第10話【魔術】〈勇者視点〉


 翌日、メイド服に身を包んだルミエールに起こされた。

 いつの間に用意されたのかテーブルの上に置いてあった朝食を食べ、ルミエールに着替えさせられる。


 今朝は自分の仕事に集中しているのか、その顔が赤くなる事はない。

 『慣れ』ではなく別の理由を推測するのは、慣れるほど彼女が俺の体を見ていない事を一番知っているのは俺だからだ。



 昨晩、食事を終えるとお湯とタオルが運ばれてきて、それで体を拭けという事だった。

 流石に自分で拭くとルミエールに伝え、部屋から追い出し着替えまで済ませた。

 しかし呼び戻したルミエールはどこか悲しそうな表情で、僕らの間には気まずい空気が流れていた。


 据え膳食わぬは男の恥とも言うが、出会って初日の女を抱くほどの度胸は無く「今日は普通に寝る」と言い眠りについた。

 後悔しているかと聞かれればしていない事もないが、今後そういう機会はいくらでもあるだろうから気にはしていない。


 それよりも今日はこの後"魔術"の訓練をすると言われているので、そちらの方が気になっている。


 そうこう考えていると着替えが終わったらしく、ルミエールに声をかけられた。

 その顔は昨日とは打って変わって晴れやかで、自分の仕事を全うできた事に満足気だ。



「勇者様、今日は訓練となりますが初日ですので辛い事はありません。頑張りましょう!」



 眠くてボーッとしているだけの俺が緊張して話さないとでも思ったのか、励ますような言葉をかけてくる。

 勿論今日も美人なのだが、なんだか昨日よりも可愛く見えたルミエールの頭を撫でると、なぜか顔を真っ赤にしている。



「よし、行こう。訓練場はどこだ?」



 かかしのように動かなくなったルミエールにそう声をかける。

 ハッとなった彼女は「こちらです」と、まるで何事もなかったかのように案内を始めた。



 ルミエールに着いて行き、辿り着いた場所にあったのは馬車だった。

 どうやら城の中には思いっきり"魔術"を放てるような場所はない為、街の外までその馬車で向かうらしい。



 ルミエールと二人かと思ったが、昨日の白髪の老人も共に行くようだ。どうやら皇帝に俺の"魔術"について報告しなければならないらしい。



 馬車に乗り込み堅牢な城壁沿いを少し走り、大きな門を抜けるとこの城は高台に建てられている事が分かった。

 城の下に広がる、文字通り城下町へと峠道のようにクネクネとした石造りの道を下っていく。




 徐々に近づくその街は、教科書で見た古いヨーロッパに似ていて美しく、歩いている人も多くて活気に溢れている。



「凄いな……」



 思わず心の声が漏れると、ルミエールが反応した。



「凄い大きな街ですよね、私も最初にこの国に来た頃は驚きました」 


「ルミエールはここの出身じゃないのか?」


「いえ、田舎の村で暮らしていたんですが、父のお仕事の関係で移り住んで来たんです」


「へぇ、お父さんは何を?」


「薬師をやっております」



 ルミエールの話を聞き、この世界では日本にいた頃の薬とはまた違ったポーション等のファンタジーな物が作られているんだろうか、とふと気になる。



「それは素晴らしいな、今度見に行ってもいいか?」


「……! 勿論です!父も喜ぶと思います!」



 俺が行けば『勇者御用達』とでも言えるからだろうか、ルミエールは予想以上に喜んでくれている。



「……ゴホンッ、そろそろ到着致しますよ」



 白髪の老人がいる事を忘れていた。

 俺らに何か注意をするような咳払いに、少し気まずい空気が流れたので別の話題を振ってみる。



「そういや、まだお名前を聞いてなかったかと思うんですけど……」


(なんならここまで来て自分の名前すら言っていないけどね……)



 勇者という称号があるから呼ばれてばかりの自分は特に困る事はなかったが、今後のためにも目の前の老人の名前ぐらい知っておきたい。



「すみません、申し遅れました。私は執事長のノブルスと申します。そして勇者様、私にも敬語は不要です」



 別に謝ることはないが、目の前の礼儀の正しい老人はこの話し方が身に染み付いているのだろう。

 こっちの名前も聞かれるかと思ったが、続いた言葉はまたしても俺の話し方についての物だ。



「わかったよ。……この世界に来てから名前を名乗った記憶がないんだけど、自己紹介はしても大丈夫か?」



 この世界の常識はよく分からない。

 もし名前を隠す必要があるならまたしても目の前の老人……もといノブルスに注意されることになる為、一応聞いてみた。



「これまた申し訳ございません。勇者様とお呼びしていてそこまで気が回りませんでした。お名前を伺っても宜しいですか?」


「私も聞きたいです!」



 また謝ってくるが、その声色は淡々としている。勇者という称号がある者なら、それがどういう人間でも構わないんだろう。

 反対にルミエールは急に大声を出すくらいには興味を持ってくれているらしい。目を大きく開いて期待している顔も綺麗だ。



「あー、俺の名前はタケルっていうんだ」



 ルミエールの期待のかかった眼差しに何かプレッシャーを感じ、何て言えばいいか分からず変な感じになってしまった。

 苗字は言い忘れたが、創作物ファンタジーよろしく高貴な身分の者しか家名は持たないのだろう。特に突っ込まれる事はなかった。



「素敵なお名前ですね! これからはタケル様とお呼び致します!」



 何故かルミエールはテンションが上がっている。正直な事を言うと様を付けられるのもむず痒いが、これもこの世界の常識なのだろう。諦める事にする。



 そうこうしていると馬車が止まり、ノブルスに声を掛けられる。



「タケル様、到着いたしました。帝国軍兵士が利用する".魔術訓練場"でございます」



  二人が先に降りドアを開けてくれ、ルミエールが降りる時に転ばぬようにと手を支えてくれる。

 降りた先に広がる景色は、昔アメリカで行った事のある射撃場に似ていて、遠くに人の形を模した的が何個か置かれている。



「ではここで、"魔術"の訓練を始めましょう」



 ルミエールにそう言われ、周囲を見渡す。

 異世界から来た勇者は"魔術"の素質があるとは言われ、彼女に魔力があるかどうかまで昨夜確認してもらっているが、何をどうすればいいか全くわからない。

 先生となる誰かが居るのかと思ったが、どこかに隠れでもしていない限り現状はルミエールとノブルスの二人しか見当たらない。



「どうされました?」


「いや、"魔術"の先生とかいないのかなって……」



 ルミエールが不思議そうに尋ねて来て、それに答える。

 すると彼女は何かに気づいたような顔をして、何故かドヤ顔でニヤついた。



「タケル様、貴方に"魔術"を教えるのはルミエールです」



 ノブルスにそう言われ、ドヤ顔の理由が分かった。メイドにされるぐらいだから巫女の才能は無いのかと思っていたが、そんな事はないらしい。



「ルミエールは"魔術"が得意なのか?」



 もう既に何となく察しは付いているが、聞いて欲しそうな顔をする彼女に尋ねる。



「実はこれでも、巫女の中では一番と言われております」



 ドヤ顔の彼女からは、予想からそこまで外れる事のない回答が返ってくる。

 さっきまでとは違い少し崩れた態度のルミエールを見かねたのかノブルスが咳払いをすると、それに気づいた彼女は「あっ」という顔をしてバツが悪そうにしている。



「……じゃあ俺もちゃんと”魔術”が使えるようになれるな、よろしくな」


「は、はいっ!! ではまずは体内の魔力感知から始めていきます!!」



 気まずい空気を振り払わないとと思い、訓練を始められるように促すとルミエールはその意図を察して訓練の説明を始めた。



「魔力というものは血液と同じようにに流れていますので、その流れを認識しなければ”魔術”の発動はできません。今日は魔力感知と、その魔力を体外に放出する感覚をつかむ訓練を行っていきます」



 ルミエールに言われた流れているという言葉を意識して目をつむり集中してみると、昨夜ルミエールに魔力を確認してもらった際に感じた温かいものが、確かに体の中で流れを形成しているのを感じる。



(放出……ダムの放流みたいなものか?)



 目を開き、全身を見下ろし体のどこにそのイメージを持ってくるか考える。

 なんとなくやりやすそうな手の平に集中し、流れの途中に穴をあけて外へと魔力が溢れ出すようにイメージすると、空へ向けてレーザービームのように白い光がとんでもない勢いで飛び出した。


 それはダムなんかじゃなく、鉄を切るのに使う水圧レーザーのように空まで長く伸び、その光に触れた雲は空に波紋を描き出す。

 その魔力に暴れる右手を必死に左手でつかみ支える。

 空以外に向ければ、その場所がとんでもない事になるのは自分でも理解できる。



「……ちょ、ちょっとタケル様ッ!! 止めてくださいッ!!!」



 一瞬目を丸くして呆然としていたルミエールが、大きな声で叫ぶ。

 どうにか止めようと穴を絞り込むようにイメージすると徐々に光は消え、俺は腰が抜けてその場に座りこんだ。



「大丈夫ですかッ!!」



 ルミエールが駆け寄ってきて、体を支えてくれる。自分でやったとはいえ、予想だにしなかった出来事に笑いがこみ上げてくる。



「……な、なにを笑っているんですか!! あんなに魔力を放出したら死んでしまいますよ!!」


「ごめんごめん、大丈夫。体調とかは特に悪くなったりもしてないよ」



 ルミエールは信じられないという顔をして俺の手を握ると、俺はその手に昨夜と同じように温かいものを感じた。



「そうですね、魔力は枯渇していないです……すみません、私がちゃんと教えないから……」


「いきなり挑戦したのは俺だからルミエールは悪くないよ、こっちこそ悪かった」



 そう言い、ずっとルミエールに支えてもらっていることに申し訳なさを感じてきたので立ち上がる。

 まだ心配そうな顔をするルミエールだが、本当に気分も悪くなければどこも痛くない。



「本当に大丈夫だよ、続きを教えてくれるか?」


「……わかりました。本当は明日からやるつもりでしたが、放出まで出来てしまったので細かい操作の訓練をしましょう。まずはその魔力を抑えながら放出できるようにならないといけません」



 どうにか信じてくれたようなので、まだ訓練は続けられそうだ。

 そう考えながら空を見上げると、雲は先ほどの勢いを示すかのように俺達の真上だけぽっかりと穴をあけていた。

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