青春と幻想
うらとも
第一話 魔女は味噌汁をすする
「――おはよう」
「……おはよう、ございます……」
朝、目が覚めたら知らない女の子がいた。ダイニングで、テーブルについて、朝ごはんの味噌汁をすすっている。奇妙な格好をした女の子だった。
頭には大きなとんがり帽子をかぶって、からだには全身を覆い隠すほどの真っ黒なローブをまとっている。襟元には濃いグリーンの三つ編みが垂れ、帽子の影からは栗色のまん丸な瞳が覗く。
ずずず……、と、彼女はあくまで暢気に、両手に乗せたお椀から味噌汁をすすっている。僕はまだこの状況に頭が追いついてなくて、その場から動けないでいた。
「ずず……。おいしいわね、このスープ。塩気が効いていて」
「……はぁ。そりゃ、どうも……」
味噌汁のことをスープと言う。外国の方なんだろうか? いや、そんなことはどうだっていい。頭をぶんぶんと振って、まとまらない思考に無理やり終点を打つ。とりあえず、思いついたことから言葉にすることにした。
「あの……、あなたは一体……」
「わたしは
「あ、はい……、よろしくお願いします……」
……って、そうじゃなくて!
「どうしてうちに……? っていうか、どうやって……?」
「
「え、はい……」
名前を呼ばれて、つい返事をしてしまう。完全に向こうのペースだった。
「あなたは――何者なの?」
「はい……?」
一体この人は何を言っているのだろう。さっきから、まるで理解が追いつかない。
「あの……、なんの話をしてるのかさっぱり……」
「――そう」
淡白な返事をして、彼女――雛罌粟クオンさんは黙ってしまった。数秒の沈黙のあと、またずずず……、と味噌汁をすする音が響く。
「…………」
「…………」
「…………」
……ずず。
「……えっとぉ……」
居た堪れない。家に知らない人がいる。これだけで充分通報案件なのに、暢気に味噌汁を飲んでいるなんていう異様な光景のせいで、それが正しいと自信を持つことができない。格好も不穏とか不審とか通り越して不思議だし、もう何が正常な判断なのかわからなくなってきていた。
「……ふぅ。ごちそうさま」
なんていう間に、雛罌粟さんは味噌汁を平らげ、空になったお椀をテーブルの上に置いた。丁寧に両手を合わせ、食後のあいさつを口にする。
「……? どこかおかしかった? この世界ではこうするのが決まりなのよね?」
「……えっと……、はい……」
もうどこから何にツッコめばいいのかわからない。混乱し、立ち尽くすことしかできない僕に対し、雛罌粟さんは変わらず暢気に、「これ、作り方とか聞いておいた方がいいかしら?」などとぶつぶつ呟いている。
「――緋縅くん」
「はい……」
お味噌汁の作り方はとっても簡単。好きな具材――おすすめは豆腐とわかめと油揚げ――を水を張った鍋に入れ、沸騰したら味噌を混ぜ加えるだけ! 味噌の分量や種類はお好みだけど、入れ過ぎには要注意だ!
――と、先んじて作り方の説明を脳内に思い浮かべてから、雛罌粟さんの方を見る。朝起きたら知らない人が家にいて、勝手に朝ごはんの味噌汁を食べていて、そのレシピを教えて欲しいと言ってきた――どう考えたって異常事態にちがいないが、僕の頭は、すでに考えることをやめていた。
さて、この際だから余ってる乾燥わかめでもあげようかと、僕の方も暢気になり始めた時――
視界に、それが映った。
「――それじゃあ、とりあえず。
死んでもらえる?」
それは――厳かな金属の光沢を放つ、黒い拳銃だった。初めて見た。もちろん、おもちゃでなら、何度も見たことはある。手にとって、遊んだこともある。BB弾を詰めて、飛ばして――親から危ないと注意されても、あのわくわく感に、子供心は抗うことはできなかった。
でも――直感で悟った。これは、本物だ。黒い銃身から放たれる、圧倒的なプレッシャー。触れるまでもない――これは、本物の、殺傷能力を持った拳銃だ。
「……えっと、雛罌粟さん……?」
「ごめんなさい。まあ、あなたには同情するわ、緋縅真秀くん」
彼女の栗色の瞳は、どこまでも穏やかだった。声音からも、攻撃性は感じられない。ただ、向けられた銃口だけが、異質だった。
雛罌粟さんの白く細い指が、引き金へと掛けられる。
「さようなら――不幸な人」
その言葉を、最後に。
視界が閃光で埋め尽くされ――その銃声を聞く間も無く。
僕は――死んだ。
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