第39話 ぼくの好きな人。⑤



(……どーしたもんか)


 紺野 翔真は悩んでいた。


 学生において、意見のすれ違いや衝突などはよくあることだ。部活動内においても殴り合いの喧嘩一歩手前になる事だってあった。


 だがしかし、今回の件においては全くと言っていいほどその様な事案からは程遠い二人に発生しているからこそ問題である。


 今までも光があまりにもふわふわとした発言をして咲太郎に窘められた事はあったが、流石長男、本気で怒っているところは見たことがない。光がロケを終えて学校に復帰しても二人は一言も喋らないし、咲太郎は休み時間事にどこかへ消え、光は自席で寝ている。これでは四月以前の状態に逆戻りだ。


 このままでは、キューピット翔真の名がすたる。いや、別に誰も呼んではいないが。



 流石にこの状態はよろしくないと光に事情を聞いたところ、渋々「フラれた」と返ってきた。


「はァ?!」


 んなわけねーじゃん! と返す紺野に、もう気持ちがバレていると確信した光はボソボソと小さな声で話す。


「……友だちとしてはいいけど、そう言うのは嫌だったみたい。……気持ち悪いって言われた」


 思い出すだけで苦しいのか、蚊の泣くような声でそれだけ言うと光は机に突っ伏して黙り込んでしまった。


「は……」


 いや、いやいやいや。絶対にない。それはない。


 これはこのままにしておけなくなったと、紺野は昼休みにどこかに消える咲太郎を探しに席を立った。


 とりあえず『どこにいる?』とメッセージを打って図書室あたりに目星をつける。職員室の前を通ったところで「おい紺野!」と担任の廣瀬教諭に呼び止められた。


「……なんスか」


 急いでるんだけど、と思いつつ返事を返す。

 廣瀬はチョイチョイと手招きすると職員室横の談話室に紺野を呼んだ。


「……んー、本当は生徒にこんなこと聞かないんだけど。お前ら仲いいからちょっと聞くんだが……成宮、なんかあったのか?」

「え?」


 今まさに探している人物の名前が出てきて驚く。いつも飄々としている廣瀬にしては珍しく奥歯に物が挟まったような言い方をした。


「あいつは元々合格圏内だから問題ないっちゃないんだけど。こないだのテスト、軒並み点数が落ちてな。順位が五位くらい下がったもんだから……なんか悩みでもあるのかと思って」


 あいつ、ずっと一番だったろ。と廣瀬に言われて紺野の中の何かがぶちりと切れた。


「……紺野?」

「……あんの野郎ォ。一人でうだうだ悩みやがって……!」


 紺野はキッと顔を上げると談話室のドアに手をかけた。


「……廣セン、大丈夫。おれが一発アイツに入れてくるから」


 もしダメだったら骨拾ってくれ、と何故か格好良く言って、紺野は唖然とする廣瀬を置き去りにして全国四位の足で談話室を出ていった。


 そしてそのまま咲太郎に電話をかける。メッセージの返信など待っていられない。

 9コール目でやっと電話に出た咲太郎に、紺野は「今すぐ校舎裏にこい」とドスのきいた低い声で言った。






「何やってんの、お前」


 校舎の裏に何事かとやってきた咲太郎に仁王立ちで第一声に言う。


「な、何が」


 余りの迫力に咲太郎が怯んだ。


「……誤魔化しとかいらないから。おれ、知ってるし。成宮、あいつの事好きなんだろ?! あいつだってそうじゃん。じゃあそれでいいだろが!」


 ド直球で紺野に詰め寄られて咲太郎は驚愕に目を見開いた。


「何をうだうだ悩んでんだよ! お前があいつを好きな事くらいおれにはもうバレてるし! 悩んで成績落とすくらいなら変な嘘つくな!」


 あいつ、信じちゃってるだろ!


 そう言われて咲太郎は唇を噛んで俯く。

 長い沈黙の後、咲太郎は俯いたままボソリと答えた。


「だって……、男のことが好きなんて……光にとって、いいことないじゃん」

「はぁ?」


 紺野が眉をしかめる。


「こないだ、ネットニュースで見たんだ。カミングアウトした歌手の記事。めちゃくちゃ叩かれてた。あいつ、俺と違ってそういうのバレたら困るだろ。

 光の抱えるものは俺なんかよりずっと大きいし……好きなヤツが男だなんてバレて、あいつが苦しむ所は見たくない!」

「だからって……!」


 なんで咲太郎が光に急にこんな態度を取ったのが、紺野は腑に落ちた。

 だが、腑には落ちたが納得はいかない。


「……言われたのかよ」

「え?」


 紺野は地を這うような声で尋ねた。


「一ノ瀬に傷つきたくないし、迷惑だって言われたのかよ!」

「そんな事あいつが言うわけないだろ!」


 咲太郎は思わず叫んだ。


 光が、そんな事を言うわけがない。咲太郎には確信があった。

 光は、優しいから。咲太郎が傷つかないように、咲太郎が喜ぶように、いつも気を使ってくれている。

 嫌なことなんて、言われたことがない。


 もし、咲太郎といることで光に不利益があっても、「気にしないで」と言うはずだ。

 だからこそ、光の立場を悪くしたくなかった。


 咲太郎の叫びに、けれど紺野は1つも怯まずに咲太郎を睨みつけた。


「じゃあ! 勝手にお前が決めるな!」


 紺野の言葉に咲太郎は目を見開く。


「おまえに、心配されなくても、あいつだって自分でちゃんと考えてるよ! 一ノ瀬は……勉強できないし、確かに阿呆な所あるけど、でも……あいつは馬鹿じゃない! ……上手くいかなかったら、二人で話し合ってどうすればいいか考えて行けばいいだろ!

 ……一ノ瀬は、そういう事をお前としていきたかったんじゃねえの?」


 光のとなりには、自分がいて。

 そこの場所が当たり前みたいに思っていたくせに。


 先の事を考えるのは大事だけれど、今の自分の気持ちはどうなのか、光はいつも咲太郎をさりげ無く尊重してくれていた。


 そんな光の気持ちを、一番蔑ろにしていたのは自分だったと紺野の言葉が胸に刺さる。


「先のことなんてわかんねえけど……今、お前の気持ちがどうなのか、ちゃんとあいつに言ってやれよ、咲太郎」


 そう名前を呼んで背中を叩いてくれた紺野に、咲太郎はやっと顔を上げると泣き笑いの顔で「有難う、翔真」と答えた。





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