第17話【仕事】


 教会の中は、外からの印象とは違い綺麗に手入れされているようだった。


 聖堂を抜け奥の部屋へと通されると、神父が温かいお茶を淹れてくれた。



「さぁ、そこの椅子に掛けてこれでも飲みなさい」


 その言葉と共に出されたその綺麗な色をしたお茶を、神父が口を付けたのを確認してから一口飲む。

 そのお茶の温かさに気が抜けそうになるも、警戒は怠らないように注意する。



「この教会で神父をやっているボトルだ。君たちの名前を聞いてもいいかな?」


「レオです」


「俺はウルスだ」


「君たち、説明はどこまで聞いた?」


「……買い戻しと、この拘束具については聞きました」


「そうか……仕事の話はまだかい?」


「それは聞いてません」



 奴隷として買われたのだから何か仕事をさせられる事は理解しているけれど、それがどんな事なのかは、そういえばまだ聞いてはいない。



「君たちはロズ……あの入れ墨の男の部下として、スラム全体の雑用か薬を売る仕事をしなければならない」


「……奴隷ではないんですか?」



 仕事内容も気になるけど、『部下』という言葉にそれよりも疑問を抱いた。

 『奴隷』とは違うその言葉の選び方が、凄く不自然に感じる。



「あぁ、それはこの街の仕組みから話さなければならないんだけど……眠かったりはしないかね?」


「はい、まだ大丈夫です」



 その言い方から、話が長くなる事が予想できる。


 ひび割れた窓の外を見ると、もう日は落ちて暗くなっている。

 すぐに返事をして気付いたけど、ウルスはもう眠そうな顔をしていた。



「この街にはスラムという治安の悪い区画があってね……私たちが今いる場所がそうなんだが……」



 神父はチラッとウルスの方を見るが、僕が聞いていれば十分だと思ったのかこっちに視線を向けて話を始める。



「スラムから人が減るを止められないから、国の補助金で奴隷を買ってきて補充するんだ。それが君たちだよ」


「……なぜそんな事をするんですか?」



 よくわからない、治安が悪い場所の人間が消えるならば、それ国にとっては良い話のはずだ。

 しかし今の話からは、国がその治安の悪い場所を守ろうとしているように感じる。



「……この国がスラムに管理させている歓楽街と薬物によって外貨を稼いでいるからだよ」



 聞いたことのない言葉が並び、どう反応すれば正解なのかわからず言葉に詰まる。

 それを察したのか、神父はハッとした表情の後、少し考えている様子だ。



「……つまり、悪い事をスラムの人間にやらせて、それでお金を稼いでいるんだ。だからスラムに人が居なくなると国が困ってしまうって事だよ」


「そんな事って……」


 自分の育った国では絶対にあり得ないような話だ。


 この神父もあの門番のように僕たちを騙そうとしているのだろうか、そんな疑念が生じ、言葉に詰まる。



「君たちは奴隷という身分だけれど仕事をすれば対価を貰える。国も逃げる奴隷を殺すよりも出来る限り働かせたいからね。だから部下と言ったんだ」


「……そうなんですね」



 その説明を信じるかどうかは別として、奴隷という言葉を使わない事には納得した。



「君たちの選べる仕事はさっきも言った通り二つ。スラムの雑用か……薬を売る仕事だね」


「その二つの内容を教えてくれますか?」


「……その説明は明日にしようか、お友達がもう限界のようだ」



 僕の隣を見ながらそう言った神父の視線を追うと、ウルスがもう完全に寝てしまっていた。



 ウルスを起こし、神父に案内された部屋のベッドに腰を下ろす。

 小さいけど僕とウルス2人だけなら十分な広さのその部屋は、二段式のベッドと椅子と机のみの簡素だけど落ち着く部屋だった。



「すまん、途中から寝ちまってたわ」


「僕が聞いてたから大丈夫だよ」



 謝るウルスにそう言い、神父から聞いた話を自分でも再度確認するようにウルスへと説明する。



「ここは嫌な国って事だな」


「あの神父が嘘をついてる可能性もあるけどね……なんにしろあんまり良い国とは言えなさそうだね」


「まぁまだよく分かんねぇし今日は寝ようぜ」



 ウルスはそう言うとそのまま座っていたベッドに潜り込んで寝てしまった。


「そうだね、おやすみ」


 聞こえているか分からないけど、ウルスにそう声をかけて蝋燭の火を消す。

 ハシゴを上がり寝転んだベッドは古そうに見えたが、見た目にはよらず案外良い寝心地だった。



 翌日、扉を叩く音で目が覚める。

 どうやら神父が起こしに来てくれたらしく、「朝食の時間だよ」と食堂のような場所へと案内される。


 するとそこには顔に包帯を巻いた怪しげな男が食事をしていた。



「ジュノ、新しい子供たちだよ」



 神父がそう言うと、その男はこちらをチラッと見るとまるで興味がないかのようにすぐに視線を外す。

 綺麗な金色の髪の毛に包帯の隙間から見える青い瞳が映える彼は、すぐに食事を終え食堂から出ていってしまった。



「……仲良く、は出来なさそうだな」


「ハハハ……すまないね。人見知りで無口な性格なんだ」



 ウルスの言葉に、神父がそうフォローを入れてくる。



「さぁ、君たちも座って食べなさい」



 神父にそう言われ席につく。

 ジュノと呼ばれたあの人が先に食べていたから毒を仕込まれている事はないだろうと判断して、用意されたスープとパンを口に運ぶ。


 その薄味のスープと固いパンは、牢屋でカビかけのパンを食べていた僕たちにとってはご馳走に感じた。



「さて、仕事の説明をしようか」



 食事が終わり一息つくと神父がそう言った。



「雑用と、薬を売る仕事でしたっけ?」


「そうだね。まずは雑用から……ドブさらいや下水の掃除、荷物を運んだりする仕事だね。危ない事もそんなにないし、少ないが安定した給金を貰える」




 『そんなに』という言葉が気になるけど、雑用はその名の通りなんでもやる肉体労働らしい。



「反対に薬を売る仕事はとても危険だが、その分上手くやれば得られるお金も多い……一応聖職者でもある私はあまりオススメできる仕事ではないね」


「どういう意味ですか? 医者では無いんですか?」


「……ここで言う薬っていうのは、人を助ける物じゃなくて……むしろ毒のような物の事だ」



 神父の言った事の意味がよくわからない。

 毒なんて避ける物が、この話だと高値で売れるという事になる。



「その薬は、飲めば天国に行ったような気分になる。ただそれを経験してしまうと廃人のようになり、薬なしでは生きていけなくなるんだ。辛い現実を一瞬忘れる為だけに、毒を買う人がいるんだよ」



 その説明でなんとなく理解できた。

 一時の快楽の為にその後の生活を犠牲にするほどの絶望の中で生きている者が、ここには沢山いるのだろう。


 僕もミアとウルスが居なければそうなっていたかもしれないと考えると、背筋が寒くなった。



「……どちらを選ぶかは任せるが、薬は売れなければお金も手に入らない。私がお勧めするのは雑用だね。よく考えると良い」


「はい」


「さぁ、少しスラムを案内しよう。準備をするから少しだけ待っていてくれ」



 そう言い神父が食堂から出ていくと、ウルスが話しかけてきた。



「なぁ、どうする?」


「まだよく分かんないけど、まずは確実に稼ぐ為に雑用の仕事をするべきだと思う」


「だよな、薬なんてどんな風に売るかもよくわかんねぇし……」



 僕とウルスの意見が合致した。

 とりあえずは雑用の仕事を選ぶことになりそうだ。


 仕事内容についていろいろ想像して話し合っていると、神父がラフな格好に着替え籠を持って入ってきた。



「さぁ行こうか」



 神父がそう言い三人で外に出ると、昨日とは違い晴れた空と行き交う人々のせいか、街の印象が少し柔らかく感じる。



「こっちだよ、はぐれないようにね」



 そう言い歩いて行く神父の背中を追いかけ数分、着いた場所には屋台が並んでいた。



「ここは市場だね、食べ物や日用品が手に入る。お金が手に入れば好きに使えば良い」


「おぉボトルさん! 新入りかい?」


「あぁ、優しくしてやってくれ」


「ならこれサービスだ、持っていきな」



 神父が説明していると、果物の並んだ屋台の男が話しかけてきた。

 男は大きな声で話しながら果物を数個神父に渡し、こちらに笑顔を向けてきたので会釈で返す。


 神父の話では治安が悪そうに感じていたが、建物の綺麗さを除けば目の前の光景は普通の街に見えた。



「……薬なんて売れなさそうだね」


「だな」



 ウルスとそんな会話をすると、神父が振り向き口を開く。



「この辺りは治安の良い場所なんだ。かと言ってもぼんやり歩いていれば危険だけどね」


「この辺りって事は、悪い場所もあるのか?」


「今から案内するよ。あまり目を合わさないように気をつけなさい」



 そう言った神父に続き歩いて行くにつれ、辺りの雰囲気はどんどんと変わっていった。

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