入学記念ライブを終えて

「わたしのエナジーが……18万?」

「ええ。学院の機材で測った限りだけれど、間違いないわ。あなたのエナジーは15万と少しから18万まで成長している」


 ライブが終わるとすぐ、万桜は校舎に引っ張り込まれた。

 しっかりした機器で検査を行った結果──エナジーが増加していると言う。

 しかも、通常の、徐々に伸びていく形じゃない。

 もちろん詳細は研究機関、あるいは病院にあるさらに高度な設備で調べるしかないのだが。


 ほぼ間違いない、という結果を聞かされたのはあろうことか学院長の部屋である。

 外からはライブの音がまだ聞こえている中、万桜は奏音と顔を見合わせて。


「そう言われても、すぐには実感が湧きません」

「自覚はなかったの? 力が溢れてくるような」


 1-B担任、向日葵さんの問いかけに万桜は苦笑。


「夢中だったので、それどころじゃなくて」


 あの時、万桜は最高の気分だった。


 直前まで不安と緊張でたまらなかったというのに、妹と共にステージに立ち、みんなから視線を集められた瞬間──それが高揚へと変わった。

 気持ちいい。

 ぞくぞく、と、湧き上がってくる感覚に身を任せると声も身体もいつも以上に弾んだ。


 おかげで、能力も必要以上に働きそうになって制御が大変だったが。

 実はエナジーが尽きかけていた、という話を聞くに、やっぱり制御しきれていなかったらしい。


「身体が熱くて──なんていうか、『歌姫ディーヴァ』の幸せを最高に感じていました。思えば、あれがそうだったのかもしれませんけど」

「そういうのは私もあったよ」


 関係者として同席している真昼が頷く。


「身体が熱く軽くなるのはいつもだけど、特に大きなライブとか、いつもと違うことをする時は大きかった」

「もっと視られたい、って、全身が敏感になる感じ……ですか?」

「まあ、感じ方には個人差があるけど」


 向日葵の談。

 それじゃまるで万桜の感じ方が特にえっちみたいになるんだが。


「でも、急にどうして?」

「確かなことは言えないけれど、おそらく、初めてのライブで極度の高揚状態に陥ったこと、加えて多量のエナジーを消費したことで潜在的な力が目覚めたのでしょう」

「そんなこと、あるんですか?」

「極めて稀だけれど、ないわけではないわね」


 機器による測定は通常、体内のエナジー総量を測っている。

 それをも誤魔化すとすれば何らかの理由で秘められたいることになる。

 例えば、自分で自分を過小評価して力の一部を封印していたとか。逆に力の使いすぎを防ぐため無意識に抑制していたとか。


「万桜ちゃんの場合は、今まで『他者から譲り受けた』エナジーだけで活動していたんでしょう。それがようやく正常な状態に戻った」

「……それ、って」


 とくん、と、胸が高鳴る。

 学院長は微笑んで、細かい測定結果を表示してくれる。


「万桜ちゃんのエナジー総量はあのライブ以来、緩やかに上昇傾向にあるわ。つまり、自然に成長しているということ」

「っ」


 ならば。

 眠っていたエナジーは、借り物なんかではなく、万桜自身の。

 真昼もこれに微笑んで頷いてくれる。


「万桜ちゃんにもちゃんと才能があるんだよ。私の力だけじゃない。万桜ちゃんだけの力が」

「……そんな。そんなことが、本当に?」


 万桜は思わず、右手を心臓のある位置に触れさせた。


 確かに万桜は、女の子になった。

 けれどそれは、真昼に与えられた『歌姫』の素質に身体が反応したからだと思っていた。

 もともと男だった万桜には自分自身の素質なんてない。そう、思っていたのに。


「お姉様」


 奏音が、万桜の左手に手を添えてくれる。

 彼女もまた微笑んでいた。同時にどこか切なげな、美しい表情でもあって。


「おめでとうございます。……これで堂々と、『歌姫』を目指せますね」

「奏音」


 瞬間、きゅん、と、ものすごい情動が来た。

 男だった頃には愛くるしい猫に出会った時くらいしか現れなかった感情。

 そのすごいやつ、いや超すごいやつが一気にどかーんと来て、万桜は我を忘れた。

 衝動のままに腕を開いて、最愛の妹を抱きしめようとして……いや待て、いくら妹とはいえそれはやばいだろ。


「っ」


 と、思ったら奏音のほうから抱きついてきた。

 柔らかい。

 そんなことを考えてしまったのは、何故か我がことのように泣きじゃくる妹に、万桜まで涙ぐんでしまったからだ。

 多少冗談めかしていないとどうにかなってしまう。


 あるいは。

 どうにか、ではなく、本当の意味で女の子に、ということなのかもしれないが。


 奏音を抱きしめるのは全然嫌じゃなかった。

 もちろんエロい意味ではなく。

 彼女の温かさ、心の動きを、こうしていると直に感じられるようで。

 他者とのふれあいを制限され、感情をそのまま表に出すことを良くないことのように扱われる『男』という存在が、いかに損しているかを感じてしまう。


 素直になれば、こうやって触れ合えるのに。


 万桜は、妹を抱きしめたまま学院長に向き直って、


「つまり、わたしは正念場で覚醒してパワーアップしたんですね」


 少年マンガではよくあることだ。

 髪が逆立ったりオーラが出たりはしなかったが……エフェクトは強くなってたような気がするから、あれがある意味覚醒演出か?

 妙なことを考えていると、学院長を含めた大人三人は「その表現はどうなの?」みたいな顔をして、


「そうですね。それも、注目せざるを得ない急成長と言っていいでしょう」

「……言っても三万くらいですよね? いきなりエナジーが十倍になったわけでもないのに、そこまで」

「万桜ちゃん。三万のエナジーって、成長期の『歌姫』が一年くらいかけて手に入れるものだよ?」


 向日葵の言葉でその重要性を理解する。


「そう。万桜さんのエナジー量は、15万の時点でプロの歌姫と遜色ないレベルでした。一年生で18万は、もはや前代未聞と言っていいでしょう」

「……そこまで」

「エナジーが多いってことは、能力を使える機会が多いってこと。節約の練習にはとにかくたくさん使うのが一番だから、万桜ちゃんはすごいアドバンテージがあるんだよ」

「つまり、万桜さんを欲しがる企業・団体は無数にあるということです」


 ………ん?


 万桜はしばし硬直した。

 話の流れとしておかしいわけではない。

 が、若干の飛躍があったというか、


「すみません。……わたし、学校で無双する話をしてたと思ったんですけど」

「別に飛び級とかそういう話じゃないよ? 今のうちからスカウトしておこうっていう動きが活発化するってこと」

「そこまでですか!?」


 高校球児だってこの時期にスカウトされないだろうに。


「既に複数件、万桜さんに関する問い合わせ、面会依頼、取材希望などが来ています」

「マジですか」

「嘘を言っても仕方ないでしょう?」


 学院長の目が若干、親戚の男の子でも見るような感じになってきた。


「あなたをここに呼んだのは、あらかじめ心構えをしてもらうためです。あのままあそこにいたら直接、スカウトや取材に囲まれかねませんでしたから」

「……なんだか、大事になってますね?」

「目立つ子にはよくあることだよ。真昼ちゃん──高峰先生だってそうだったし」

「私はさすがに一年生の頃じゃなかったけどね」


 イベント中以外は外部の者の出入りが制限される。

 なので、ひとまずこうやってライブ終了まで大人しくしていれば混乱は避けられると言う。


「もちろん、万桜さんがスカウトを受けるか否か、取材に応じるかどうかは自由です」

「でも、普通は学院を通すから、普段いきなり声をかけられたら断ってもいいよ」

「なにかあったら私にも相談してね? 担任として、こういう時こそ出番なんだから」


 さすがに奏音も落ち着いてきて、「大事になってきましたね」と眉をひそめている。


「わたくしはお姉様がどのような道を選ぼうと応援いたしますが……」

「奏音さんも他人事ではありませんよ? 雑誌の取材依頼などは姉妹揃っての希望を出してくるでしょうから」


 双子の美少女『歌姫』姉妹。

 そうはいない人材だ、そうなるのも無理はないが。


「……わたし、そこまで具体的には進路のこと考えてないよ」



    ◇    ◇    ◇



 ライブが終わったのを見計らって、用心棒のように向日葵に同行してもらいつつ、イベントの打ち上げ会場へ。

 一番大きなステージ前には歌姫科、普通科問わず多数の生徒が詰めかけていて、お菓子やジュースを片手に騒いでいる。


 OGも来ているので彼女たちは普通にビールやチューハイを飲んでいるが──。


「あれ、ジュースと混ざったりしませんか?」

「そういうの、『歌姫わたしたち』は気を遣うからたぶん大丈夫」

「たぶん」


 この場は生徒の憩いの場なので部外者が下手に近づくと不審人物とみなされかねない。

 そのうえ、担任が傍にいれば声をかけられることはほとんどなかった。

 声をかけられても「正規の窓口からお願いします」で終わりだ。

 が。


「あー、あなたが万桜ちゃん?」

「見つけた! 未来の後輩に声かけておきたかったんだよねー」


 酒のせいで若干だらしなくなった声。

 大人の女性のいい匂いがあっという間に万桜を取り囲み、匂いだけでなく物理的な干渉が腕やら背中やら顔やらに。

 というか、顔を胸に押し付けるのは息ができないので止めて欲しい。


「……あら、これは」


 さすがの奏音もOGの群れには狂犬ムーブができないようで、ぽかんと取り残されたところで手を引かれ、


「妹ちゃんもほらほら、こっち」

「わ、わたくしもですか?」

「皆さん。あまりはしゃぎすぎるようなら担任として、学院関係者として正式に抗議しますからね!」

「わ、さんちゃんが怒った!」


 万桜から見れば大人な向日葵が「さんちゃん」扱いとは。

 それはまあ、彼女だってまだ二十五歳、OGの中には先輩も大勢いるんだろうが……歌姫はみんな若々しいのでぶっちゃけ十も歳が離れているようには見えない。


 結局、万桜たちは向日葵までまとめてもみくちゃにされた。

 向日葵が言っていた通り、みんな最低限の道理はわきまえているのでお酒を飲まされたり、えっちなことをされたりはしなかったが。

 ……いや、当たり前に胸を押し付けてくるのはえっちじゃないか?


「あんたたち、よくあんな普通にOGと話せるわね……?」


 おかげで友人たちのところに着く頃にはへろへろ、そして美夜は万桜たちの人気ぶりにドン引きだった。


「うん、まあ。わたし、逆に素人だからそのへん気にならなかったというか」


 真昼世代前後の『歌姫』に詳しくとも、あの酔っ払ってるお姉さんたちとはしばらく繋がらなかったというか。

 そんな万桜に美夜は深い溜め息をついて「まあいいわ」と言った。


「身体は……大丈夫そうね? で、結局エナジーの話は間違いなかったわけ?」

「うん。わたしのエナジー量、18万になっちゃった」


 と、今度は話を聞きつけた現役生に取り囲まれた。

 いやあの、立場上できるだけ大人しくしていたいというか。


「美夜、助けて」

「いいじゃない。……正直、あたしたちも十分話しかけられたから少しは休ませなさい」


 助けを求めたけど突き放された。

 そうしてわいわいやっているうちに打ち上げはお開きに。

 それにしても本当、月一くらいのペースでわいわいやってるな。

 高校生活ってここまで他の生徒と距離の近いものだとは思わなかった。これも半女子校だから、あるいは心奏ならではなのだろうか。


「……本当、あんたには敵わないわよ、万桜」


 翌日の二十四時を回ると同時に万桜たちと美夜たちの決着はつき──。

 コスプレとアニソン、さらにライブ中のエナジー量増大というハプニングが話題を呼んだこともあってか、勝負は万桜たちの勝利に終わった。

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