かみさまのかるた

縦縞ヨリ

第1話

 ガタンッ

 薄暗い部屋で、びくりと肩をふるわせた。

 振り向く。音は閉ざされた入口からだ。こちらから開けることはできない。

 作業に没頭して、随分時間が経っていたらしい。高い所の通風口から陽は射すが、太陽がてっぺんにある昼時は暗い。

 裸足の足で古い畳をざらりと擦る。

 使い込まれた細筆を、書き損じた紙を折っただけの筆置きに置いた。

 ズズズ……

 聴き慣れた、かんぬきが抜かれる音。

 観音開きの扉から光がすうっと射し込んで、眩しさに目を細めた。

「……おかえり……」




「母さん、行ってくんね!」

優希ゆうきあんまりはしゃいで先生に迷惑かけないでね?」

「分かってるってば!」

 高校二年生の修学旅行。

 俺は玄関先の姿見で、髪型を軽くチェックする。

 すっごく良い感じだ!

 元々明るかった髪色だが、昨晩気合を入れてブリーチをして色を抜き、今は綺麗な金色になっている。……でもちょっと伸び過ぎだから、帰って来たら切りたいな。美容院に行っておけばよかったが、お小遣いにも限りがあるから、まあ良しとしよう。

 アパートの玄関を開ける。

 まだ朝の五時だが、記録的な猛暑のせいでこの時間でも蒸し暑い。服装は黒のワイドパンツと動き易いシンプルなTシャツ。ピアスはシルバーっぽい派手なヤツ……とは言え、数百円の安物だ。キラキラしてればそれでいいのだ。

 折角の修学旅行だ、ちょっと格好つけて楽しまないと。

「気を付けて行ってらっしゃい。怪我しない様にね」

 パジャマのままの母さんが欠伸をしながら言った。もう一眠りしてから仕事に行くのだろう。俺を送り出すのにわざわざ起きなくたって良いのだが、普段も結構すれ違い気味の生活なので、やっぱりちょっと嬉しい。

「んじゃ、行ってきます!」

 俺が手を振り、母さんも手を振って返してくれた。

 ガチャン、音を立ててアパートのドアが閉まる。




 この時俺は、たった二泊三日で帰って来れると思っていたんだ。

 今となっては、遠い過去の話だ。



 

 高校二年生、夏休み直前の修学旅行。

 俺達は朝早くに学校を出発し、バスに揺られて、到着後は班ごとに別れて昼食。

 俺達はガイドブックに載っていたバーガーレストランに入ってみた。友達とわいわいはしゃぎながら食べたそれはナイフとフォークがついていて、肉厚なパティと焼き目をしっかりつけたバンズは普段食べているファストフードの百倍くらい美味しかったが、その分お値段も結構した。こういうイベントじゃないと来れないだろう。

「食うの下手くそだな」

 美味いけど、ナイフとフォークに四苦八苦している俺を、友達の佐伯さえきがからかった。

「うるせぇ、美味しく食べればいいんだよこういうのは!」

 何時もの友達でゲラゲラ笑い、俺達は修学旅行の始まりを満喫していた。


 日の出ているうちは方々の神社仏閣を見学し、壁画や仏像に見惚れたり、皆でおみくじを引いてみたりと楽しく過ごした。

 俺の引いたのは「小吉」というごく微妙なもので、「旅 良く励むが良い」「勉学 教えるこそを学びとせよ」「恋愛 悩ましいができる」等と訳の分からない事が書いてあった。

「悩ましいって何だよ……!」

 わなわなしている俺のおみくじを覗き込んで、佐伯は苦笑する。

「俺は中吉」

「佐伯はなんて書いてあるの? 恋愛」

「恋愛? ……『逃せ』」

「ええ……? 逃しちゃだめだろ恋は」

 そうだなあ、と佐伯は首を傾げて、二人でおみくじを結び付けた。


 バスで観光地を回り、夕暮れ時に着いたのは豊かな水量の河のほとりだった。

 もう少し暗くなるまでは自由時間だ。

 俺は水流に丸く磨かれた石の中から平たいのを探して、慣れない手つきで下手くそな水切りをしたり、靴と靴下を脱いで冷たい水に足をつけて遊んだ。

「冷てえ!」

「奥行くなよー! けっこう流れ早いからなー!」

 先生が叫ぶのを背中で聴きながら、俺たちは裾をまくって遊んでいた。夕方とは言えこの猛暑だ。多少濡れても歩いているうちに直ぐに乾くだろう。

「あれ? 佐伯は?」

 ふと、友達の一人が服を絞りながら、きょろきょろして言った。

「便所じゃね?」

 そんな声を聞きながら、俺も辺りを見回してみる。

 まさか遊んでいて流されたのでは無いだろうか。

 不安になったが、ほんの数分すると見慣れた背の高い友達が、ゆっくり歩いて帰ってきた。

「佐伯、どこいってたん?」

 真っ黒な目が、一瞬じっと俺を見た。

「別に、その辺歩いて見てただけ……優希、お前ちょっとこっち来いよ」

 言われて、その目付きにピンと来た。これはアレだ、面白い話がある時の目だ。

  

 女の子達は豊かな自然を背景に友達同士で写真を撮ったり、自生している野花を見つけたりして遊んでいる。

 濃いオレンジ色の背の高い花が遠目にも鮮やかだ。茎の先にぽんと付いたまん丸い花の名前なんて分からなくても、きっとSNSに上げるんだろう。

 とは言え、この河に来たのはそんな他愛のない遊びをするためでは無い。

 毎年恒例らしい、皆楽しみにしている行事があるのだ。

 もう直ぐ日が落ちる。佐伯と相談を終えた俺は、友達とふざけながら、わくわくしてその時を待っていた。

 

「ここは、稀流人神まれひとがみという生き神様が祀られていたという史跡だ。この辺りは水害や飢饉、疫病などで多くの死者を出しており――――」

 山間の日暮れはあっという間だ。あれから一時間もしないうちに、辺りは真っ暗になってしまった。

 俺たちは、さっきとは打って変わって黒々と夜空の色に染まった河のほとりで、学年全員でしゃがんで先生の話を聞いている。

 男性教師が大きな声で話すのは、この河の古い伝承だ……とは言え、真面目に聞いている奴がどれだけ居るだろうか。

 前の方のにしゃがんでいる友達が、暇つぶしにか、隣のヤツを小突いてからかっている。

 教師の横にある古びた看板には、その伝承とやらが書いてあるようだ。懐中電灯で照らしているが、遠いし暗いしでまったく分からない。何より全然興味が無い。

 この河は本日宿泊するホテルから歩いて四十分くらいのところにあり、大昔に神社か何かがあった史跡でもある……とは言っても、別に観光地という雰囲気では無い。

 豊かな水量を湛えた河は明るいうちは綺麗だが、家族連れが無闇に遊べるような所では無いらしく、急流注意の看板があちこちに立っている。

 俺たちもほんの浅瀬に足をつけるくらいなら許してもらえていたが、深い所には絶対に入らない様にきつく言われていた。

 足元の丸い石を手慰みに触ってみる。今居るのは少し河から離れた所だが、水かさが増えるとこの辺りも沈んでしまうのだろう。

 時刻は六時半を回っている。夏とは言え、太陽は山の影にあっという間に沈んでしまって、もう殆ど夜だ。

 なんだかドキドキしてきた。昼に見た神社仏閣も格好良くて綺麗だったが、俺は何よりこのイベントを楽しみにしていたのだ。

 遠くに見える林は不気味で、時折鴉の声が木霊する。結構良い雰囲気だ。

「文献は少ないが、昔は村の外れで神様に見立てた人をお祀りしていた所が沢山あったそうだ。その人たちは村の堺で外の悪いものから村を守るお役目だったと言われている。勿論地方によって内容や呼び方の差異はあったろうが時には身を呈して……」

 つい口元がにやけてしまう。

 先生の小難しい話より、俺は今からやる悪ふざけの事で頭がいっぱいだ。

 隣に居た佐伯が、コソコソと耳打ちしてきた。

「おい、優希、分かってるだろうな?ちゃんとやれよ?」

「お前こそヒヨッてんじゃねーぞ」

「お前、頭目立つから慎重にやれよ」

「わかってんよ」

 佐伯は仲の良い悪友だが、黒髪でパッと見ちゃんとしてて成績も悪くないので、先生の評判は良い。

 俺はと言えばこんなふざけた見た目な訳だが、ちょっと派手なだけで、暴力沙汰とも恋愛沙汰とも縁は無い。まあまあ普通の生徒だと思う。

 でも、悪戯で済むちょっとした悪ふざけなんかは勿論やりたい。

「じゃあ、後でな」

 佐伯が前に向き直ると、教師の話はまだ続いていた。

「そんな訳で、ここは今でも白い人影を見たって話や、啜り泣く声を聞いたって噂が耐えない」

 女子がキャーキャー悲鳴をあげる。

 ナイトウォークラリーと銘打っては居るが、要するに今からちょっとした肝試しをするって訳だ。

 何せ電灯ひとつ無いし、先生が喋っている間に更に暗くなってきた。

 これから田舎の山中のホテルに辿り着く為に、明かり一つ無い道を、懐中電灯を頼りに進むのだ。

 東京育ちの俺達にとって、慣れない田舎の暗い河と山林はまるで異世界みたいだ。こんなの楽しまなきゃ損である。

 

 ホテルへの道は一本道で、五分事に一グループが出発する。とは言えそんなに細かく分けてたら何時までも終わらないから、十人くらいのグループで男女交互に出発する感じだ。

『ちょっと途中で抜けて、後ろの女の子達脅かそうぜ』

 明るいうちに佐伯がこっそり耳打ちしてきたのは、そんな話である。

 女の子達を驚かす。

 俺は一気にテンションが上がって了解した。

 二人きりでコソコソ相談した内容は、出発してちょっとしたら自分達のグループを抜けて、後発のグループの女の子達を驚かすという極めてくだらないものだ。

 そうして女の子をキャーキャー言わせて怒られたりして、ちょっと脅かして笑ったら、自分のグループに何食わぬ顔をして戻る。

 真っ暗闇を歩くだけのイベントの、ちょっとしたスパイスのつもりだった。

 それだけ。

 

 それだけだったのに。


「……おい、そろそろ行くぞ」

 俺はミニライトを持って、佐伯の合図でグループからサッと離れた。すぐ戻って来いよという声を背中に聞きながら、佐伯の後に続いて、道を逸れて森に入る。

 サイズの割には明るいと思ったライトも、電灯一つ無い林道、しかも道を外れているとなると思ったより全然役に立たない。木の根や蜘蛛の巣に注意して、慎重に戻って行く。

 思ったより歩きにくいが、それでもたかだか五分遅れで来るのだから、あっという間に後発組に合流できる筈だった。

 しかし、

「あれ?佐伯、どこ?」

 先行していたライトの光が消えた。佐伯が居ない。

 周囲を見回すと、ほんの十メートル程先は小さな崖になっており、その先に先程の真っ黒な河が、ごうごうと水音を立てている。

 林道に沿って木々の間を歩いたので、まさか迷っている訳でもない。現に、少し遠くに脅かす予定の女子達の声が聞こえている。

 佐伯は何処かに隠れて、別々に脅かすつもりなのか?

 ならばと、俺は隠れられる良い茂みを探す。そのはずだったのに。

 何かに手を引かれた気がした。

「えっ、うわっ……!」

 十メートルも先にあったはずの崖が、気がつけばほんのすぐそこに迫っていた。驚いたのもつかの間、そこだけぬかるんだ地面に足を取られる。

「ひっ……! やだ、おい! 佐伯ー!」

 近くに居るはずの佐伯から、返事が無い。

 何とか戻ろうと手を伸ばした。その手が何かカサっとした物に触れた気がする。

 何だろう。

 咄嗟に木のうろの縁に手をかけたらしい。その中に何か四角い物が入っている。

 よく見ると、紙を貼り合わせた札のような物だった。年月に晒され傷んでいるが、何か字のような物が描かれていた形跡がある。

 古びた紙で出来た、御札の様なもの。

「なにこれ、気持ち悪……」

 そう思った途端、俺は何かにトンと押された。掴んでいた木から手が離れる。びっくりするくらい軽く、俺は空中に放り出された。

 下は黒々とした河がごうごうと音を立てて流れている。

 落ちる……!

 そう思ったのに、身体に衝撃は無い。気がついたらそこは真っ暗な穴で、見上げれば丸く切り取られた夜空が見えた。そして。


「ゲホッ、ゲホッ……」

 水を吐いて目を覚ました。

 白い光が瞼を焼く。

 ここは、何処だろう。

 水を吐いてもまだ口の中には砂が残っていて、不快感に唾を吐く。

「おーい、佐伯ー!」

 崖から落ちて、川に転落して気を失っていたのだろうか。

 人の気配は無く、途方に暮れるしかない。

 ぐるりと辺りを見回してみる。

 周囲に先程落ちた崖は無く、随分遠くに切り立った岩の様な高い崖は見える。

 さっき遊んでいた河原とも違う。全く見たことの無い場所だ。

 夜明けなのか、山間が赤と紫の、なんとも言えない不思議な色に染まり始めた所だ。随分長い間気を失っていたらしい。

「綺麗……現実じゃ無いみたい」

 そう言ってから、俺は身震いした。

 まさか、自分は死んだんじゃ無いだろうか?


 どうしていいか分からない。

 だが、遭難した時は動かない方が良いと聞いた事があったので、とにかくこの場に留まることにした。

 早朝だからか、酷く寒い。半袖から出た腕が冷たくなっているのを、さすって温める。

 河に落ちて流されたんだろうか、ここはどの辺りだろう。

 怖い。しかし、待っていたら救助の人なり、学校の先生なりが見つけてくれる筈だ。

 川岸の平たい石を選んで座り、膝を抱えてみる。幸い、何故か身体は濡れていない。時間が経って乾いたのだろうか、しかし大して汚れても居なかった。でも水を吐いたし、河に落ちたのは間違い無い筈だ。

 ……何だろうこの違和感。

 ザッザッザッ

 ぱっと顔を上げる。川下の方から誰か歩いて来たらしい。

「おーい」

 佐伯の声に似ていた気がした。でも遠目に見てもどうやら別人の様だ。

「あ……! ここです! ここに居ます!」

 とにかく助けが来たらしい。呼びかける声にほっとして応えた。

 それは二十代くらいの若い男だった。白い着物に薄青い袴を履いている。背が高く、目はきりっとした切れ長で、黒い髪を短く刈り込んでいた。

 宗教的なものなのか、目蓋に赤くアイラインを引いている。なんとなく、狐のお面みたいだと思った。

 なんだか時代劇に出てくる様な古風な雰囲気の男だ。浮世離れしているというか。不気味というか。

 不安が胸を過ぎった。地元の人なんだろうか。

「……あの、すいません、俺河に落ちたみたいで、西南高校の修学旅行で来てるんですけど……」

「左様でございますか、こちらへどうぞ」

 男は深々と頭を下げる。

 なんだか変だ。話が噛み合って居ないというか、あんまり響いていないというか。

「えと、あの、俺を探しに来てくれたんですか……?」

 男は踵を返し、「こちらに」とだけ言って歩き始めた。

 不安だったが、他に頼る人も居ないし、仕方無く着いていくしか無い。スニーカーで踏みつけた地面は昨日と同じ感触なのに、なんでこんなに雰囲気が違うのだろう。

 ……そう言えば、なんでこんなに寒いんだ?

「……田舎だからかな?」

 昨日は朝の五時半でも蒸し暑かった。でも今日は、いっそ震えるくらい寒いのだ。

 標高が高ければ寒くても納得できるが、山間とは言え昨日の晩は蒸し暑かった筈だ。


「ここでお待ちください。お食事を持ってまいりますので」

 ほんの十分くらい歩いた所に、古い家にある蔵のような、白い小屋があった。

 薄暗い。

 中に招かれると、土間の奥に畳を敷いた部屋が二間、その奥には釜が見える。恐らく台所だろう。

 明り取りと通風口を兼ねたものだろうか、高い所にいくつか小さな窓がある。

 暫く使われて居なかった様だが生活感がある。誰かの住まいだった様だ。

「厠と風呂は奥に……今は湯を張っていませんので、今日はお身体を拭いていただきます」

「ちょ、ちょっと待って! 俺ホテルに帰らないと! ……あ、電話! ケータイ貸してもらえませんか?」

 男は訝しげに首を傾げた。

「他所の言葉は私には分かりません。貴方は……」

 サラリと髪を梳かれる。金色に脱色した髪は、肩に着くくらいまで伸びている。それをひと房取ると、僅かに開いた入口から射し込んた陽の光に透かして、赤く塗った瞼を眩しそうに細めた。

「貴方はたぶん……いえ、まだ決まった訳ではありませんね」

「何なんですかさっきから!?」

 頭が混乱する。さっきからこの人の言っている事が分からない。それに、俺は河に落ちたんじゃないのか?

 ならばなぜ、服が濡れていないんだ?

 それどころか殆ど汚れていない。

 あの高さから落ちたのに、怪我の一つも無いなんて有り得ないだろう。

 頭の中では否定の声が、がなりたてている。しかし聞かずには居られなかった。 

「ねえ……俺、やっぱり死んじゃったの?」

「…………」

 男はそれには応えず、さらりと髪を離して、一度頭を下げると、家から出て行ってしまった。

 ゴトッ……ズズッ……

 扉を閉めた後に聞いた音に、俺は更に恐怖した。

 閂がかけられたのだ。


 村長むらおさと義父の前で、俺は早朝起きた事を淡々と語っていた。

 齢五十の村長は、眉根をきつくしかめて、俺と義父の話をじっと聞いている。ひび割れた唇が真一文字に結び、上下に紅を引いた目を細めて、じっと考え込んでいる様だ。

「髪は薄い金の色、言葉は訛りがかなりありますが、……通じます。歳は元服の頃でしょうか、体格は華奢で、肌は生白い。野良仕事をしていた風ではありません。見た事のない服を着ており耳には銀の飾りを沢山つけております。……病の痕跡は今の所見当たりません」

 の髪の色は、父と村長の色褪せた白髪とは全く別の、薄い光の色だった。

 朝、見張り番をしていると、物見櫓ものみやぐらから見た河辺に人影があった。

 足を運んでみると、見慣れない服の男が、途方に暮れたようにしゃがみこんでいた。

 呼びかけると応じたので、慣例に習ってお社においで頂いた。

 これから村長と宮司の長である義父とで、彼の処遇を決めることとなる。

 義父も上下に紅を引いた目を顰め、神妙な面持ちで俺の話を聞いている。一通り先に話したが、まだ態度を決め兼ねている様だった。

 村長がゆっくりと口を開く。

「社が空いていたので都合は良いが、男か……旅支度をしていたわけでも無いのか」

「忽然と現れたとしか。本人は死んだものと思っている様子でした」

「成程、狐か狸に化かされて、何処いずこからか来たか……河に流されて黄泉からおいでなさったか」

 本来、稀流人神には女子おなご。しかし、あの社は村の護りの要だ、出来れば誰かを置いておきたいというのが本音だろう。

「何にしても、居てくれればありがたい。稀流人神様としてお迎えしよう」

 俺は内心胸を撫で下ろした。流れ者は村には入れられない。

 そうすると身を寄せる場所も無いであろう彼を追い出さねばならないが、流石にそれは哀れだと思っていたのだ。

 何せ、この辺りは狼のねぐら、野宿ではその日のうちに獣の腹の中である。

啓秀けいしゅう、お前がお世話をして差し上げろ。身体をあらためるのと……悪いがもてなし方も覚えて頂くように。たのむぞ」

「……はい」 

 そうして、彼はあの社に生き神として軟禁される事が決定したのである。

 

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