第三章 6話
「お、大分に高層マンション、だと……っ!」
小豆の家は国道沿いに建てられた十三階建のマンションだった。オートロック式で一階部分はロビーになっている。平屋住みの絵馬からすればマンションは憧れでもある。
「自販機が家の下にあるってすごいな!」
言うと琥珀は単調に首を傾げてくる。
「え、家の上に付いてる自販機があるんですか?」
「家の上にもあるのか⁉︎ 富裕層はすごいなぁ」
屋根のところにくっついているのだろうか。すごい。
小豆が学校に来ていないと知ったのは水曜日の昼休みだった。琥珀が、小豆のことで何か知っているか、と教室まで訪ねてきたのだ。
そこで月曜日、火曜日、そして今日も欠席していることを知った。琥珀から連絡を入れても小豆の返信はないらしく、連絡先を知らない絵馬にはどうすることもできない。
「先週は普通だったけどな」
水泳部に仮入部として訪れたときは、特におかしなところはなかった。
「もしかして、スマホを触れないぐらい体調が悪いとか……ですかね?」
あたふたとした表情で琥珀が脳を働かせる。
「そうかもな。放課後にお見舞いでも行ってやったら?」
「そうですね、そうします」
逡巡もなく決断すると、絵馬の目を見つめてくる。
「あの、先輩も行きませんか?」
「なんでオレも?」
「小豆、ああ見えて美空さんのことは結構気に入っているらしくて。だから連れて行ったら喜ぶかなって」
琥珀は絵馬のことを小豆のペットだと思っているのだろうか。そんな性癖はないが。
「だから先輩もどうですか?」
「いいよ、行くか。オレも気になるし」
「ありがとうございます。じゃあまた放課後に」
それが昼休みの出来事。
それから放課後に琥珀と共に小豆の家までやってきたのだ。
「小豆の家は七階です」
そういって、手慣れたように琥珀はエレベーターへ向かっていく。腕には飲料水や果物ゼリーが入った袋を下げている。琥珀が自分で判断して購入した品物だ。
「オレはいいよ。やっぱり下で待ってる」
言うと、琥珀は驚いたように首を傾げる。
「え、行かないんですか?」
「知り合ったばかりの男が家に来るとか嫌だろ。普通に」
「そう、なんですかね?」
「そうなんだよ。ロビーのソファで待ってる」
言いながら絵馬は左へ逸れていく。
琥珀も「なるほど、まさに乙女心ですね」と謎の何かを学習してエレベーターに入っていった。
絵馬は言葉の通り、黒の光沢が目立つソファに腰掛けた。
「……三日もか」
どうにも胸騒ぎがする。
琥珀のように素直に体調不良だと思えないのは気にしすぎだろうか。
もし、小豆の欠席した理由が琥珀だった場合、琥珀を一人で行かせたことは正解だったのだろうか。これが杞憂であってほしいと切実に願うことしかできない。
「ねー、顔良すぎ。私もなりたい」
「そんなの全員なりたいでしょ」
オートロックが鳴いてガラス張りの扉が開くと、三人の女子高生が入ってきた。
絵馬と同じ槻志野高校の制服。前列に二人、後列に一人で後ろの子は退屈そうにスマホと対面していた。その顔が不意に横に向き、絵馬と目が合う。ただ何も言わずに彼女はスマホに意識を戻した。同じマンションということは小豆とは同じ中学だろうか。
少しするとポケットの中に入れていた携帯が震える。
「もしもし?」
『私です』
琥珀の携帯から届いたのは不満そうな小豆の声だった。
「寝込んでるわけじゃないんだな?」
『じゃなきゃ電話できませんよ』
「それもそうだ」
『あの、ちゃんと熱ですからね』
拗ねたように言ってくる。
「そう思って来たんだけどな?」
『美空さんなら変に勘繰っていそうだったので』
「それは正解。なんかあったのかと思ったけど、その声だと本当っぽいな」
声を張る元気もないのか、呼吸をするのも辛そうに聞こえる。
「まあ本当なら安心した」
『本当なら心配するところでもあるんですけどぉ』
「心配はしてるぞ。水分と塩分はしっかり取れよ」
『ならどうしてお見舞いに炭酸なんですかぁ』
小豆の声の背後では琥珀が『え、違ったんだ……』と落ち込んでいた。
「白波が選んだからオレのせいじゃないぞ」
『それを止めるのが美空さんの仕事じゃないですかぁ』
「そんな仕事があるのか」
時給はいくらだろうか。
『そうですよ。でもありがとうございます。炭酸も元気になったら飲むので』
「おう、しっかり治せよ」
『はい。ありがとうございます」
電話を切ると一気に静かになる。
とりあえず小豆が体調不良だと分かり、精神的なダメージではないことに安心する。
そんな絵馬に安堵を与えまいと、一人の足音が近づいてくる。
嫌な予感がした。絵馬への敵意をむき出しに、その人物は眉を顰めて言ってくる。
「ここに住んでいる子の友達? ちょっとここで電話されると迷惑だから」
管理人に叱られて、絵馬は琥珀を置いてとぼとぼと帰るのだった。
何も起こらなくて良かった。
そう思った絵馬に追い討ちを与えるように本当の問題はやってくる。
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