◯渡会颯太の話 クラスメイト
「
翌朝、登校した颯太が自席に荷物を置いていると、あまり馴染みのないクラスメイトから話しかけられた。颯太は記憶の引き出しをひっくり返して目の前の彼女の名前を探し出す。
「……おはよ、えっと……本田、さん」
ショートボブにした少し色素の薄い髪を揺らし、颯太を見上げるのは、本田
恵麻は、颯太の答えに目を輝かせ、大げさに喜んだ顔を見せた。
「名前、覚えててくれたんだ」
「そりゃ、もちろん」
この屈託のないキャラクターで、彼女はクラスの中心にいることが多い。優等生というわけではないが、学級委員長なんて役目をやっているのもそのせいだろう。
とはいえ、転校して間もない颯太とはあまり接点がなく、こんなふうに登校直後に彼女が寄ってくることも今まではなかった。颯太が首を傾げていると、恵麻は話を続ける。
「昨日の放課後――夜ね、ショッピングモールから出てこなかった?
「……ああ、うん。居た。え、見てたの? ごめん、気づかなくて」
目を丸くして謝罪する颯太に、恵麻はふるふると首を振る。
「ううん。私、親の車に乗って信号待ちだったから。……渡会くんは目立つからすぐ気づいたよ」
「でかいからな、俺」
「何センチ?」
「百八十五」
「でか。ということは……私と二十センチ以上も違うのか……」
恵麻は手のひらを水平にし、自分の頭のてっぺんに持って来る。しばらく身長差を推し量るように手のひらを上げ下げしてから、再び喋りだした。
「家、あのへんなんだね。私んちも近くなんだ。緑中の校区」
「緑……っていうと、駅から北に行ったとこ?」
「そうそう! 商店街の直ぐそばだよ。おばあちゃんが昔は魚屋さんやってたらしいんだ。……お父さんはフツーにサラリーマンだけどね」
「俺もばあちゃんと同居だよ。うちは駅から南だけど……もしかしたらばあちゃん同士、知り合いかもな」
「かもねぇ。聞いてみてよ、栄恵商店街の『鮮魚の本田丸』って、このへんでは有名だったらしいから」
恵麻は自慢げに笑いながら祖母の話をして――ふいに、それまでの快活さが嘘のように、表情を曇らせる。
「……でね、あのショッピングモールなんだけど」
「ん? あそこが何?」
「……あんまり、夜遅くまでは、いないほうが良いよ」
「あー……。先生の見回りがあるとか?」
「そういうのではないんだけど……」
恵麻はしばらく口ごもり――ぽつりと、歯切れ悪く、言う。
「あのショッピングモール……人が消えるっていう、噂があるから」
颯太は息を呑んだ。脳裏に、気持ちの悪い生き物の姿と言葉がよぎる。
――それは、どういう。
尋ねようとした瞬間、始業時間を知らせるチャイムが鳴った。恵麻は慌てて自分の席に戻っていく。
ホームルームを始める教師の声を、颯太はどこか遠くで聞いていた。
◇◇◇
ホームルームが終わってすぐ、颯太は背中を軽く突かれた。振り返ると後ろの席の前田良介がにやついた顔で颯太を見上げている。
「なぁ、渡会。お前さっき、本田さんと喋ってたよな」
「ああ、うん」
「いいなぁ。可愛いよな、えまちー」
「えまちー?」
「男子の間でのあだ名。中学の頃から俺らのアイドルだったんよ。もう一人クール系の森下っていう美少女がいてさ、キュート系のえまちーと人気を二分してた」
「なんだそりゃ」
颯太は呆れた顔で良介を見る。――彼は、転校してきた颯太を何かと気にかけてくれる良い奴なのだが、二言目には「彼女欲しい」が口癖なのがどうにも玉に瑕である。
基本的には、憎めないやつなのだが。
「……てことはお前も、本田さんと同じ……緑中出身なの?」
「うん、そうだよ」
「駅前のショッピングモール、知ってる?」
颯太の問いに、良介は目を瞬かせる。
「ショッピングモール? 知ってるも何も、ガキの頃から俺の庭。……あそこがどうした?」
「……なんか、人が消える……とか言う噂があるとか」
良介は眉を顰め、腕を組んで何かを思い出そうとするように唸り声をあげる。数秒して、ああ、という声とともに目を開けた。
「あったなぁそういや。中学んとき、流行ったわ。閉店間際に行くと神隠しに合うって。……あとは、幽霊を見たって奴がいたり……。あんまよく覚えてないけど」
「そう、か」
「いや、ただの噂だよ? 学校の七不思議の動く人体模型とおんなじレベル。……多分、ガキどもが夜まで入り浸らないように大人が言い出したんじゃねぇかな。……第一さ」
ここまで言って、良介は苦笑する。
「あんな明るくて人の多いところ、幽霊が出たって怖くなりようがないだろ」
颯太が曖昧に笑うと、一限の開始を知らせるチャイムとともに、教師が入室してきた。
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