鮮魚店 大漁一本釣り丸

 鮮魚店「大漁一本釣り丸」はそのショッピングモールのスーパーマーケットの片隅にある、鮮魚コーナーの名前です。

 

 冷蔵ケースにはパックされた新鮮な魚が並び、ときおり釣られた姿のままの魚が木桶の中で氷に冷やされています。ガラスの向こうで作業する店員に声をかけると、魚を捌いてくれるサービスもあるようです。


 あなたは陳列された魚を見ながら、今日の献立に思いを馳せます。


 艶々と赤い、国産マグロの切身

 油ののったノルウェーサーモン

 おぞましい■ぇ贄%縺ォ�ゅ


 見知った魚介類の中に、ふと違和感を覚えたあなたは、視線を戻してその何かを凝視します。


 それは、白い発泡スチロールトレイにラップでパッキングされた、こぶし大の何かです。魚や切身には見えません。一見して貝かとも思いますが、見慣れないものです。

 例えるなら一番近いのは、茶色く腐った干し柿でしょうか。

 

 ラベルには判読不能な文字列が並んでいます。あなたが異様な商品に眉をしかめていると、突然その何かがもぞもぞと動いて――その目玉をこちらに向けます。


 目です。それまで閉じられていたのであろう瞼が開き、ぴっちりと閉じられたラップを押し分けて、ぎょろりとした目玉があなたを捉えます。


「ねえ、助けてくださいよ」


 唖然とするあなたに向かって、次は口が開きます。もごもごと不明瞭ではありますが、それがあなたに向かって話しかけてきていることはわかります。 

 

「落ちたんですよ、井戸に。いや、落とされた――のが正しいかな」


 あなたの反応を無視して、茶色い干し柿のような何かは一方的に語り続けます。

 

「井戸に落ちるとね、くらぁい中をずっとずっと進むんです。落ちて、流れて、身体がすり減って粉々になるまで。そうして流れ着く先で、ずっとずっと辛い目にあうんです。苦しむことが贄の役目ですから」


 声が――そのトレイとは別の場所から聞こえた気がして、あなたはその目を周囲に走らせます。


 今なお喋っているその「何か」の下に、たくさん置かれた白いトレー。同じようにパッキングされたものたちが、口々に話し出していることにあなたは気づきます。


「何年も何年もそうやって、そうしてもう、私という人間はこれだけしか残っていません」

「いないんです」

「ねえ、あなた、助けてくださいよ」

「井戸が、井戸から」

「痛いんですよ、贄は。痛くて暗くて寂しいんです」「もう限界なんですよ。ここから出してくださいよ」

「あれ、逃げるんですか」

「見捨てるんですね」

「ねえ」

「ねえ」

「なあ、おい」

「ああ」

「もう」

「また」

「死にます」

「あー、あー、あー」

 


 びしゃ

 


 後ずさったあなたの目の前で、喚いていた「何か」たちは、いっせいに押しつぶされたようにぺしゃんこになります。

 汚らしい茶色の液体がトレイのラップごしにたゆたって、その場は静まりかえり――そんな静寂の中、あなたの背後、耳元から声が聞こえました。


「お前のせいだからな」


 この鮮魚店があるショッピングモールはどこにありますか。

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