迷子のこども
あなたがショッピングモールの館内を歩いていると、フロアの片隅で一人の子どもがしゃがみ込んでいるのに気づきます。
その子どもは、辛うじて立ち上がることを覚えた赤ん坊のように、たよりなく見えます。周囲に保護者らしき人間はおらず一人きりでいることの奇妙さにあなたは気づき、その子どもをじっと見つめます。
その子どもはあなたに背を向けて、地面に向かって何かをしているようです。幼子特有の集中力で、一心不乱に取り組んでいます。
そういえば、先ほどアナウンスで迷子のお知らせをしていた気がします。ぼんやりとしていたので詳細は聞き取れませんでしたが、「迷子」という単語だけはあなたにも聞こえていました。
あなたは正義感から子どもに近づきます。声をかけてみて、本当に迷子ならインフォメーションセンターに連れて行こうという親切心から。
その子どもに話しかけようとして――その子の手元が目に入ったあなたは絶句します。
その子どもは、地面になにやら並べて遊んでいます。灰色のフロアカーペットの上に、白い粒が点々と並んでいます。
――歯です。黄ばんで、根っこには茶色い血のようなものがこびりついた大人の歯が、生えていた時の順番でまあるく並べられています。
それはまるで、カーペットに小さな口を作るかのようでした。
子どもは歯を並べ終えると、ゆっくりと背後のあなたを振り仰ぎます。
「じこうじとくだからね」
幼児には相応しくない、その言葉を発した口の中には一本も歯がなく、真っ黒な深淵がどこまでも、どこまでも続いています。
「しかたないんだよ」
子どもはそう言うと、おもむろに短い指を自らの目に突っ込み――その眼球をえぐり出します。
ぶちぶちと、視神経の千切れる音がやけに大きく響いて、小さな眼球が摘出されます。先程まで目のあった場所は、今や口と同じようにがらんどうの闇をあなたに向けています。
あなたは叫びながら、子どもから逃げ出します。子どもは追ってくることもなく、その場で手に持った眼球を床に配置し続けます。
しばらくすると、ぶちぶちという音が、再び聞こえます。
この迷子がいるショッピングモールは、どこにありますか。
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