勝負の約束と勝利の鍵

「もう、どんどん話を大きくするんだから……。まあ、すぐに勝負、ってしなかったのは良かったけど」

「すみません、つい」


 後片付けやらなにやらで、気付いた時には寮の食堂の夕食タイムが終わりかけていた。

 走れば間に合う時間ではあったものの、相談したいこともあったので近くのハンバーガーショップへ。


 ライブの後でお腹が空いたのか、今日は奏音もセットメニュー(バーガー、ポテト、ドリンク)にサラダとナゲットとデザートをつけている。

 万桜はナゲット、デザートの代わりにバーガーを単品でもう一個頼んだ。


 万桜、奏音の向かいに座るのは真昼である。


「このくらいなら気軽に奢れるから助かるよ」

「ありがとうございます。……ですが、わたくしたちだけにアドバイス、というのは問題になりませんか?」

「ぜんぜん大丈夫。担任が自分のクラスの子の相談に乗るのは当たり前のことでしょ?」


 笑って答えたうえで、真昼は「あの子は自分から相談には来ないだろうけどね」と呟いた。


「裏ワザとかは教えられないけど、先輩としての体験談とかそういうのはいくらでも教えるよ。困った時、素直に誰かを頼れるのも才能のひとつだからね」


 自分で頑張ろうとするのは良いことだが、頑なになりすぎると損をすることもある。

 誰もがトップに立てるわけじゃないシビアな世界、と言うのなら、ストイックなだけが上達の近道ではないわけだ。


「それにしても、体育祭の前々日に2000mで勝負、かあ」

「はい。……そういうことになりました」






 美夜との勝負を望んだ万桜だったが、


『でも、勝負はまだ待って欲しい。今のわたしじゃ絶対に勝ち目がないから』

『なにそれ。あんたやる気あるの、ないの?』

『やる気はある。あるから、勝ち目のある方法で戦いたい』


 これには若干イラッとされたものの、最終的には「わかったわ」と頷いてもらえて。


『申請の期限は体育祭の二日前までだったわね。じゃあ、その日の放課後ってことでどう?』

『うん、それでいい』


 他のクラスメートたちも「こうなったら小鳥遊さんに任せる」と勝負を委ねてくれた。


 万桜でも勝利を狙える対戦形式──ということで、変則的ながらライブバトルではなく2000m走、つまり単なるかけっこでの勝負。

 能力の使用は身体強化系のみ、ということで体育祭と同じルールだ。

 これで負けたら、美夜としても「自分より早い人間の意見に従った」ということで納得しやすい。


 勝負の日までにプランを「ガチモード」と「みんなに公平なもの」の二種類用意しておき、美夜と万桜、どっちが勝ったかで使うほうを決める。






「……でも、勝負まで三週間もないので、特訓するにも時間が足りないかもって」

「そうだね。普通に特訓するだけだと確かに難しいと思う」


 特訓だけに専念できるわけではもちろんない。

 朝のジョギング+授業で相当へろへろになっているのに、さらにメニューを追加したら本当に倒れてしまいかねない。

 過剰な努力が身を結ぶのはそれこそ少年マンガの中だけである。


 しかし、真昼はにっこりと微笑んで。


「大丈夫、方法はあるよ」

「本当ですか?」

「うん。万桜ちゃんが2000m走──単なるフィジカル勝負を選んだおかげかな」


 ライブバトルはとても奥が深い。

 単なる表現力だけではなく、エフェクトも駆使した演出プランや衣装による視覚効果なども使って観客の関心を惹かなければならない。

 それに比べれば陸上競技はずっとシンプルだ。


「勝負の鍵は、やっぱり──能力」

「能力」

「万桜ちゃんはまだ、意識的に使ったことはほとんどないでしょう?」

「はい、授業以外では」


 歌った際に発生するエフェクトやデバイスの使用も能力の範疇ではあるが、超能力めいた使い方はまだまだ練習中だ。


「意識的に使うようにしてみるといいよ。そうすれば、今までより早く走れるようにもなるし、走っても疲れにくくなるから」

「走りながら能力を使う……ってことですよね?」

「そう、歌いながら走るの」


 ……恥ずかしくないか?

 朝のジョギングは島内を走っているわけで、歌いながら走っている人間はたとえ学院生で美少女でも変なやつでは。

 と、真昼は「別に恥ずかしくなんてないよ」とまるで見透かしたように言った。

 ポテトが一本、指示棒代わりに突きつけられて。


「歌いながら飛んで登校してる子とか普通にいるでしょ?」

「確かに、少しずつ目にするようになってきましたね」


 奏音が苦笑しながら答える。

 歌いながら歩いて登校している生徒もたまにいるし、休み時間の廊下に歌声が響いていることもよくある。

 学院生にとって、というか『歌姫』にとって人前で歌うのは恥ずかしいことではない、ということか。


「どっちにしても本番は歌わないと勝てないんだから、慣れておいたほうがいいの。それに、恥ずかしかったら鼻歌とかでもいいんだよ?」

「あ、大丈夫なんですね」

「それはまあ、ちゃんと歌ったほうが気分が乗るし、そういう意味で効果に影響することはあるけど。上手い下手は関係ないから大丈夫」

「……少し、ほっとしました」


 もちろん、ライブでは上手く歌わないと駄目なわけだが。今は2000m走に勝つことが先決。

 健啖家の『歌姫』三人、話しながらもバーガーやポテトは順調に減って、


「万桜ちゃんはまだまだ発展途上だけど、ひとつ、他の誰にもない長所があるでしょ」

「それって……」

「エナジーの量。15万オーバーは卒業時の三年生でもそうそういない数値だよ。あの子と比べても約3倍の差」

「当然、お姉様はその分だけ余分にエナジーを利用できるわけですね」

「そういうこと。節約する必要がないんだからばんばん使っちゃいなよ」


 莫大なエナジー量を元手に歌って特訓を繰り返し、一気にレベルアップする。

 それなら美夜に勝つチャンスがあるかもしれない。

 そのエナジー量の大元がおそらくは他でもない真昼で、その張本人に称賛されるというのも変な話だが。


「わかりました。やってみます」


 こくんと頷いて答える。


「ありがとうございます、先生。本当に助かりました」

「ううん、気にしないで。言った通り、このくらいのアドバイスなら誰にでもすることだから」

「それは美夜さんに尋ねられても、ということですね?」

「うん。って言っても、あの子はこんなこと言われるまでもないと思うよ」


 知っていたとしても万桜ほどの大盤振る舞いは美夜にはできない。

 一点きりの長所を活かして強敵を打破する。

 これも少年マンガ的な展開と言えるだろう。

 若干燃えてくるのを感じながら──万桜はふと首を傾げて、


「でも、こんな方法があるならどうしてみんなやらないんですか?」

「エナジーの節約が甘いうちからこんな特訓したら倒れるからだよ」


 俺はいいのか? と、思ってしまった万桜である。

 いや、だからこそ馬鹿みたいにエナジーの多い万桜にしかできないわけだが。



    ◇    ◇    ◇



 翌日、万桜はさっそく朝のジョギングを歌いながらこなしてみた。


 結果、未熟な万桜の歌でも効果は歴然。

 疲れ具合が減ったのがわかるし、スピードを昨日より出せるようになった。


「これなら余計に練習できるかも」

「それは朗報ですね」


 毎日ジョギングに付き合ってくれている奏音もにっこり笑って喜んでくれた。

 ちなみに彼女は今日も歌なしである。


「せっかくだから奏音も歌えばいいのに」

「お姉様、先生も言ったことをお忘れですか? わたくしはもう少し様子を見ながらにいたします」


 奏音のエナジー量は直近で測った時点で約38000。

 これでもかなり優秀な部類、万桜と美夜を除けば学年トップの数値で、推薦で入学するに十分値するレベルなのだが。

 万桜と比べると約四分の一。

 全盛期の真昼がいかに凄かったかがよくわかる。






 ジョギングを終えた後は部屋でシャワー。

 時間がないので二人一緒である。


「妹とはいえ、女の子の裸を見慣れるのもどうなんだろうな……?」

「あら。見慣れたからなにも感じない、というわけでもないでしょう?」

「待て、胸を押しつけるな!」


 周りを気にせず喋れるのは奏音と二人きりの時だけ。

 なのに、二人きりだと妹がここぞとばかりに調子に乗るのはどうなんだ。

 誘惑するような言動には男心をくすぐられるような、逆に男としての自意識を破壊されているような。


「それにしても、能力っていまいち使ってるのか使ってないのかわかりづらいよな?」

「ご自分で『効果があった』と仰っていたではありませんか」

「そうだけど、見た目でわかる効果じゃないと曖昧だよなって話」


 それこそ空飛ぶとか火の玉を出すとかならわかりやすいが。


「それは仕方がありませんね。だからこそ、習熟と意識付けが大事だとも言えます」

「要はイメージってやつか」

「はい。漠然と歌うよりも、どういった効果が欲しいのか強く思い描くほうが効率は高まるはずです」

「欲しい効果か。今はスピードより距離を稼ぐほうかな」


 筋肉への負担を和らげつつ、経験値を積み重ねたい。


「具体的であるほうがより良くなりますから、医学書を紐解くのも良いと思いますよ」

「うわ。なんで超能力使うのにそんな勉強をさせられるんだよ」


 座学にも意味があるという話で、究極的には遠回りも近道になりうる、ということかもしれない。






「それにしても、あの後だけど……美夜は来てくれるのかな」

「こればかりは蓋を開けてみなければわかりませんね」


 シャワーを浴びて私服に着替えた後は昼食。

 いつもの時間に部屋を出ると、エレベーターホールに見慣れた金髪があった。

 若干気まずそうに振り返った美夜は「……おはよ」とぼそっと万桜たちに言ってきた。


「……おはよう」

「おはようございます」

「なによ。あんなことしておいて──とか思ってるわけ?」


 ぶすっとしながらそう言われたので、万桜は慌てて「そういうわけじゃない」と答えた。


「ちょっとケンカしたくらいで話せなくなったら嫌だと思ってただけ」

「……ああもう、ほんとあんたのそういうところイラっとする」


 食堂に行くと周りからも「仲はいいんだ……?」みたいに見られたが、それはそれ。

 今日も今日とて同じテーブルに座って朝食をとる。

 デバイスで注文すれば持ってきてもらえるのは地味に楽……というか、食券購入システムに戻れるかどうか自信がない。


「で、なんか秘策はあるわけ?」

「うん。エナジーでゴリ押して特訓することにした」

「また可愛くない単語使ってるわよあんた」


 ゴリ押しは美少女的にだめか。


「というか、そんな普通に作戦バラしてるんじゃないわよ」

「だって、教えたからって妨害とかしないでしょ」

「しないしできないけど──ああもう、だからそういうところだってば」


 今日は一段とダメ出しが激しい。

 妹を横目で見ると、奏音は微笑と共に「これは、あれですね」と、


「いわゆるツンデレ、というものかと」

「誰がツンデレよ誰が」

「その手の分類で言うとわたくしはヤンデレということになるのでしょうか」

「お願いだから自分で言わないで」


 冗談なのかもしれないが「病んでる自覚があるのか?」と怖くなってしまう。


「別に、わたしたちは美夜と仲違いしたいわけじゃない。自分の意見を通したいだけ」

「……普通、意見の合わない奴とはやってられないでしょうが」

「一回意見が合わなかったくらいで友達やめてたらすぐ友達いなくなると思う」


 美夜はそっぽを向いた。


「……だから友達なんて必要ないのよ」

「わたしたち、友達じゃない?」

「うるさいわね。そういうこと言ってるんじゃないのよ」


 睨まれた。

 なんというか、ツンデレ通り越して理不尽な気がする。

 奏音で慣れているつもりだが、女子の感情変化は完全に把握できない万桜である。


 しばしの沈黙が流れて。


「ねえ、あたしのライブ、どうだった?」

「すごかった」


 おずおずとした問いに、万桜は素直に答えた。


「美夜も奏音も、入学前から一生懸命準備してきたのがよくわかった。歌もダンスも、必死に練習してないとあんなふうにはできない」


 自慢じゃないが、変身ヒーロー等の真似をした経験なら万桜は歌姫科の誰にも負けない自信がある。

 その経験から言って、素人がプロの真似をしても普通は単なる「ごっこ遊び」になる。


 高峰真昼のライブに関しては飛んだり跳ねたり(誤字にあらず)が交ざるのがデフォなので、あのライブバトルでは美夜も奏音も自分なりのアレンジまで加えていた。

 うわべを真似るだけでも単なるトレースを目指すのでもなく、その先を行くのは相当な難度だ。


「だから、美夜たちはすごい。美夜の言うこともよくわかる。……だけど、わたしはみんなと仲良くしたいから、今回は美夜とケンカする」

「……あんたね。矛盾してるのよ、それ」


 言いながら、美夜はほんのりと頬を染めていた。

 それはきっと、単なる怒りや苛立ちのせいではない……と思いたい。

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