第12話【出立】〈勇者視点〉


 風呂から出るとノブルスとルミエールが待っていて、長い時間待たせた事を少し申し訳なくなった。

 謝罪の言葉が出そうになるが、白髪の老人にまた注意されそうだと思いギリギリのところで思いとどまる。



「……タケル様、本日は皇帝様並びに貴族の皆様との食事会でございます。時間になりましたらお呼びしに伺いますので、それまで部屋でお休みになられて下さい」



 俺のその様子に怪訝な顔をしたノブルスは、そう言い終わるとルミエールに視線を送る。

 今のは「後は任せるぞ」という意味だったらしい、ルミエールが小さくお辞儀をすると、彼はそのまま何処かへと歩いて行ってしまった。



「では、お部屋へ戻りましょうか」



 彼の背中が見えなくなると、ルミエールが笑顔でそう言った。

 まだ覚えてない城の中を、周りの景色を少しでも覚えられるように見渡しながら数分歩き、俺たちは自室へと戻った。


 しばらくルミエールの淹れてくれたお茶を飲んだり窓の外の景色を眺めながら過ごしていると部屋の扉からコンコンと音が聞こえた。

 ルミエールが返事をすると、ガチャリと扉を開けてノブルスが入ってくる。



「タケル様、夕食のお時間でございます。食事の際はルミエールが側に控えておりますので、何かあれば彼女にお申し付け下さい」



 どうやら完全アウェーの場に一人で投入されるのではなく、ルミエールも居てくれるらしい。

 ホッと胸を撫で下ろしルミエールの方を見ると、彼女は任せてくださいと言わんばかりに両腕でガッツポーズのような動作をした。




────────────



「中ではもう皆様がタケル様の事をお待ちしております。部屋に入った際に一礼して、空いている席へとお願いします」


「わかった」



 ノブルスに案内されて辿り着いた大きな扉の前で、彼は振り返りそう言った。

 俺の返事を確認すると彼は取っ手を持ち、目の前の大きな扉を開く。


 中にはファンタジー物でよく見るような西洋式の長いテーブルがあり、それを囲むように偉そうなおっさん達が座っている。

 彼らの品定めをするような視線を感じて少し萎縮してしまうが、この状況で逃げ出す事は出来ない。


 ノブルスに言われたように一礼し空いている席を探すと、それはすぐ見つかった。

 部屋の一番奥、上座に座る皇帝のすぐ隣の一番目立つと言っても過言ではない席が俺の席のようだ。



(もっと目立たない場所が良かったな…)



 主役が自分であるという事は分かっているが、この偉そうな男たちに質問攻めにされる事が明らかなこの状況に憂鬱になる。

 席に座る前になんとなくもう一度頭を下げてから腰を下ろすと、対面に座る頭頂部のハゲた男が口を開いた。



「さぁ皆様、主役の勇者様が参りました。乾杯といたしましょう」



 その男の音頭に合わせ、ワイングラスを見様見真似で掲げると、そのグラスを高く上げる動作のせいかルネッサンスと叫びたくなるがやめておく。

 まだ伺うような視線を送られるその居心地の悪さに、グラスの中身を一気に胃の中へ流し込んだ。



────────────




「はぁ……」



 食事会は無事終わって部屋に戻り、堅苦しい服も脱がずにベッドに倒れ込む。

 それを見たルミエールが近寄って来て、体を締め付けてくるその服を緩めてくれる。



「お疲れ様です。大変でしたね」


「あぁ……覚悟はしていたけど、あんなに質問攻めにされるとは思わなかった」



 苦笑いしながら俺を気遣うルミエールに、さっきまでは言えなかった本音が溢れる。

 食事中、次々と飛んでくる質問に気を遣いながら答え、食べるタイミングまで考えないといけないのは想像していたよりも大変な事だった。



「しかも皇帝の最後のあの話も……」



 食事会の終わり際、皇帝は今まで見た中で一番の真剣な表情でとんでもない事を言い出した。

 セリフをそのまま覚えている訳じゃないが、要約すると「勇者の訓練も順調そうだから、あと十日程で作戦を決行する」との事だ。

 その言葉に沸き立つ貴族の中で、一人反論する事などは到底できなかった。



「と、十日あれば魔力の放出を使いこなせるようになりますよ! 問題ないです!!」



 ルミエールはそう励ましてくれるが、皇帝がそう言い出した時、彼女が冷や汗をダラダラ垂らしていたのは視界に入っていた。

 不安ではあるが、もう決まってしまったのだから仕方がない。

 明日からはより一層気合を入れて訓練に挑むしかない。



「まぁやるしか無いか……頑張ろうな」


「はい! 精一杯お教えさせて頂きます!!」



 大きな声でそう答えるルミエールを見ていると、こちらもやる気が出てくる。



(それに俺が失敗すればそれはルミエールの失態としても処理されるだろう。この世界で一番俺に良くしてくれている彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。)



 そう考えると、より一層覚悟が決まる。



 そこからの十日間は、目が回るほどに忙しかった。

 起きてから日が沈むまでは訓練、夜は遠方の貴族が日替わりでやってきて食事会、食事の後にも「この世界の常識を知らなければならない」と、ノブルスによる講義が毎日続いた。




 ヘロヘロになりながら迎えた出立の日、いつもより早い時間にルミエールに起こされる。

 いつも訓練の時に着ている動きやすい服をルミエールに着せてもらい、いつものように馬車に乗りこむ。


 ルミエールによると普段から使っていた訓練場は兵士達も利用する場所らしく、俺が利用している間は邪魔になるからと国を囲む城壁の外で訓練をしていたらしい。

 どこかへ遠征に出かける際はそこに集まるのが習わしという話なので、いつもより早い時間ではあるが俺はここ数日と同じようにその場所へと向かっている。



「タケル様は兵士達を見るのは初めてですよね。きっと驚きますよ」



 ルミエールのその言葉に、「どうせファンタジーでよく見たような光景だろ」と捻くれた考えをしてしまうのは疲労のせいだろうか。

 そんな事を考えてしまった事に反省しているといつのまにか到着していたようで、馬車が止まりドアが開く。


 そこは俺がいつも"魔術"を放っていた場所の真後ろに広がっていた広場だ。

 木の柵に囲われている事から動物でも飼うのだろうかと思っていたその場所に、数え切れないほどの兵士たちが並んでいる。

 銀色に輝く甲冑に身を包み、兵士というより騎士という言葉の方がが似合う彼らから、なんとなく察してはいたがこの国がこの世界では有数の強国である事が伝わってくる。



「タケル様、こちらです」



 その光景に圧倒されて立ち止まる俺に、ルミエールがそう声をかけてくる。

 彼らの正面には日本の学校でよく見た、校庭にある朝礼台のような物が置かれ、その隣へとルミエールは歩いて行く。



(なにか言わされるんじゃ無いだろうな……)



 その嫌な予感は的中し、皇帝が校長顔負けな程長々と喋った後に紹介されると、半ば無理やり台の上に立たされる。



「タケル様、彼らを力付ける言葉をお願い致します」



 台に上がる直前、ノブルスにメガホンのような魔道具を手渡されながらそう言われ、必死に頭を回転させる。

 口元に持って行ったその魔道具に少しだけ魔力を込めると、ボフッと息の音が入り少し恥ずかしくなる。



「……し……諸君、心配する事は何もない! 私が圧倒的な力を見せ、鬼の一族の戦意をすべからく削いでやる!! お前達はその何も出来ない鬼どもを捕らえるだけで良い!! 頼んだぞ!!」


「「「ウオオォォォォ!!!」」」



 緊張からよく分からなくなり変な言葉遣いになったが、地鳴りのように湧き立つ兵士達の反応からするとこれで良かったのだろう。



「素晴らしいです…!」



 恥ずかしすぎてすぐに台から降りた俺にルミエールがそう囁いてくれる。

 その言葉に小さくありがとうと返し、恥ずかしさを態度に出すとダメだと思い、胸を張って立つ事にした。



 俺の言葉は最後のプログラムだったらしい、解散の号令がかかり兵士達は出立の準備を整え出す。



「なぁルミエール、俺の荷物とかはいいのか?」



 忙しそうに動く兵士達が抱える大きな荷物を見ていると、手ぶらでここに来た事が不安になりそう尋ねる。



「大丈夫です、必要なものは兵士達が全て運んでくれますから」



 彼女がそう言いながら視線を向けた先には、ピックアップトラック程のサイズの荷台が並んでいる。

 その荷台には大量の荷物がこれでもかと積み込まれていく。



「それよりもタケル様、私達が乗る馬車が来たようです」



 ルミエールが手で示したその方向から、今まだ乗っていた物とは違い無骨な見た目の馬車がゴロゴロと音を立てながらこちらに近づいてきた。

 その馬車は普段利用していたものよりも少し大きく、大人の男が横になれるスペースまでありそうだ。



「おぉ、大きいな」


「長旅なので少しでも勇者様が休めるように、と皇帝様が用意してくれたそうです」



 ルミエールのその言葉で、馬車のサイズが皇帝からの期待の表れのように感じプレッシャーを感じる。

 周りを見ても、これだけ多数の兵士が乗れるほどの馬車は用意されていない。

 行軍の道中歩く兵士の横でこれに乗って快適に移動するならば、決して失敗するわけにはいかないという気持ちが大きくなる。



「ではタケル様! 乗りましょう!!」



 そんな俺の気持ちとは裏腹に、ルミエールは元気よく馬車へと乗り込んでいく。

 馬車の中からこちらへと手を伸ばし乗車を手伝おうとする彼女の笑顔を見ると、少しだけ気持ちが和らいだ。




「あぁ、頑張ろう」


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