最終話 きみのとなり。



「ハイ、これお弁当」


 母親に手渡された包みを有難うと言って受け取る。


「大学生になったんだから、もういいのに」


 毎朝大変だろ、と言う咲太郎に母は「どうせ桃の分も作るんだから1つも2つも変わらないわよ」と笑った。

 数が増えればそれだけ大変な気もするが、「あと数年でこれも終わりかと思ったら感慨深いものなのよ」と言う母にそういうものかと思いながら心で感謝する。


 高校の時と違って大学までは電車で三十分ほどかかるので咲太郎は家族の中で家を一番に出る。寝るのがいつも早いとは言えないから早起きするのは楽ではないけれど、ぎゅうぎゅうの通勤通学ラッシュにハマるよりかはだいぶ気持ち的に楽だ。それに、この時間に電車に乗れば大学の最寄り駅までちゃんと座席に座ることが出来る。


 法学部の勉強は覚えることが多く、大学の講義を聞いているだけでは到底理解できない。咲太郎はこの春にやっと受験勉強から無事開放されたわけだが、勉強のルーティーンは相変わらずだ。まぁ、もう何年もこの生活だからそれが苦という事はないが。

 変わったことと言えば――


 電車に乗って、入口のドアに一番近いいつもの席に座る。電車に乗っている三十分、本当なら今日の講義の予習をするのが時間のうまい使い方であろうが、予習はすでに家で終えている。

 咲太郎はスマホのメッセージアプリを立ち上げた。黒猫のアイコンが、アドレスの一番上でその存在を主張している。咲太郎は口元を緩めながらそのアイコンをタップした。


『おはよう。今日は広島にいるよー!』


 メッセージとともに滞在先のホテルからの景色だろうか? 海の写真が添付されている。咲太郎は『おはよう。俺は電車の中。今日は三コマ目から講義だから大学についたらカフェテラスにいる』と打つと珍しくすぐに既読がついた。


『八時から撮影待ちで一時間空くから、咲がついたら電話してもいい?』


 咲太郎は電車に揺られながら『いいよ』と文字を打った。




 高校三年生の秋、屋上に続く階段でお互いの気持を確かめあったあと、光は程なくして本当に学校を去っていった。


 クラスの皆は悲しんだけれど、最後はちゃんとお別れ会もして、四月には考えられないくらい皆打ち解けていたように思う。大学受験ももう始まっていたから、皆お互いの目標に向かって頑張ろうと肩を叩きあった。

 翔真は都内の体育大学にスポーツ推薦を決めていたし、今でも時々連絡したり会ったりしている。

 咲太郎は、一時期成績が落ちたのを忘れるくらい危なげなく試験をクリアし、今は法学部の大学生だ。

 くだんの光といえば、学校を辞めたあとは本当に忙しくて、会うどころか寝る時間も怪しいらしい。空いた時間にメッセージをくれるが、時間はまちまちでこちらがメッセージを送っても既読がすぐにつかない事の方が多い。だから咲太郎は、通学のこの時間を光とのメッセージの返信の時間に当てていた。通学の時間帯はいつも同じだし、もし光と時間があえばリアルタイムで落ち着いて通信ができる。ネットが進んだこの世の中で、まるで交換日記みたいだけれど。


 咲太郎も光も、性別を変えたいわけではないし、同じ性で付き合っていくことに対してこれからどうすればいいのか、未だ結論は出ていない。芸能界という特殊な世界に生きている光とこれからを歩むことでこの先様々な困難が待ち受けているだろう。


 それでも、もう咲太郎は一人で悩むのをやめた。迷った時は二人で考えていけばいい。 


 幾千の星の中で、何億という人の中で、君に出会った偶然はきっと奇跡なのだろう。


 高校に通っていた時は、光のとなりの席で同じ時を過ごすことが出来た。

 今は、あの時のようにいつも彼のとなりにいられるわけではない。

 けれど、心はいつも共にあると信じられている。

 

 そしていつか。


 いつか、そう遠くない未来にしっかりと胸を張って光のとなりに立てるように。この奇跡を、必然に変えてきみのとなりで生きるために。自分も精一杯頑張って自分の夢を叶えていく。


 

 電車のアナウンスが大学の最寄り駅の到着を告げた。

 

 カフェテラスについたら光と何の話をしようか? 


 咲太郎はディバックを抱え直すと、しっかりとした足取りで地面を踏みしめて歩き出した。



❖おしまい❖


2024.11.27 了


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