◯森下さくらの話 お返しします

 午後、恵麻の紹介でさくらの家に訪れたのは、やたら背が高くて辛気臭さを煮詰めたような顔をした男子だった。

 

 渡会颯太。高校での恵麻のクラスメイトという彼は

、さくらの自宅のリビングのソファで居心地悪そうに座っている。向かい合ったさくらは腕組みをして、その様子をまじまじと観察した。

 

 高校の制服のままでスクールバッグまで持っているところを見ると、学校は早退してきたのだろう。失踪したという、妹のために。


「……すいません、無理言って。本田さんも一緒に、って話だったんですけど、用事があるらしくて。……なるべく早く、話を聞きたかったから」

「前置きはいいよ。なんか聞きたくて来たんでしょ」

「ああ……うん」


 吐き捨てるように言うさくらの冷えた視線を向けられながら、颯太は相変わらずの悲壮な顔で話を切り出した。


「……妹が、消えたんです。例のショッピングモールで」

「恵麻から聞いてる。でもなんで私?」

「森下さんのお母さんも同じって聞いて。……話を聞かせてほしいんです。妹を探すのに、少しでも手がかりが欲しくて」


 颯太はそう言うと、真正面からさくらの顔を見据える。それまでの頼りなさげな態度から、どこか覚悟を決めたような表情だった。


「……あそこが変なのは、森下さんもわかってるでしょう。警察に任せておいて、何とかなるとは思えない。……お願いします。どんな小さなことでもいい。何でも、知ってることを教えてください」


 そう言って深々と頭を下げる。さくらの内心に動揺が走った。どうやら彼は、家族のために、必死になって、頭を下げることのできる人間らしい。

 

 さくらの「家族」には、いないタイプだった。


「――あのショッピングモールは、本当にヤバいよ。それでも首突っ込むの?」

「当たり前です。……妹の……家族の、ためなら」

「そう」

 

 颯太の視線を受けて、さくらは黙って立ち上がる。訝しげにこちらを見上げる颯太の視線を無視してリビングの出口まで行き、座ったままの振り返る。


「……来て、恵麻にも言ってないこと、見せたげる」


 そう言って、廊下に続くドアを開けた。


 ***


 リビングの隣にある部屋へと続くドアを開けると、そこはモダンにアレンジされた、八畳ほどの和室だった。中央には小綺麗なちゃぶ台が置かれているが、その上に置かれた花瓶の花は見窄らしく萎れている。


 そしてその手前、畳の上には片手で持てる程度の段ボールの箱がいくつか乱雑に捨て置かれていた。 

 さくらは腕を組んでその箱を見下ろしながら、颯太に言う。

 

「それ、開けてみて。日付の古い順に」


 さくらに促され、颯太は恐る恐る和室に踏み込んだ。畳に膝をついて箱を見比べる。段ボールには大手宅配会社の送り状が貼り付けられていた。

 

 日付を見比べて――そのうち最も古いものを開封する。中から香った錆び臭さに、颯太は思わず鼻を覆って――その中身を取り出した。


「……なんだ、これ」


 箱の中には四つ折りにされた紙切れが入っている。それを取り出した下に入っていたものに、颯太は吐き気を催して――それを何とか呑み込んだ。


 段ボールの中には、百均で売っているようなプラスチックのタッパーが入っていた。その中には小指の爪程の大きさの白い粒がいくつか入れられている。


 ――その形は、人の歯によく似ていた。


 まさか、と思い恐る恐るそれを持ち上げると、妙に軽く、質感もざらついている。割れの感じから、紙粘土で作られたもののようだった。本物ではなくて安心したのもつかの間、続いて開いた白い紙に殴り書かれた文面に、颯太はその眉を顰める。


 ――歯 


 ――お返しします。贄はものを食べられないので必要ありません。

 


「お母さんが消えた次の日から送られてくるようになった。最初は歯、次は目。……あとは自分で確かめて」


 さくらの涼しげな声に目眩を覚えながら、颯太は震える指で段ボールを開いていく。


 二つめの段ボールには、白いピンポン玉にマジックでぐちゃぐちゃと瞳を描き入れた、目玉のようなものが二つ入れられていた。白い紙には先ほどと同じ、汚い字で何やら書かれている。


 ――目 


 ――お返しします。贄はものを見る必要がないので必要ありません。

 


 三つめの段ボールには、黒い毛糸をより合わせた、髪の毛を模したと思われるものが入っている。悪趣味にも、その根本には赤く塗った粘土が貼り付けてあった。引き剥がした頭皮でも模したつもりだろうか。そしてこの箱にも白い紙が同封されている。


 ――髪

 

 ――お返しします。贄の見た目なんてどうでもいいので必要ありません。


 

 続いて四つめの段ボールを開けた颯太は、悲鳴を上げそうになる口を必死に押さえつける。

 そこには、中年女性が笑顔で写る、A4サイズの写真が収められていた。彼女は黒いリボンで飾られた、黒い木枠の中で白い歯を見せて微笑んでいる。


「……それが、アタシのお母さん」


 さくらは無感動な声で颯太の背中に向かって言う。写真の女性も美人だが、さくらとはあまり似ていなかった。そして、颯太はその顔に覚えがある。


 

 ――おめでとうございます。あなたのお母さまは、無事に神の一部になりました。

 


 同封された白い紙に書かれた言葉を読んで、颯太は再びその写真を見る。

 

 それは――凉香が消えた日、本屋に現れた女の顔だった。

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