第1章 朝焼け
departure
第1話
「じゃぁ、行ってくるよ。安全運転で帰るんだよ」
彼女の頭に手をのせ、すべらかな髪の感触を確かめるように優しくなでる。
いつもより、少し真剣な笑顔でそう言うと、アサトは人目もはばからず、彼女を抱き寄せた。
(あっ、アサト・・・みんなに見られちゃう)
彼は気にもせず、彼女の耳もとで、
「・・・ありがとう。本当は来てくれて、顔見れて嬉しかったよ。いってきます。愛してるよ」
彼女の頬を両手で挟み、サングラスの上から彼女を見る。
泣き顔をこらえた精一杯の笑顔。
(あいかわらず、可愛いな)
「・・・わたしも、愛してる」
月子もそうこたえ、アサトの左の手のひらに口づけしをた。
彼は名残惜しそうにゆっくり後ずさると、少し寂しそうな笑顔を残し、搭乗口に消えていった。
まるで何かの映画のワンシーンのように。
「いってらっしゃい・・・」
彼と出逢って2年目の秋。国際線のターミナル。
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「はぁー」
月子は、ため息をひとつ、ついた。
これからしばらく離ればなれの生活になるという大切な別れの場で、不覚にも自分の夫に見とれてしまうとは。
(ああ、行っちゃった。
なんとか泣かないでいられたけど、やっぱり寂しいな。
アサトのあの去り際、信じられないぐらいにかっこいいんだもん。なんか寂しさとドキドキが混ざって、
もう訳がわからないよ)
アサトは、自分が旅発ったあと、
月子が独りで寂しくなるといけないからと、空港での見送りを拒んでいた。
彼女は、一旦はおとなしく家の玄関で彼を見送ったが、
やはり居てもたっても居られず、搭乗間際にバイクを飛ばして空港まで来てしまったのである。
「もぉ、姉さーん。ダメじゃないか。義兄さんが心配してたぞ」
アサトに少し遅れて搭乗口に向かおうとしていた月子の弟、星也。
星也は留学先のアメリカに戻るため、アサトに同行するのだ。
「義兄さんのことは、僕がちゃんとボディーガードするからさ、心配しなくても大丈夫だよ。
もう学校も暇だしさ、バッチリ付人やるからさぁ」
月子より頭一つ分大きくなって、見かけは確かに逞しくなったとはいえ、弟はいつまでたっても弟・・・
しかし、ここは星也に頼るしかなかった。
月子は複雑そうな顔で弟の目を見ながら、
「うん。星(せい)ちゃん、本当によろしくね。
アサトって、ああ見えて体調不良とか我慢しちゃうから、よく様子みてね。
ほんとに無理させないでね。
あっ、毎日メールでも何でも良いから連絡ちょうだいね、それから・・・」
まだ伝えたい事は沢山あったが、
星也は、
「あはっ、姉ちゃんはほんっと心配性だな!
ok、わかった、わかった。じゃあねっ」
と、何度もうなずきながらアサトを追いかけて足早にエスカレーターに消えて行ってしまった。
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