第30話

私は、彼の肩に手をかけ、グッと自分の方へ引き寄せた。


そして、彼の首に手を回し、ゆっくりとその頭を撫で、肩をさすった。



しばらく驚きで動かなかった男は、驚きが収まると同時に、


溢れ出すように、



その美しい涙を零した。



私の背中に手を回し、存在を確かめるようにしがみつきながら、声を上げて、泣き始めた。


何度も何度も、私の背中を手で握っては離し、しがみつく。



ーーーーーーーカラン



男が飲んでいた、XYZの氷が溶ける。


ーーーーーーXYZ



今日が最後なら。


きっと明日は何かが始まるのだろう。


やり直すのではない。

始めるのだ。




きっと、この人なら。

この人だからこそできる、始まりを。



私は、肩口に顔を埋めて声を上げて泣く男を、そっと、さっきよりきつく抱きしめた。




休日は混むこのバーは、平日、誰も来ない。

私1人で過ごしていた、いつもの平日の夜。



今日は、


とても美しい心を持った

とても美しく生きてきた

とても美しく泣く


そんな男に、会った。






fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る