体育祭
勝負を期限ギリギリに設定したので、体育祭当日はあっという間に訪れた。
心奏の体育祭はまず、最も広い第一グラウンドで開会式が行われる。
今回のパフォーマンスは「身体強化以外の能力使用禁止」のレギュレーションに則り、驚異的な身体能力を披露するもの。
土のグラウンドで、見目麗しい少女たちが体操選手顔負けのパフォーマンスを披露。
跳躍。回転。宙返り。
ジャンプした少女を他の少女が手で受け止め、空へ高く持ち上げたり。
四人同時のバク転が空中で交差したり。
そこに個々のエフェクトが加わって目にも華やかだ。
「……すご」
気を抜くと見逃してしまうスピードで次から次へと行われるので、これが単なる学校行事の前フリだというのを忘れてしまいそうになる。
当然、報道陣も数多く詰めかけていて。
奏音と共に万桜の傍に立つ美夜はまるで自分のことのようにドヤ顔を決めてくれた。
「当然じゃない。あの程度で驚いていたらこの先もたないわよ、万桜」
「美夜、あのレベルの先輩たちに勝つ気でいたの?」
「……もちろん、そのつもりだったわよ」
おい、目をそらすな。
まあ、勝つつもりで戦うのと実際勝てるのは違う。
上級生のレベルの高さを知識として知ってはいても、実際、自分が心奏で学び始めたからこそわかる『力量の差』というのもあるだろう。
万桜だって、あれと同じことをやれと言われても絶対無理だ。
美夜に勝ったようにレギュレーションありの競技なら、死ぬ気で頑張ってワンチャンあるかもしれないが……本当か? あるか?
パフォーマンスが終わると学院長の挨拶。
「開会式のあとはいろんなグラウンドで同時進行するんだよね」
「はい。競技の模様は生中継されますので、デバイスがあれば簡単にチェック可能ですよ」
なので、競技が始まった後はみんなバラバラになる。
万桜たち1-Aは解散の前にいったん集合して、気合いを入れることに。
担任の真昼を傍らにみんなで輪になって。
「かけ声は誰にかけてもらおっか?」
「うーん……やっぱり小鳥遊さんじゃない?」
呼ばれてるぞ奏音。
思って視線を向けたら、双子の妹は漆黒の双眸で「どう考えてもお姉様ですよ」と訴えてきた。
「じゃあ小鳥遊さん──万桜ちゃん、お願いできる?」
「ほ、本当にわたしなんだ」
確かに成り行き上、種目決めの最終責任者みたいになりはしたが。
後天的に女になっただけの元男がそんなもの努めていいものか。
……しかし、みんなの期待の目には勝てず。
「それじゃあ、みんなせーので」
右手を振り上げて。
「1-A、ファイトー!」
「おー!!」
解散になってから「あれで良かったのか」と尋ねると、
「なに言ってんのよ、ノリノリだったじゃない」
「とても素敵だったと思いますよ、お姉様」
そう言われると妙に気恥ずかしくて、万桜は頬を染めてしまった。
◇ ◇ ◇
さて。
美夜との勝負に万桜が勝ったため、1-Aの参加種目はみんなが楽しめるように割り振られたわけなのだが。
『5:借り物競走 集合が開始されました』
さっそく来てしまったか。
……勝負を取り付けた段階ではクラス最底辺の身体能力しかなかった万桜は、比較的実力差の出にくい競技にエントリーしていた。
借り物競走。
『心奏の借り物競走はすごいらしいよ。ある意味名物になってるんだって』
『……そう、なの?』
『うん。とんでもないお題が入ってたりするから、下手すると体育祭終了までにゴールできないとか』
『それ、ゴールできなかったら得点どうなるの?』
『0点』
ゴールしてもしなくてもスタートから5分くらいしたら次の種目に切り替わり、走者がゴール次第得点が加算されていく。
なのである意味、ドラマ性のある展開も生まれやすいのだが。
『万桜。変なの引いてもちゃんと頑張りなさいよ』
と、美夜から前もって釘を刺された。
『上級生に勝つのはいったん諦めるけど、AクラスがB以下に負けたら格好悪いじゃない』
『ああ。賞品とは関係ありませんが、クラス間での実力争いもあるのですね』
『そりゃそうよ。みんな上のクラスに上がろうと必死なんだから』
もちろん、万桜だって勝負を投げる気はない。
美夜に勝った手前、格好悪いところは見せられない。見せられないが──ぶっちゃけ借り物競走って運ゲーじゃね?
さて、どうしたものか。
『それでは、プログラム5番、借り物競走スタートです!』
号砲と共に3学年×5クラス、計15名の生徒が一斉にスタート。
「……はや」
あっという間に一年生を突き放したのは上級生たちだ。
そして、二年生の集団を三年生がさらに置き去りにしていく。
2-Aの生徒が3-Eの生徒に追いつけていないあたり──やっぱり一年の差は大きいのか。
「でも、少しでも差を少なく……っ」
歌を口ずさんで身体能力をブースト。
所要時間が読めないので短距離走のつもりで全力を出した。
1-B以下、他の一年生よりリード。
かなり頑張れば2-Eの先輩に追いつけそうだが……その前にお題ゾーンに到着してしまいそうだ。
──この借り物競走はお題にも独自のルールがある。
お題には1〜5のレベルがあり、各レベルのボックスから合計5枚までお題カードを引くことができる。
引く枚数はお題ゾーン到着時点で宣言。
次にどのレベルを引くかはお題を達成後、次に引くときに決めていい。レベルの高いお題を達成するほど高得点。
もちろん着順でも点数が入るので、レベル1を1枚だけ引いて高速ゴールしてもいいし、なるべく高得点のお題を狙ってもいい。
ボックスは3セットしか用意されていないため渋滞が発生。
その間に万桜が定めたプランは、
「1-A、小鳥遊万桜。5枚コールします」
おお、と、微妙に観客がどよめいた。
突き刺さる視線が増え、ぞくぞくとした感覚を覚えながら、万桜はレベル5のボックスに手を入れた。
──プランは、できる限りポイントを稼ぐこと。
渋滞によってトップの三人からはすでに一分近く離されている。
先着ゴールで点数を稼ぐのは諦めたほうがいいので、ここは高いレベルのお題達成を狙う。
一枚引き、引いたカードの内容を見て、
『麻婆焼きそば』
「マジか」
万桜は素直に1km以上走って、島内にある中華料理屋にお願いした。
お題達成を確認してもらった後、焼きそばは自分で食べた。
もちろんお代は自分持ち。
……これ借り物競走か? まあいいや。
とっくに5分経過したので隅っこのほうに移動されたお題ボックスに再び立ち、2枚目のレベル5カードを引いて、
『マリトッツォ』
食べ物縛りの呪いでも受けてるのか!?
まとめてお題をこなせれば……! と思いながら洋菓子店に走ったら「うちでは扱ってない」と言われた。
これがレベル5の試練か!
とっくにブームが去っている品である。
どうしろと!? みたいに叫ぼうとしたものの、近くにドローンが浮いて万桜の様子を撮影していので泣く泣く我慢した。
クソが! とか言う前に気づいて良かった。
いや、相当頭に来ないとそこまで言わないが。
◇ ◇ ◇
で。
「……もう体育祭なんてこりごり」
「お疲れ様。……って言いたいところだけど、万桜、あんたね。さすがにあれは欲張りすぎでしょ」
「まあまあ、美夜さん。おかげで大量得点できたのですから」
「もうちょっとで体育祭終わってたけどね」
万桜の体育祭は借り物競走一色で終わった。
結局、マリトッツォはパンと生クリームを別々に買ってきて自作。
OKをもらった後はむしゃむしゃ食べた。
「食べ物の呪いのおかげで昼休みがいらなかったのが大きい」
「3枚目の『大盛り天ぷらうどん』もかなりの悪辣ぶりでしたね」
「うん。重量規定があるうえに熱いし、揺らすとこぼれるし、食べきらないと次に行けないし……」
さすがに満腹を感じたため──もとい、別の生徒が1枚のレベル5お題でひーひー言ってるのをたまたま見かけてしまったため、4枚目はレベル3を選択。
だいぶ優しくなったお題に「このくらいならいけるか?」と思ったら、最後の5枚目、同じくレベル3で意外と時間を食ってしまい、危うくタイムアウトしかけてしまった。
おかげで終わった時には汗だくである。
クラスルームでクッションを抱きつつ「シャワーを浴びられてよかった」としみじみ呟く。
と、奏音は眉を寄せて、
「今回は不可抗力ですが、お姉様の艶姿を衆目にさらしてしまいました」
「いや、艶姿って」
「だってあんた、ずっと中継されてたのよ?」
「……されてたけど、特に面白いものでもなくない?」
他にいっぱい種目があるんだから個人をじっくり見てる暇なんてあるのか。
と、今度は美夜が「甘い」と一蹴。
「心奏の体育祭マニアってけっこういるらしいのよ。各種映像を細かくチェックして気になる娘を見つけたり、SNSとかに上げたりして」
「なにそれ」
「個人でなくとも、『
「うわあ」
げんなりしつつ「じゃあ」と二人を見て、
「美夜たちもそういうのあるんじゃない? けっこう活躍してたんでしょ?」
万桜はあいにく見ている暇がなかったが──美夜と奏音は普通に1-Aの主力、徒競走にリレーにと複数の種目に出場、学年トップに大いに貢献した。
「どうかしらね。あたしたちは順当に活躍しただけだし」
「結局、二年生以上には手も足も出ませんでしたものね」
順当に活躍しておいて不満そうとはこれいかに。
「だって玉入れとか先輩たちジャンプして直接入れてたわよ」
「障害物競走で網をくぐる時が一番勝負になってましたね……」
「魔境過ぎる」
美夜は「ま、いいわ」と笑って万桜を見つめ、
「けっこう楽しかったし。今日のところは打ち上げをストレス発散しましょ」
今は他のクラスメートが戻ってくるのを待っているところ。
得点に貢献した三人は後片付けを免除されてこうして少し休憩していた。
片付けと言っても大部分は教師や上級生が能力でぽんぽん終わらせてしまうようなので、みんなもじきに戻ってくるだろう。
「……うん、そうする」
帰ってきたクラスメートたちとささやかな打ち上げ。
ちょっとしたお菓子とジュースでわいわい騒いで、健闘を称え合って。
一夜明けたら、学院は一気に「試験対策ムード」に変わった。
◇ ◇ ◇
入学時にも確認した通り、学院の試験はだいだい二ヶ月に一度。
気づけばもう一月半が経っているのですぐに試験だ。
希望する科目についてそれぞれ試験を受け、及第点以上を取れれば単位取得。
取得した単位数および評価が進級できるか否か、それからクラスの変動などに関わってくる。
「時間ないんだから、毎日放課後にみっちり練習するわよ。いいわね?」
「……美夜ってけっこう鬼じゃない?」
「自分にも他人にも厳しい方ですから、当然と言えば当然ですね」
というわけで、万桜と奏音は試験開始までの数日、美夜にみっちりしごかれることになった。
なぜかと言えば、彼女と「ユニット」を組んだからである。
『ユニットって、あのユニット?』
『他にどのユニットがあるのよ。一緒に歌ったり踊ったりするグループ』
『ああ。試験対策……評価向上のためですね?』
『そ。ユニットじゃないと受けられない試験もあるから』
個人での歌やダンスとは別に、複数人によるユニットでのパフォーマンスが審査される。
別に必須というわけではない。
ソロの『歌姫』だって当然いるし、それがユニットよりも低く見られているわけでもない。
ただ、学院としてはソロとユニットの経験、両方を持っておくことを推奨している。
大学進学に備えて座学も習得するのと同じだ。
学ぶ立場であるうちはいろいろ挑戦してみるに越したことはない。
『でも、わたしたちでいいの?』
『いいわよ。……というか、あんたたち以外いないわ』
『ああ。美夜さんは友達少ないですからね』
『怒るわよ奏音。……別に、あたしは馴れ合いとか嫌いなだけで、友達は作れないんじゃなくて作らないだけだし』
実際、美夜はツンツンした態度をやめればいくらでも友達できると思うが。
『そういうことなら、喜んで』
『ええ。わたくしも異存はありません。よろしくお願いいたします』
『そう来なくちゃ。じゃ、体育祭終わったら三人で練習しましょ? 言っとくけどあたしは厳しいわよ』
その発言が照れ隠しではなく、限りなくガチだったとは、美夜らしいと言えばらしいが──体育祭が終わったばかりなのになかなかのハードスケジュールである。
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