夢の異世界
あきね
本編
「君は死んでしまった。」
夜空を遮る木々や建物はなく、まばゆいほどの星の輝きを見せ、風が俺を殴りつける。
ここはとても高いところのようだ。当然来た覚えはない。
そして、俺の正面には謎の男が椅子に座っている。この男が俺に死んだとか言ったのか?
どういうことだ。
「死んだってどうして……」
「あなたは不幸にもトラックにはねられ、そのまま息を引き取った。」
「じゃあここは死後の世界ってことですか?」
今俺がいるこの場所は、明らかに今までいた世界ではないと感じている。
肌に感じる風も、目に映る光も、音も、香りも、すべてにフィルターがかかっていて。
まるで、今いる自分が、自分ではないかのような、あるいは夢の中にいるようだ。
「ここは死後の世界とも言えるし、そうでないともいえる。君にとっては死後の世界だが、私にとってはそうではない。」
「つまり……どういうことなんですか?」
「死者の国ではないということさ。この世界にも生きている人たちがいる。君のいた世界と同じように。」
男は言葉を続ける。
「そして、これから君が転生する世界だ。」
転生。彼は確かにそういった。そして、ここはその次の世界だと。
「じゃあここはすでに来世?」
「そうだ。しかし、君の身体はまだ本当の身体じゃない。これから君は町のはずれにある森の中で目が覚める。その時には、今感じる違和感も無くなってるはずだ。今は仮の身体だからね。」
「本当の身体の俺は、何に生まれ変わるんです?」
「君は、君自身に生まれ変わる。身体は今までと同じ。」
「この世界は、どういう世界なんです?」
俺は、男に質問を続ける。わからないことが多すぎるのだ。
「剣と魔法の、ファンタジーの世界。アニメとかで見る世界だよ。」
彼は、俺の質問にすべて答えてくれる。
「あなたは何者なんですか? 神?」
俺は尋ねる。
「いや、私は神なんて大層なものではない。ただの人間。君と同じさ。」
彼は前世の俺を知り、そして転生する前の俺に干渉するほどの高次の力を持っている。
俺には、神だとか天使だとか、そうした超越した存在に見えて仕方がない。
「ただの人間なら、なぜ俺の転生を知っていて、ここに来ることができたんですか? 魔法とか?」
「魔法ではないさ。もし転生だとか、別の世界との接続だとか、そうしたことが簡単にできるようになってしまったら、この世界だけではなく、君のいた世界もめちゃくちゃになってしまうだろう。」
「じゃあ、なんで……」
「なんというか、説明が難しいんだけど、私には君の運命がわかるんだ。だから、ここにこれた。」
「それは、未来が見えるってことですか?」
「確かに私にはそういう力もあるけど、そんなに便利じゃない。君の辿る道は、それとは関係なく知ってる。」
何が何だか。彼は神ではないし、未来を見たわけではないけれど、俺の運命と行く末は知っているらしい。
本当によくわからんな。しかし、彼は俺の運命を知っているのか。
「……あなたは、俺の運命を知っているんですよね?」
「知りたいかい? 君が転生して、この先どうなるのか。」
「いや、少し恐ろしい。もし悲愴的な結末が待っているのだとしたら、知りたくないです。」
「はは、安心しなさい。君は必ず幸せになる。」
これは本心だろうか、それとも慰めだろうか。
ただ、俺の不安は、少し軽くなった気がする。
「少し、外を見てみないかい?」
彼は杖を突いて椅子から立ち上がり、そう言った。
「ここは、塔の上なんだ。君の知らないこの世界が一望できるよ。」
外は夜で暗かったが、月と星々に照らされて、意外と見えるものだ。広い森に、大きく流れる川、遠くには山脈が聳え立っている。
どこかで見たことがありそうだけど、明らかに現世ではない。
「君が目を覚ますのは、ここから北の森だ。あの山脈の向こうだね。」
男は杖で山を指す。
「杖が、いるんですか?」
俺は尋ねる。男は俺よりははるかに年上だが、それでも杖が必要な年齢には思えない。
「いろいろ頑張りすぎたみたいで、もう私の身体はボロボロなんだ。」
申し訳ないことを聞いた。気まずいな。
「そんな顔をするな。今、私は幸せだよ。こうして転生する前の君にも会えた。」
「俺と会うことが、そんなに大事なんですか?」
「大事さ。この世界に生まれたときから、君に会うのは運命だった。」
「俺にはちょっと……わからないです。」
「そりゃあそうさ。君はまだ何も知らない。」
俺には、彼が何をしたいのかがわからない。
彼は俺に会えたことを本当にうれしそうに語る。俺にはそれが不思議でしょうがない。
「少し話題を変えようか。君は、これから異世界転生するわけだけど、わくわくしたりとかしないかい?」
「俺は……正直怖いです。マンガとかアニメとかだと楽しそうですけど、俺は主人公の器ではないですから。」
「まあ、そうだろうね。この世界だって、決して優しい世界じゃない。」
「そうですよね。だとしたら、俺は、きっと……」
俺が言いよどむと、彼は俺をフォローするように言葉をかぶせてくれる。
「大丈夫。君は絶対に幸せになれるよ。」
「さっきも言ってましたよね。幸せになれるって。」
「ああ。私には運命が見えているからね。疑うのかい?」
「俺には、本当かどうかわかりませんから。」
「そうかい。信用ないなあ。」
「あったばかりじゃないですか。」
「はは、そりゃそうだ。」
彼はおどけて笑う。
「だけど、君が幸せになることを裏付ける根拠があるとしたら。」
「それは一体?」
「君は、これからチート能力を授かることになる。君は主人公だったってわけさ。」
チート能力。常識はずれの、その世界においてずるいといわれるような、そんな力。
俺が、そんな能力を手に入れられるのか。
心が躍る。俺だって男の子だ。最強とか、そういう言葉は大好きなんだ。
今更「力には代償がいる……」とか言わないよな。
いや、大丈夫。この男はそんな人じゃない。隠していること、わからないことも多いけど、優しい人だ。
「チート能力をもらえるんですか?」
「私があげるわけじゃないよ。いつの間にか、手に入っている。」
「それは、どんな能力か、わかりますか?」
「ああ、知っているとも。君の使えるようになる能力は、夢の中で未来に行ける能力だ。」
夢の中で未来に行ける。少しわかりにくいな。
「それは、予知夢ってことですか?」
「似て非なるものだ。予知夢のように夢の中で未来に行って、しかし予知夢と違い未来に干渉することができる。未来にとっては、君は過去から召喚されたように見える。そして、夢の中で見た未来は必ず起こる。」
「やっぱり、難しいですね。」
「まあ、聞いただけではわかりにくい能力だろう。」
「この能力は、どんな時に使うんですか。」
俺は尋ねる。具体的な使い方を知りたいのだ。
「例えば、夢の中で未来の自分がだれかに殺されそうになっていたとするだろう。その時、夢の中で横やりを入れて阻止することができる。便利だろう。」
「まあ、夢の中で阻止できなくとも、自分が死ぬ未来を見たら、そうならないように対策すればいいですしね。」
「残念だけど、それは、できない。夢の中で起きたことは必ず起こる。もし未来の自分が死ぬ未来を見たなら、対策しようと必ず起こってしまう。」
「じゃあ、自分が死ぬ未来を見たらどうすればいいんですか?」
「どうしようもない。未来の自分が死ぬ前に、夢の中で止めるしかない。」
「なんだか、思ったより不便ですね。」
「それは否定しない。」
「ちなみに、どうやって発動するんですか?」
「それは、わからない。ただ、君自身にとって必要な時に発動する。」
「かなり不便じゃないですか!」
「だが、うまく使えば確かにチートたるポテンシャルはあるはずだ。」
「それはそうですけど……。」
なんだか、期待して損した気分だ。なんなら、「ないほうが幸せだった!」と言ってる未来すら思い浮かぶ。
「不安に感じるかい?」
「そりゃあそうですよ。」
「大丈夫。君は必ず幸せになるから。」
幸せになれる。
この言葉も信用できなくなってきた。
この世界は想像以上に過酷なんじゃないか。だとしたら、幸せになれるだなんて、本当に、気休めにしかならない。
彼は噓をついていないと思いたいけれど、隠し事は多い。
彼の優しさが、彼の嘘を疑うのだ。
「そもそもあなたは何者なんですか? 未来を見ているってわけじゃないのに、何で俺の運命を知っているんですか? そういうチート能力を持ってるんですか?」
「私は能力を使って君の運命を知っているわけじゃないよ。」
疑心暗鬼になっている俺を、たしなめるように彼は話す。
「じゃあどうして」
「能力を使っているのは君のほうなんだ。」
「俺が能力を?」
「ここは、君にとって夢の中だ。未来でもある。そして、私にとっては現実で、君はこの塔の上に突然召喚された。」
夢の中で未来に行ける能力。
確かに、まだ夢の中にいるような感覚だ。彼の言葉通りならば、実際に夢の中なのだろう。
俺は、さっき説明された能力をすでに使ったあとなんだろう。
「今の君は、私にとっては過去だ。だから、知っている。」
納得はいかないが、俺にとって未来のことはわからない。彼がそういうのならば、そうとするしかないのだろう。
「ここが、夢の中だとしたら、元の俺はどこに。」
「さっきも言っただろう。あの山の向こうさ。今より何十年も前に、君はそこに寝ていた。」
山の方を見ると、今まで暗かった空が白んできていることに気付く。夜明けが近い。俺は、ここにどれだけの時間いたのだろう。
彼はその間、俺の質問に答え続けた。本当に何でも知っている。まるで俺の質問すべてに答えを用意してきているようだ。
「それで、俺はまだあなたの正体を聞いていない。」
「私は君と同じだよ。私はこれまで人間として生き、そしてこれから人間として死を迎えるだろう。そして、私は転生者だ。君と同じでね。」
「あなたは転生者だったんですか?」
「そうだよ。そしてチート能力を授けられて幸せになった。君と同じくね。」
「チート能力は持ってたんですね。」
「そんな便利なものじゃあないよ。」
「それも、俺と同じですね。」
「はは、そうだね。」
もしここが夢の中だとして、そしてこの光景が俺の生きる何十年もの後の姿だったとして。
俺はこれからの人生で彼に会うことはできるのだろうか。
もし、会えなかったとしても、俺は、彼の名前くらいは忘れたくない。
「あなたの名前は、なんていうんですか?」
しかし、返ってきたのは意外な答えだった。
「……名前も、君と同じだよ。」
まさか。
「……あなたは、どこで生まれたんですか?」
「それも君と同じさ。日本に生まれ、この世界に転生して、山の向こうの森の中で目覚めた。」
「生年月日は」
「同じだよ」
「血液型も」
「同じ」
「初恋の人も」
「かわいかったよな。こっぴどく振られちゃったけど。」
「あなたは」
「同じさ。君と。ただ、年齢が違うだけ。」
今までの疑問に、全て合点がいく。しかし、どうして。
「どうして、あなたは俺に会いに……。」
「それは、夢で見たからさ。夢の中で見た未来は変えられないって、言っただろう。」
「それは、空しくないですか? わかりきっていることをするなんて。」
「いいや、そうは思わないね。たとえ夢の中で見た光景だったとしても、その前後でその意味は大きく変わる。君はこの景色を不安なものだと思っているだろうけど、私にとっては希望に満ち溢れている。そして、私は、未来の私から聞いた言葉を君に伝えることができる。」
「……あなたは、俺に何を伝えたかったんですか。」
「それは、君に不安にならないでって、言いに来たんだ。」
彼が、今の俺に伝えたいこと。俺は、彼の言葉に耳を傾ける。
「未来の君が、私自身が断言しよう。君はこの先必ず幸せになれる。もちろん、この世界は厳しい。相応の苦難が待ち構えているだろう。仲間と喜びを分かち合う日もあれば、後悔する日もある。しかし、その先には、必ず幸せがある。君は、転生してよかったと思うことになる。」
「そう、君は、必ず幸せになるのだ。」
空はもう明るくなり、日の光が差し込まんとしている。
「さあ、そろそろ夜明けだ。目覚める時間だろう。」
彼は、すべてわかっていたのだろう。俺がこの塔の上で何もわからずに質問することも。
そして、そろそろ俺が目覚めるということも。
彼は、俺以上に俺に詳しいんだ。
「ありがとう」
俺は、そう言わずにはいられなかった。
「過去の私に感謝されるだなんて、結構うれしいものだな。」
「でも、知っていたんでしょう?」
「知っていても、嬉しいものは嬉しいものだよ。」
彼の言葉通りなら、この世界はきっと厳しいのだろう。それこそ、チート能力があっても後悔することが起きるように。
それでも、彼は幸せだといった。俺は、必ず幸せになれるのだ。
「俺は、あなたのおかげで、この世界に立つ勇気が湧きました。不安はありません。俺は、必ずあなたのような人になって見せます。そして、過去の自分を、励ますことができる人になります。」
「……頼んだよ。そして、必ず幸せになれ。」
「はい。行ってきます!」
これから、俺は森の中で目覚めることになる。不安はない。
俺は、必ず幸せになるから。
夢の異世界 あきね @akine822
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