第2話【生きる為に】
森の中に逃げた僕ら三人は、秘密基地として時々溜まり場にしていた洞窟の中で朝を待った。
途中で気を失うように一時間程度眠ることはできたが、ついさっき見た夢であってほしい光景が悪夢となり襲ってくるせいで、十分な睡眠をとる事は出来なかった。
ミアとウルスも暗い洞窟の中で黙って座っているだけだが、それを見ながら僕はなぜか昔の事を思い出している。
あれはまだ僕が”魔術”もロクに使えず、近所に住むいじめっ子たちに「弱虫」とからかわれていた頃の事だ。
弱い僕の前にいつも二人が立って守っていてくれていたあの頃、いじめっ子の一人が投げた小石がミアに当たり、ミアの額から血が流れた。
怒って追いかけていくウルスとその場にしゃがみ込み涙を流すミアを見て、それまで物語に出てくる英雄のように感じていた二人も自分と同じ年の子供であるという事に気付き、守られるだけじゃなくて守りたいと思った事を思い出す。
(今がその時なのかもしれない、今度は僕が二人を守るんだ)
朝になり太陽が出るとその光により不安が和らぎ、暗い間は考えられなかった事も少し考える余裕が出来た。
ウルスとミアは昨日ここに逃げてきたと様子は変わらずふさぎ込んでいるようだが、このままここで飢え死ぬわけにはいかない。
何が起きたか、誰か無事なのか、街はどうなったか等、気になることは数えきれないがとにかく情報よりも生きる為に何をしなければならないか考える。
今は何より食糧を入手しなければ、今日明日さえ生きていけない。
「ウルス、ミア、動けそう?」
二人に声をかけると、返事はないが二人とも頷く。
「正直僕も今はどうすればいいかはわからない。だけどこの状況をどうにかする為には生きなければならない。だから僕は食料を探しに行く、二人はどうする?」
自分一人で食料を探しに行ってもいいけど、何か行動することで心の整理がつくこともあるだろう。二人に寄り添いながらも今の優先事項を簡潔に伝え、後の行動は本人たちに任せ返答を待つことにする。
「生きる為……そうだよね……わかった、私も行く」
「……クソォッ! ……すまねぇ……俺も行くぜ」
ミアは目に涙が浮かべながら、そしてウルスはまだ何もできなかった自分のふがいなさに苛立ちを隠せない様子だが、二人とも動けそうだ。
「僕の方こそありがとう。皆で生き残ろう」
その言葉に二人ともが力強く頷いたことを確認し、とりあえず喉の渇きを潤すために近くの川へと向かう事にした。
食料を探すとは言ってもそんなに難しい事ではなく、普段から遊び場としてこの森を使っていた僕たちにとっては、少し多めにおやつを探すようなものだ。
太陽が真上に上がる頃には二、三日過ごすのに十分な食料を洞窟の中へと貯めることが出来た。
十分な食事により更に冷静になれた僕達は、今後どうするかについて話し合うことにした。
「何か行動を起こすにしても情報がいるけど、街の様子を確認しに向かうにはまだ早すぎるよね。あの量の兵士が居たんだからせめて明日、安全を考えると明後日までは様子を見には行けないと思う」
「私の”魔術”で視てみようか?」
「……いやそれは……逆にミアの”魔術”を探知できる奴がいるかもしれないからやめておけ」
ミアの”魔術”に頼れば今すぐ確認できるけど、もし街のみんなが全員殺されていた時に一人で確認すれば今以上に精神的におかしくなってしまうだろう。
ウルスもそう考えたのかは分からないが、それらしい理由をつけてミアが”魔術”で視ようとするのを止めてくれた。
「とにかく明後日まではここで隠れてやり過ごそう。火は使えないからウルスも釣竿はまだ使わないでね」
「おう、それまでは果物生活だな」
昨日、体に力が入っていたウルスは釣竿を握りしめていることに気付かないままここまで逃げてきていた。
食料確保に使えるからありがたいが、火を起こして見つかりでもすれば一大事な為、念を押しておく。
「よし、とりあえず今後することは決まったね。あとはちゃんと寝られるようにに枯葉をいっぱい集めようか」
決まった目標は短期的な物だけど、僕らに唯一ある手掛かりは襲われた街のみだ。
復讐、生存者の救助、どこかへ逃げる、どんな選択肢になるかは分からないが今はただ何か情報が街に残されていることを祈るしかない。
今は山に慣れている僕の知識で、二人が少しでも休めるように頭を回すことにした。
それから一日半の間、貯めた食料を少しずつ食べながら、僕らは街の人々を供養するように、今までの家族での思い出や街での出来事を語り合った。
あの惨状を目にした三人全員、誰か生きていて欲しいとは願うもののその願いが叶いそうにないことを理解している。
途中に睡眠を挟みながらも一日半という長い時間話し合えたことで、僕たちは街がどんな状況であっても心が壊れなさそうな程度には気持ちに区切りがついた。
ついに街を確認しに行く日、まずはウルスが竜を出した場所へと向かい、遠くからもう銀色の兵士とあのバケモノが居ないか確認する事にする。
その場所の近くまで来ると、バケモノの攻撃でえぐれた地面が見え、あの時の恐怖を思い出し足がすくむ。
怖くても進むしかないと爆発地点に近づくと、その焦げたような地面から新しい芽が生えてきているのを見つけ、自分も生きなければという思いを再確認出来た。
この場所から見える範囲の街には生き物の気配はなさそうに見える。しかし残っている兵士が居たら大変なことになりかねないので、ミアに視てもらう事にした。
「ミア、何もいないかだけ確認してくれる?」
「うん……わかった」
ミアはしばらく集中する必要があるので、その間に全体的な街の惨状も確認する。
あの時上がっていた炎はもう消え去り、街全体が黒く焦げている。生存者が居たあの広場とその周りの建物だけに元の色が残っていることがただの火事とは違い、何か意思を持って攻撃してきたあのバケモノのことを思い返させる。
「誰もいないよ」
「わかったありがとう……よし、行こう。」
ミアの索敵が終わり、山を下りて街へと向かう。街に近づくに連れて、あの日嗅いだ匂いと同じ焦げ臭い匂いが辺りを立ち込めて行く。
それぞれ自分の家があったであろう場所を見に行くと、僕の家があった場所はあの光線が直撃したのか、がれきの山で何が何だか分からない。ミアの家は半分吹き飛び、残りは黒く焦げている。ウルスの家は形は残っているものの、いまにも崩れ落ちそうだ。
僕たちは涙をこらえながら手を合わせ、家族の魂が安らかに眠るように祈った。
次に街の中心部に向かう、被害がほとんどない場所だが、逃げる際に脱げたのかいくつかの靴が落ちていた。
「……イテッ!」
他に何か無いかとあたりを見回していると、ウルスの声が聞こえた。
彼の方に視線を向けると、何かを拾おうとして手を切ったらしく、赤い血がにじんでいる。
「割れた鏡なんか拾おうとするからよ。ちょっと見せて、血が出てるじゃない」
そう言いながらミアが手当をしようとする光景をボーッと眺めているとウルスの手から流れ落ちた。
地面に染み込んだ赤い血を見てハッとなり、僕は二人に駆け寄りウルスの手を握った。
「イテェよレオ! そんな強く握んなッ!」
「どうしたのレオ?」
「違う、何も無さすぎるんだよ」
「「……どういう事?」」
二人は僕がおかしくなったんじゃないかと疑う視線を向けてきているが、ウルスの怪我を見て気が付いた事がある。
生存者はこの場所に集まり、そこにあのバケモノが降りて行った。
なのにも関わらずこの場所は焦げてもいなければ、血の一滴も落ちていない。この場所で殺されたならバケモノの一撃か銀の兵士に嬲り殺されているはずだ。
(それにミアがあの時言った言葉……。)
「ミア! あの時生きているって言ったのは誰の事!?」
「急に何よ、みんなの事よ。死んでいる反応が見当たらなかったの」
「……生きてるかもしれない。」
「「え?」」
不思議がる二人に推測したことを話すと、二人は辺りを見渡し、信じられないという表情をするが、どこか希望が見えたような目をしている。
「でもまだ確定した事じゃないから喜ぶのは早いけど……とにかく何でもいいから手掛かりを探そう!」
二人は頷き、全員一度分かれて手掛かりを探すことになった。
しばらく広場の周りを探索したが何もなく、僕はあの日置いてきてしまった魚の入った籠を見に行ってみることにした。
城門があったであろう場所から外に出て、川のある方角を探すとそれはすぐに見つかる。
腐った魚の匂いを覚悟していたがそんな事はなく、魚がなくなっている代わりに一枚の紙が入っていた。
『魔の民の生き残りよ、もしこの手紙を見たのなら”マルム帝国”へと来い。
お前の仲間は死んでいない、奴隷として国へと持ち帰る。
何か無駄な抵抗をすれば仲間の命は無いと思え。
城門にてこの手紙を兵士に渡せば仲間と同じ場所に送ってやる。』
開いた紙には、殴り書きされたような汚い字でこんなことが書かれていた。
奴隷や脅し文句など、恐ろしい内容が書かれているが今の自分にとっては嬉しい内容だ。
生きて家族や街のみんなと会えるかもしれないという一筋の光明が差した。
「やっぱり生きてる……よかった……」
そう安堵し二人にこの事を伝えに戻ると、気の早いウルスはすぐに飛び出そうとした。
「それを持ってその国に行けば家族に会えるんだな! 早く行こうぜ!」
「ちょっと待ってよ、のこのこ行ったところで奴隷になるだけだよ」
「どうにか助け出す方法があればいいんだけど……」
ウルスを落ち着かせ、三人でどうすれば仲間を助け出せるかと考えるがいい案は一向に出てこない。
未知の敵を相手にこちらは子供三人、しかも山を越えた先に広がる世界の知識も情報も足りない。
「とにかく僕らは何も知らない、山を越えた先で情報を集めて何が出来るか考えていくしかないよ」
「そうね、もう怖いなんて言ってられないね」
「家族を助ける旅ってことか、いいじゃねぇか」
どれだけ悩んでも解決策なんか出てこない。
唯一出てきた策を提案すると二人も「それしかない」と首を縦に振ってくれた。
三人の意見が合致したところで、旅の準備に取り掛かる事にした。
街から使えそうなものを集め、山の中にも食料を集めに行く。全員の準備が整った頃にはもう日が沈みかけていた。
「もう暗くなっちまうな、今日は無事な建物で夜を過ごして明日出発しようぜ」
「そうだね、じゃあ僕はご飯の準備をするよ」
「私も手伝うよレオ」
街の中心に近くて無事だった民家の一室で、僕たち三人はこの街最後の食事をした。
畑から無事だった芋などの作物とこの家に合った干し肉で作ったスープは久しぶりの温かい食事だったからか、いつも家で食べていたものよりも美味しく感じた。
「これ美味いな」
「私が作ったんだから当たり前じゃない」
「僕が焼いた魚はどう?」
そんな会話をしながら食事をし、ウルスがどこかから見つけてきたお酒を飲みながら、僕たちは明日からの旅への不安を吹き飛ばすように遅くまで騒いで過ごした。
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