名前

 鷹祭さんは家を出てすぐに腹を抱えて笑い始めた。

「面白い家族だねぇ。また遊びに行ってもいい?」


「え、また来るの? 母親からボコボコに言われるのもう嫌なんだけど」


「今回覚えてもらえたんだから次回からは大丈夫でしょ。踊橋君は今日楽しくなかった?」

彼女は不安そうに上目遣いで見てきた。


僕はなんだか気まずくて顔を逸らした。

「楽しかったよ。誰かと本を読むのも案外悪くないものだね」


彼女は嬉しそうに頷いた。

「でしょ? また二人で読書会しよう。今度は私の部屋にお招きするよ」

「椅子は二つあるの?」


「無い。だからまた今日みたいに読むことになるね」

「ふーん。まぁなんでもいいけどさ。そんなことより、詩織っていうんだね。名前」

「そうだよ。知らなかった?」


「うん。っていうかクラスメイトの下の名前とか誰も知らない」


「へぇー。じゃあ私のだけ知ってるってことだ? そっかー。私、踊橋君にとっての特別になっちゃったかぁ。なんだか嬉しいような気持ち悪いような」

「気持ち悪いってなんだ。失礼な」

「ごめんごめん」

彼女はヘラヘラしながら謝った。


「詩織かぁ。いい名前だね」

「え、なに急に。ありがと」

彼女は照れ笑いを浮かべた。


「本のしおりにはいつもお世話になってるし、なんか詩織って名前自体結構好きなんだよね。昔好きだった子も詩織って名前だった」


「なんの話やねん。……まぁその話はまた今度詳しく聞くとして、そういえば踊橋君の下の名前はなんだっけ?」

「……笑わない?」


「え? 笑わないよ別に。あんまり自分の名前好きじゃないの?」


「まあね。……僕の名前は踊橋まい。女の子みたいって昔からからかわれてきたんだ。だからそんなに気に入ってない」


「舞君かぁ。へぇー。確かに珍しいかもしれないけど、いい名前じゃん。私は好きだよ。君の名前」

「もしかして今、口説かれてる?」

「ちゃうわい」

そんなこんなで歩くうちに彼女の家に着いた。

平均的な一軒家って感じだ。


明かりがついていないから、今家に人はいないのだろう。


「ここだよ。送ってくれてありがとう。じゃ、またね」

「うん。バイバイ」

彼女に手を振った後、僕は回れ右をして家に帰った。


家に帰ると、母からの質問攻めに遭った。

面倒臭かったから適当に答えていたが、最後に母は

「頑張んなさいよ」

と何故か応援してきた。

晩飯は赤飯だった。

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