第36話

「バラのお風呂なんて初めて」


彼女は薔薇の花びらを手ですくい、嬉しそうに戯れている。


「いい香り…ありがとう」


僕は彼女を見て癒されていた。こんなことは、今まで他の誰にもしたことはなかった。


「アサトさん。今日、お仕事、大丈夫なんですか?」

彼女が心配そうに聞いた。


「ああ、さっき事務所に電話して、今日と明日はオフにしたよ。最近ずっと忙しくて、スタッフもロクに休んでいなかったから、大喜びしていたよ」


「アサトさんは、本当にお忙しいんですね、初めてバイクで会った時は、バイク好きの普通の人かと思ってました」


月子は彼の仕事について、あえて詳しく聞かなかった。彼がいったい誰で、どんな仕事をしていようと自分には関係がないと思ったから。

彼女は、彼とのことは夢だと思うようにしようと心に決めていた。実際、すべてが夢のようで心がときめいてばかりいる。

しかし、彼とは明らかに住む世界が違う。彼を深く知って傷つくのが怖かった。

いっそのこと(君とのことは遊びだ)と言ってくれれば、それはそれで割り切れるのかもしれない。

それでも今は、一緒にいられる時間を大切にしたかった。


「君は、明日は仕事?」


「私は、自由がわりときくんです。小さい会社を3人で始めて、今は社員が20人、これでも従業員兼取締役…笑っちゃいますよね」


彼女のまた意外な一面を知り、仕事に関しても実はやり手なんだと感心した。


「だから、忙しい時は徹夜が続くし休日関係なく働くこともあります。でも時間に余裕がある時は、ジムに行ったり、バレエ行ったり、好きにさせてもらってます」


「ふーん、意外だな。月子ちゃんがバリバリのキャリアだとは、失礼ながらごく普通のOLさんかと思っていたよ」


「アサトさんは、私の勘では…ファッション関係の人、モデル事務所の経営者だと思います、あ、違っていたらごめんなさい」


「うーん、近いような遠いような…業界関係であることは、当たっているかな、あはは」


「…じゃあ、明後日までは一緒にいてくれないかな?連れて行きたい所があるんだ」


「えっ?」


(私で…いいのかな)

とも思ったが、まだ少し一緒にいられることが嬉しかった。


「はい」


(いったい、どこに行くんだろう。あと2日、彼のそばにいられる)

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