虫の姫君
きょうじゅ
1話
むかーしむかし、あるところに。小さな国があり、年若き王様がおりました。
その目の前に、馬車が着きました。とても立派な馬車でした。その日は、隣の大国の四番目の御姫様が、小さな王国の若き国王の妃として嫁いでくる予定の日だったからです。
馬車の戸が開きました。うやうやしく、御者が手を差し伸べると、中から姫君が……
「出てこないな」
と、言うのは国王陛下。
「そうですね」
と答えるのはこっちも若い大臣。そう、お姫様は出てきませんでした。御者が馬車の中から導いた、というか、取り出したのは小さな小匣でした。
「こちらが、お后として参られました姫君でございます」
「ちくちくぴー、ちくちくぴー」
箱の中からはそのような声がしました。
「いちおう念のため確認するが、お前さんがか?」
「いえ、わたくしはただの御者。姫君はこちらの中におられます」
「……」
国王は御者から箱をひったくり、開けました。中には一匹のバッタが入っていました。
「虫は分かったが、姫君はどこにいるのかね」
と、無表情のまま大臣が尋ねると、御者は重ねて言いました。
「そちらが姫君です。陛下のお后となられます」
「馬鹿にしてるのか?」
「いいえ、めっそうもない」
無表情のまま、大臣が横から口を挟みました。
「陛下。そのままだと逃げますよ」
「おっと」
王様は虫が飛び去る前に匣を閉じました。その間に、御者は踵を返して走り出しました。
「おい、ちょっと待て!」
御者はそのまま馬に鞭を当て、走り去ってしまいました。
「どうすんだ、これ」
王様はぼやきました。
「えー、今後のご予定ですが。来春の早くに、隣国の国王が、祝宴のためにこちらに見えられることになっております」
「いまは秋だよな」
「御意にございます」
「このお姫様は越冬できるのかな」
「バッタは、冬を越えることはできませんね」
「なるほどな。隣国の国王は、誰と一緒に来るんだ?」
「閲兵式を兼ねて兵を連れていくから、国境を開けておくように、と事前に通告されております」
「なんてあからさまな軍事侵攻の予告なんだ」
「そうですね。父である王がやってきたときに姫がいなかったら、それを口実にこの国を攻め取るつもりというわけでしょう。ちなみに、無意味なことかもしれませんが、いちおうご指摘しておきます。部屋をあったかくしておけば冬になってもバッタが死なないで春を迎えられる、なんていうわけには参りません。非越冬性の虫の寿命というものは儚いのです」
「なるほど」
「で、どうしますかその蝗虫。佃煮にでもしますか?」
「いや。せっかくだから飼うことにするよ。人生で初めての婚約者だ」
「そうですか」
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