続く短編 続続続続ぬかるみ

阿賀沢 周子

第1話

 美也に捕まったのは、アパートに帰りついた時だ。研一に話を聞いて、住まいへたどり着いたのは夜中の12時を過ぎていた。話の内容にショックを受けていたのと、時間が遅かったから、もう警戒心は残っていなかったが見回した限り人影はなかった。研一と500mlのハイネケンを2本ずつ飲んだから、疲れてヨレヨレだったうえにほろ酔い状態だ。 

 だのに、2階の部屋へ向かって外階段を上がると、部屋の前に美也がいた。ドアの横に座って膝を抱えて眠っていた。 逃げようか、どうしょうか迷ったけど、そんな元気は残っていない。

 諦めて部屋の鍵を開けた。 美也は目を覚ました。僕を見上げて笑った。

「お帰りなさい。どこへ行ってたの? 疲れたでしょ」 

  部屋へ入ると当然ついてきた。どうしていいかわからなくて、そのまま洗面所へ行って用を足し、歯を磨いて顔を洗った。

 居間への扉を開けた。美也はソファの上で眠っていた。疲れているさな。無理もない。 寝室へ入って、自分のベッドから毛布を剥がす。ソファの美也にそっと掛けた。 

 寝室へ戻り、シャツとパンツ一枚になって、押し入れから冬用の布団を引っ張り出して被った。間も無く眠ったと思う。


 なんかうるさくて目が覚めた。美也が俺の体の上に乗っかっていた。裸の体がすぐそばにある。顔を近づけてくる。キスされた。 

 まじかよ。やばい。両手で美也を振り払った。

「何よ。借りを返してもらおうとしているだけじゃない」

「借りって。そっちが勝手に借りにしただけじゃないか。マジいかれてるよ。いきなり裸で迫るなんて」 

 裸の美也も美しい。色白で、無駄な肉がついていない。小さめの乳房の形が良い。引き締まった腹。あの、いちゃもんをつけた男をやっつけたということは、何か、武道でもしているのだろうか。 

 自分の体の男の部分が裸に反応している。やむを得ないな。生身だからな。

「帰ってくれ。研一に色々聞いた。スポーツ好きらしいな。でも自分は嫌だ」

「なんでダメなの。私健康なの。生殖活動が活発な年齢だし」

「そんなことで、誰とでも寝るのか」

「そんなわけないじゃない。好みがあるわよ。これって決めた人には突き進むの」 

 なんとなく諦めかけている自分がいた。何を諦めるって、抵抗することを。 裸の綺麗な女を前にして、拒否し続けられる男がいるだろうか。相手は寝たいと言ってるのに。


 目が覚めた。冬布団がベッドからずり落ちそうになっている。美也の姿はない。あれば夢だったのだ。いい夢か、悪い夢かどっちだろう。温かい布団の中で武者震いが出た。

 昨日、動き回ってかなり疲れていたし、薬膳カレーが効いたのか、ぐっすり眠れた。もう一度眠ろう。今日は日曜日だ。 

 竹村の思考がそこで止まった。同時に眠気が吹っ飛んだ。玄関ドアが開き誰かが入ってくる。 慌ててベッドから出た。一糸も纏わない裸だった。

「おはよう。朝ごはん買ってきたよ」

 美也がコンビニの袋を抱えて目の前に立っている。自分が素っ裸なのを思い出して、そばの布団を引っ張ったが、体を隠してはくれなかった。 

 美也が微笑んだ。袋をキッチンテーブルに置き、近づいてくる。嬉しそうな顔が俺の男を見つめる。反応してはダメだ。

「もう手遅れよ。寝たのはもう既成事実。1回も2回もおんなじ。楽しみましょ」


 何かの音がして目を開けた。そこにいたのは美也ではなく研一だった。厨房の中で鍋を洗っていた。まだ店の中にいた。 夢だったのだ。

「だいぶ疲れていたようだな。15分くらいは寝たぞ。薬膳カレーはいい眠りをもたらすんだ」

「すいません。早仕舞いさせた上に居眠りまでしてしまって」 

 立ち上がって伸びをした。座って寝ていた割に、肩や首は凝っておらず、頭がスッキリしていた。

「丁度片付けが済んだとこ。あと少し明日の仕込みをしたら終わりだ。カレー、一人前残っているけど持って行くか」

 研一がジプロックに入ったカレーをカウンターに置いて言う。

「ありがたいです。いただいて帰ります。今日は色々ありがとうございました。また来ます。今度は何日か後になると思いますけど」「ははは、だよな。美也と、どうなったか、報告待ってるぞ」

  苦笑いのまま、頭を下げて店を出た。空の雲間が広がっている。星が一つ見えた。街明かりの中でも見える星、金星か。 

 美也のことはそれほど不安で無くなっていた。これも薬膳効果か。それとも見た夢の効用か。 オーナーの話から受けたショックは、夢の出来事の中でこなれてしまったようだ。

 行き当たりばったりでもなんとかなるような気がしている。美也とは裸の付き合いの仲になったのだ。 

 ♪パンをふんだ娘・・・歩きながらインターネットで検索した。インゲルは沼に沈んでもなかなか改心はしなかったようだ。が、長い時間がかかって、清らかな心を持った少女によって小鳥になった。最後には、他の小鳥たちに分けたパンが、踏んだパンと同じ量になった時、許されて天に昇った、とあった。 

 現実のインゲルが、自分の危うさに気づくのには、どのくらいの時間がかかるのだろうか。              完


   

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