ライブに必要なもの

「ほんと面倒くさいよねー、美夜ちゃんって」


 とは、夕食時のミアの談である。

 経緯はかなりはしょったが、万桜と美夜が勝負すること自体は彼女にも話した。

 どうせそのうち広まるだろうし、伏せても仕方ないだろうという判断だ。


 勝負する理由を伏せて納得されるか? 前科があるので余裕でした。


 年齢的には中一であるミアだが、育ち盛りだし、日々ハードなレッスンを受けているのでけっこう食べる。

 タバスコをたっぷりかけたボロネーゼの他にサンドイッチ、サラダ、スープという食事を美味しそうに味わっている。

 寮の食堂は綺麗だし味も良く、既に寮生活に欠かせないものとなっている。


「っていうか、勝負挑んでおいて一緒にご飯食べてるってどうなの?」

「……うるさいわね、あたしの勝手でしょ」


 ぼやくように答えた美夜もグラタン+ドリアという欲張りセット。

 万桜たちも親子丼大盛り+ミニうどんというメニューなのでなにも言えないが。


「わたしたちは嬉しいけど、今回はそんなにギスギスしない感じ?」

「……あくまでもあたしの気持ちの問題だもの。別に、顔も見たくないとかそういうんじゃないし」

「心なしか、お姉様がとばっちりを受けたような印象ですね」

「というか、そうなんじゃない?」


 あっけらかんと言い放つミアもなかなか容赦がない。

 奏音とミア、二人からいじられた美夜は「だって」と頬を膨らませて、


「……万桜と奏音が友達じゃなくなったら、あたし、寂しいじゃない」


 そこで素直になるのは反則じゃなかろうか。


 思わず顔を見合わせてしまう万桜と奏音。

 ミアとはまた別の意味で「よしよし」としてやりたくなる。

 しかしまあ、実際やったら本人キレると思うので、


「友達を増やせばいいのでは?」

「そうそう、ミアが友達になってあげるよ、美夜ちゃん」

「そうやって恩着せがましい言い方してくるのがほんとうざい」

「まあまあ、ユニットのパートナーにはもうちょっと優しくしてよ」


 ……ユニット?


「ミア、美夜と組むの?」

「うん。美夜ちゃんからお願いされたんだよ。ねー?」


 顔を覗き込まれた金髪美少女は不本意だとばかりの仏頂面で顔をそむけた。


「まあ、そういうことになるかしら」

「ほんと、美夜はもうちょっと素直になったほうがいいと思う」

「お姉様もそう思いますよね?」

「ミアもミアも」

「……あんたたち、食事中くらい静かにできないわけ?」


 ちょっとこのタイミングで言われても負け惜しみっぽい。



    ◇    ◇    ◇



「……美夜さんの性格にも困ったものですが、あくまで気持ちの持っていきどころを作るため、ということなら理解はできますね」


 夕食後、部屋に戻ってから。

 奏音はこの成り行きについてそんなふうに感想を漏らした。

 万桜も「ああ」と頷いてそれに同意する。


「要するに思いっきり戦ってすっきりしようってことだろ。そういうのならわかりやすくていい」

「おそらく、お姉様が勝たずとも話はまとまるでしょう。……どうなさいますか、お姉様?」

「勝ちに行くに決まってるだろ。手を抜いたらあいつキレそうだし」


 いつまでもライブから逃げてはいられない。

 『歌姫ディーヴァ』になるのなら必ず通る道なのだから。

 と、奏音は微妙な表情を浮かべた。

 迷うような、万桜の真意を探るような。


「お姉様自身は、美夜さんに思うところはないのですか?」

「ん? どうしてだ?」

「珍しく強い言葉を使っていらしたので」

「ああ。……まあ、別に美夜が許せないとかそういうのはないかな」


 万桜は別になにも奪われていないし、美夜と真昼の件に関してはほぼ蚊帳の外だ。


「先生の件はちゃんとしろよ、って思うけど──」

「お姉様への感情を落ち着かせないことには、あの人との話し合いも上手くはいかないでしょうね」


 万桜への評価、対応に憤っていたくらいだ。

 愛憎が半々、といったところだろうか。

 姉妹仲があまりよくないあたり、語られたことだけがすべてとも思えない。

 せめて、真昼を尊敬しているのか恨んでいるのかくらいは確定させないと。


「贅沢なんだよ、あいつは。真昼先生の妹で、『歌姫』の才能まであるくせに」

「やっぱり怒ってますよね、お姉様」

「思い出したらイライラしてきただけだ」

「それを怒っていると言うのでは」

「……仕方ないだろ」


 息を吐いて苛立ちを逃がしつつ、言い訳するように呟いた。


 努力の結果だと言ってはいるが、心奏の学年一位が凡才に取れるわけがない。

 そのくせ自分を過小評価して、そのうえで万桜に「才能ない」と言ってくる。


 万桜から見れば、自前のエナジーがあるだけですごい才能なのに。

 いや、女子に生まれたというだけで重要な二択に成功しているのに。


「ぶん殴って謝らせる……わけにはいかないから、お互いライブで発散して仲直りがいいんだろうな」


 奏音は微笑んで「かしこまりました」と頷いた。


「お手伝いしてもよろしいですか?」

「手伝ってくれるのか?」


 試験の時は万桜、奏音、美夜でユニットを組んでいた。

 美夜が抜けたので、そのままなら万桜と奏音の二人で組むことにはなるが。

 いったん解散になったと考えれば奏音は他の生徒と組んでももちろん良い。


 しかし、妹は悪戯っぽく笑って、


「あら。わたくしも当事者の一人なのですよ? ……お姉様を悪く言った美夜さんには、痛い目を見てもらわなくては」

「奏音を怒らせたのは失敗だったな」


 そういうことなら断る理由はなにもない。


「頼む、奏音。俺と組んでくれ。向こうがその気なら、今の俺の本気をあいつに見せてやる」

「喜んで。……お姉様のパフォーマンスを一番引き出せるのがどこの誰なのか、美夜さんにも、他の皆さんにも教えて差し上げなくては」


 ライブまでは約一ヶ月しかない。

 それまでにやらなければいけないことは、本当にたくさんあった。



    ◇    ◇    ◇



「いいですか、お姉様? 一ヶ月後の入学記念ライブはライブバトルと違い、学校を挙げた一大イベントです。当然わたくしたちも出演アーティストの中の一組として扱われます」


 時間は限られているうえ、平日の日中は授業で潰れてしまう。

 余裕があれば「今日のところは寝て明日から頑張ろう」と言いたいところだったが、万桜たちはそのまま作戦会議に移った。


 試験結果が発表されてからまだ二日後。

 目まぐるしいにも程がある。


「さて。ではライブのためになにが必要か、わかりますか?」

「機材は学院側が用意してくれるし、スタッフもそうだよな? メンバーは俺と奏音でいいから──曲と衣装か?」

「ほぼ正解です。正確にはそこに『ユニット名』と『振り付け』が加わりますね」


 本当にアイドル歌手にでもなった気分だ。

 ……って、だからそういうつもりでやれ、って話なのだが。


「まあ、ユニットの名前は後回しでいいだろ。問題は曲と衣装と振り付けだな」

「一から用意するには期限がタイトですからね」


 どうしたものか。

 これは簡単には決まらない。


「衣装も振り付けも曲次第なんだよな……」

「曲を決めないとなにも決められない、というのはかなりネックですね」


 アイドルアニメなんかだと「いつの間にか衣装が完成してました!」とかあるけど、現実はそう上手くいかないのである。






 曲にしろ衣装にしろ振り付けにしろ、手に入れる方法はいくつかある。

 大きく分けて「自作」「誰かに依頼する」「既製品を使う」と言ったところか。

 基本的に、他者に依存する部分が大きいほど自由度は下がり、その代わり手間やコストを抑えやすい。


「曲に関しては既存のものを利用するのが無難だと思います」

「俺も奏音も作詞作曲そういうのは専門外だもんな」

「幸い、過去の『歌姫』の曲が無数にありますので候補には困りません」


 学院で使う分にはプロの曲でも自由に利用できる。

 その中から自分たちに合った曲を選択すればいい。


「……もっとも、数が多すぎて選ぶだけでも一苦労ですが」

「……だな」


 勝負はすでに始まっている。

 選曲は勝敗を分ける大きな鍵だ。

 最近の有名曲なら客を集めやすいが、他の生徒とかぶる可能性も高い。

 マイナーな名曲なんてそうそうないし、あったとしてもパフォーマンスが万桜たちに合うかはまた別の話。


「お姉様、プランはなにかございますか?」

「って言われてもなあ……。俺たちにしかできなくて、目新しくさもあって、曲的にもそんなに難しくないのがあればいいんだが」

「そんな都合のいい曲はそうそうないかと」


 二時間ほどああだこうだと話し合ったものの、その場で曲は決まらなかった。

 これについては保留、二、三日中に結論を出すということで落ち着いた。



    ◇    ◇    ◇



 翌日は土曜日。

 授業はお休みのため、まるまる時間を使える。

 万桜たちは入学記念ライブに向けてあれこれ準備するため、朝から校舎へ赴くことにした。


「曲はまだ決まっていませんが、協力者の確保はしておきたいですからね」

「うん。どうせ取り合いになるし」


 ライブの主役は万桜たち歌姫科の生徒だが、普通科の生徒たちにとってもライブは晴れ舞台だ。

 一部の生徒は舞台に立つし、普通科には服飾や作詞・作曲の選択科目がある。

 普通科と連携して衣装製作や楽曲製作を行うのは昔からある学院の伝統だ。


 優秀な生徒には依頼が殺到して話を受けてもらえなくなる。

 あちこち当たってみようと校舎のロビーへと入って、


「小鳥遊さん」


 万桜たちに声をかけてくる人物がいた。

 振り返ると、黄色に近い濃い色の金髪をした一人の女性。

 ブラウスにフレアスカート、ノンフレームの眼鏡をかけた彼女は、微笑と共に万桜たちのほうへ歩いてくる。


「えっと、四条先生」

「覚えててくれたんだ。ありがとう」


 四条しじょう向日葵さんは1−Bの担任教師だ。


「小鳥遊さんにちゃんと挨拶できてなかったから、ちょうど良かった。いま、ちょっと時間ある?」

「はい、大丈夫です」


 ちらりと奏音に視線を向ければ、彼女も微笑と共に頷いてくれる。


「じゃあ、カフェテリアにでも行きましょうか」


 贔屓になるので奢ってはもらえなかった──何度か真昼に奢ってもらったのは半分プライベートな時だ──ものの、


「一品ずつくらいなら好きなもの頼んでいいよ」


 福利厚生の一環で、常識的な範囲なら教員はタダで利用できるらしい。

 つまり、向日葵に三人分頼んでもらえば実質タダ。

 生徒の相談に乗るのも仕事のうち、ということで黙認されている裏技らしい。


「四条先生は、思ったよりも気さくな方ですね」

「あ、もしかして眼鏡のせい? 残念だけどこれは伊達なの」


 手渡されたそれには確かに度が入っていなかった。


「目の悪い『歌姫」はよっぽどだよ。デバイスで補正もできるし」


 そう言う向日葵の首にはチョーカー型のデバイスがある。


「あらためてよろしくね、小鳥遊さん。……えっと、ややこしいから『万桜ちゃん』でいい?」

「はい」

「うん、じゃあよろしくね、万桜ちゃん。私のことも好きに呼んでね」


 奏音が評した通り、向日葵はなかなか世話好きのようだ。

 真昼も生徒から大人気だったが──彼女は眼鏡のせいか、より落ち着いた印象がある。


「それで、二人は今日はどうして? やっぱりライブ関連?」

「はい。……やっぱり、みんな活動を始めてるんですか?」

「まあね。早い子は四月から意識してたと思うよ」

「四月から……」


 まだ万桜が右も左もわからなかった頃である。


「出遅れたとなると、学内で協力者を探すのは難しいかもしれませんね」

「今のうちならまだチャンスはあるよ。……でも、人を探すならやっぱりコネがいるかも」

「コネ、ですか」


 真昼と同じくかなり若いが、彼女は既にここで数年働いているらしい。

 在学中の経験も含めればノウハウはかなり蓄積されている。


「そう、コネ。万桜ちゃんたちはたしか、部活動には所属していないでしょう? 今からでもどこかに入っておけば、先輩たちと繋がりを持ちやすいかも」

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