第53話 さあ召し上がれ

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 屍食祭儀書から放たれる耳をつんざく奇怪な絶叫。

 窓ガラスが、ランプシェードが、ワイングラスが砕け散る。

 沖田たちは思わず顔を歪め、耳をふさいだ。

 間近でそれを聞いていたブリュインは目をまん丸に剥いて血の涙を流し、耳孔から血の筋が垂れ、外れんばかりに開いた顎の先からぽたぽたと滴り落ちる。


「……儀式の仕上げです。……Kom opさあ, geniet召し ervan上がれ


 ブリュインの大口に、残ったステーキがねじ込まれた。


――遘√�繧ゅ�縺��∝ッ�カ翫○蟇�カ翫○蟇�カ翫○蟇�カ翫○��!!!!


 屍食祭儀書が再び絶叫する。

 その口が物理法則を無視して大きく広がり、嫌に血色の良い舌が蛭のように躍る。蛭は蠕動しながらブリュインに絡みつき、頭から覆いかぶさって飲み込んだ。

 屍食祭儀書が人型に膨らむ。中でブリュインがもがいているのがわかる。蛇に丸呑みにされた鼠が暴れているかのようだ。


「おいおい、なんだこりゃ」

「まあ、素直に捕まるわけなんかないでしょ」

「だわな」


 土方は長テーブルを掴んで横に転がした。

 料理や調度がぶち撒けられ、盛大な不協和音を立てる。


「……おやおや、乱暴はおよしください。……テーブルもインテリアも本国から取り寄せた高級品なんですよ?」

「はっ、先にガラスをぶち割っておいてよく言うぜ」


 土方と沖田は左右に広がり、すり足で間合いを詰めていく。

 長テーブルを倒したのは剣を振るう空間を確保するためだ。

 屋内の戦いでは家具や柱に刀が食い込み、抜けなくなる事態がしばしば発生する。京でさんざん不逞浪士の根城に乗り込んできた二人だけに、そのあたりのやり方は身に沁みている。


「あれ、今のうちに斬っちまうわけにはいかねえよな?」

「中身は領事ですからね。さすがに問答無用はマズイでしょ」

「だよなあ。めんどくせえ」


 二人の視線の先にあるのは、もはや蠢く肉袋と化したブリュインだ。

 うかつに手を出せないことを知っているのだろう。ヒュースケンはそれを盾にするように立ち、薄ら笑いを浮かべている。


 肉袋は椅子から転げ落ち、床に落ちた。

 どくどくと蠢動を繰り返すさまはまるで生きた心臓のようだった。表面には血管めいた筋が浮き出し、触手となって床を這う。植物の根っこのように枝分かれを繰り返しながら広がる。床と肉袋は半ば同化し、むしろ床から巨大な腫瘍が生えたかのように見えた。


 震動。

 肉袋が脈打つたびに、部屋全体がびくんと震えた。

 床が波打ち、釘が飛んで板材が床材が浮き、壁に罅が走る。


「いや、やっぱり様子を見るのは失敗だったかも」

「奇遇だな。俺もそう思ってるところだったよ」


 二人が飛び退った瞬間だった。

 轟音とともに床が崩れ落ち、足場が消失する。


「アーシア!」

「ハイっ!」


 沖田は空中でアーシアの手を掴み、抱きかかえる。

 土方は左手で鞘を引き抜き、降りかかる瓦礫を弾き飛ばして二人を守る。

 着地したのは水に浸った地下室だった。

 壁は石造りで、そこかしこにフジツボやカメノテがこびりつき、しとしとと水が垂れている。海水だろう。濃密な潮の臭いが鼻の奥に粘りつく。


「なるほどね、このせいで屋敷が潮臭かったのか」


 くるぶしまで浸かる冷たい水が足袋に滲みるのを感じながら、沖田は抱きかかえていたアーシアを降ろす。こんな場所で降ろすのは気が引けるが、些事にこだわっていられる状況ではない。

 瓦礫の積もった浅い水の中には、巨大な芋虫のような無数の何かが蠢いていた。

 



――ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう




 それは四肢を根本から失った人間の群れだった。

 どれだけの時間、この地下室に閉じ込められていたのだろうか。

 水を吸ってぶよぶよにふやけた生白い肌。

 瞳は黄ばんだ蝋の色に濁っている。

 歯が溶けて無くなった口からは呪詛のように感謝の言葉が繰り返されていた。


「……ようこそ、私の調理場keukenへ」


 頭上からヒュースケンの声が響いた。

 見上げると、中空に巨大な心臓が浮いていた。

 蜘蛛の巣のごとく四方に血管を伸ばし、それによって支えられている。

 ヒュースケンはその上に腰を掛け、沖田たちを見下ろしていた。


「台所が汚いのはよくないよ。食あたりを起こしちゃう」


 ヒュースケンに切っ先を向けながら、沖田は軽口を飛ばす。

 しかし、この距離では跳躍しても届かないだろう。


「まずは根っこを切り落とすところからか」


 和泉守兼定の背で自分の方を叩きながら、土方が油断なく視線を配る。

 一本一本を断つのは容易だろう。しかし、数が多すぎる。無闇に切っても埒があきそうにない。


「ヴァチカンの資料でも見たことのない魔物デス。気を付けてクダサイ」


 ロザリオを握りしめながらアーシアがつぶやく。

 その意識は記憶に収められた魔術の知識と、屋敷に満ちる瘴気を探ることに集中していた。ブリュインが贄として使われたのは明らかだが、おそらく命までは奪われていないだろう。ブリュインがいなくなればヒュースケンの後ろ盾はいなくなり、この国での活動はしづらくなるだろう。前任のハリスが生きて帰国したのも傍証だ。


 瘴気は心臓が最も濃いが、しかし屋敷全体に広がっている。もともとは何らかの隠蔽の魔術が施されていたと思われるが、屍食祭儀書の儀式によってそれは喪われたようだ。濃密な瘴気があちこちに満ちているのが感じられる。


「……では下ごしらえを始めましょう。……ご存知ですか? ……鴨と同じで、人も末期に苦しむほど味がよくなるのですよ」


 心臓から鞭のように血管が伸び、水を這いずる人間たちに突き刺さった。


――ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう


 みちみちと肉の裂ける音。

 四肢のない人間たちの胸が破け、鮮血が水を濁らせる。

 飛び出した肋骨が昆虫の足の如く蠢き、沖田たちに向かって一斉に駆け出した。

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