを継承しており、息子は警備隊との戦闘を開始、ゲームメンバーの交代が完了した。

 警備隊の方もメンバーチェンジを行っており、既に第二の部隊が投入されたようだ。首のない男と森は研究所から既に出ているので、これでゲームを行っているメンバーの中に元の当事者はいなくなった。


 頭の中にゲームを抱えた研究所は、森や首のない男と同じ、人間サイズに縮小した。

 「あ、僕は……」研究所に自我が芽生え、自分を理解しようとしている。

 「大丈夫か?研究所」森が話しかける。

 「これからはお前は一人の人間になるわけだが、大丈夫だ。たまに俺たちが様子を見に来る」首のない男は研究所の両肩を叩いた。

 「あ、ありがとう」研究所の中で首のない男が瞬きを使い、警備員を数人殺めた。

 「ああ、大丈夫」森の中でオオカミが狩人を食い殺した。


 「俺たちは、もう行くよ」首のない男と森が、タクシーに乗り込み、運転手に首のない男の住所を伝える。

 タクシーは発進する。研究所は、今でさえ既に一人で生きていくのが心細かった。





 ある大型豪華客船の中に、一つのレストランがある。客人たちは腹を満たしにレストランへとやって来る。

 まず最初に降りてきたのは若い男女で、その二人は窓際の席に着席した。給仕がやってきてコース料理を順番に提供していく。

 食事中、男はおもむろに席を立つと、すぐに恰幅のいい中年の男が代わりに座った。女はというと、全く気にしていない様子で会食を続けている。

 両者が肉料理を半分ほど食べたところで今度は女の方が別の女と交代する。何事もなく、会食は続行される。

 そのようなことがレストランの至る所で幾度も繰り広げられる。

 最初の男女はまだレストランの中に居るのか?それとももう居ないのか?誰も気にしない。レストランの中にはただ『会食』という行為だけが存在している。

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小説「首のない男」 藤想 @fujisou

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