◯渡会颯太の話 行方不明

 ――放課後。

 三々五々と部活や委員会に出ていく級友たちを見送り、颯太は恵麻を呼び止めた。

 結局あの後、恵麻は常に女子の友人たちに囲まれていて、話をする隙がなかったためだ。


「ああ、うん。今朝の話だよね。……ごめんね、気になる言い方だったよね」


 呼び止められた恵麻は弱々しく微笑む。肩にかけた鞄の持ち手は強く握られて、くしゃりとその形を変えていた。


「……ね、一緒に帰らない? ご近所さんだってわかったことだし」


 そう言った恵麻は、躊躇いと、話したいという欲求を綯い交ぜにした微妙な表情で、颯太を見上げた。

 

 ◇◇◇


 二人は並んで、学校から最寄りのバス停まで歩く。冬の冷たい風が顔面に当たり、颯太の鼻の頭を赤く染めた。


渡会わたらいくんは、部活やらないの?」

「ああ、前の学校では剣道部だったんけどさ、こっちにはないだろ? ……今更新しいこと始めるのもなって、保留中」

「おじさんみたいな事言うじゃん。若いのに」

「はは……。本田さんは?」


 颯太が尋ねると、恵麻は淋しげに微笑んだ。


「私はね、美術部なんだ」

「へぇ」

「……でも、ちょっと今はスランプ中で。最近は帰宅部に片足突っ込んでる」

「そう、なんだ」


 気まずい沈黙が二人の間に落ちた頃、颯太は本題を切り出した。

 

「あのモールの話、前田にも聞いたんだけどさ」

「そっか。……前田くん、なんて言ってた?」

「神隠しにあうって噂があるって。後は、幽霊が出るとか」

「……そっか。中学のときは、私だって本気にしてなかったよ。怖くないじゃん、ショッピングモールに出る幽霊なんて」


 そう言うと、恵麻は再び黙り込む。バス停には二人の他に誰もいなかった。今日は委員会の定例会が開かれる日だし、帰宅部員は少ないのかもしれない。

  

「……でもね、ほんとに人が居なくなったんだよ。……私の知り合いで、私が一緒にいるときに。……私が通ってた絵画教室の、先生だったの」


 恵麻の言葉に、颯太は息を呑む。


「……変な話だよね。そんなことがあった後だったから、渡会くんがあのモールから出てきたの見て……思わず、変なこと言っちゃった。……ごめんね。忘れて」

「……俺も、あそこで変なものを見たんだ」

「え?」


 颯太の言葉に、恵麻は立ち止まって彼の顔を見上げる。彼女の首に巻かれたチェック柄のマフラーの裾が、木枯らしに吹かれてふわりと揺れた。

 

「ペットショップで……気持ち悪い……人の言葉を喋る、動物みたいなのを見た」

「どう、ぶつ?」

「だから、本田さんの言ったことが気になって。……その、野次馬みたいで悪いけど……教えてほしいなって」

「そうなんだ」


 恵麻はホッと息を吐き、強張らせていた体の力を抜いたようだった。長い睫毛を伏せ、スカートのあたりで拳を握る。


「話していいかな。……もう、一人で抱えてるの……しんどくてさ……」


 颯太は力強く頷く。曲がり角の向こうから、駅へと向かうバスがやってきた。

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