第149話



「どっ、どうしよう!」


『ど、どーした?』


「お皿、割っちゃって…」


『(うーーわーーーー!!!)

動くなよー!今行くから!』





ミツナの大きな声が聞こえて大慌てでミツナの元に駆けつけると、割れた食器に手を伸ばそうとしゃがみみかけているミツナがいた。



「(あああぁぁぁっ!!待て待て待て待て!)」



相変わらず声は出ない。

手話でなんとかミツナの動きを引き止め、しゃがみかけていたミツナの背筋をゆっくり伸ばす。



『パパッと片付けちゃうから、つらいかもしんないけど立って待ってて。

絶対しゃがむなよ?頼むから、本当に』


「そんなに心配しなくても、大丈夫よ?」


『そう言いながら大丈夫だったことないだろー!』




私は急いで箒とちりとりで破片を集めた。

さらに、掃除機で細かい破片を吸い込んで行く。


さらにさらに念を入れてミツナの服をコロコロで綺麗にする。




「あらあら。丁寧にありがとうね」


『それはいーよ。ってか、怪我してない?

大丈夫?』


「うふふっ。大丈夫よ」





にこにこと笑うミツナのお腹は、だいぶ大きくなっていた。


あと3ヶ月もすれば臨月になる。



たまにポコポコとお腹を蹴る振動が愛おしいのだと。




そして、ミツナは検診が終わるたびに、この頃の私がどんな様子だったのかを話してくれる。



例えば、ちょうど今頃。


私は小さかったらしく、あまり元気もなかったらしい。

お腹を蹴ったりお腹の中で動いたりが、今お腹にいる子より少なかったとか。



その度に不安になって、心もグラグラ揺れてしまったときもあったらしい。




そんなときはたまに仕事で顔をみせる誠を、部屋のドアについている小さな小さな穴から、椅子の上にのって背伸びをしては盗み見していたらしい。



今日は疲れてるなぁとか、真剣な顔してるなぁとか、声聞きたいなぁとか。


たまにのぞいているのがバレて、その時誠は決まって引きつった表情をミツナに返したらしい。





でも、当時はその表情を見ることさえ楽しみだったとか。






そんなたわいもない話を、ミツナは嬉しそうに話してくれる。



母親というものを身近に感じたことはなかったから、母とはこういうものなのか、と。

柔らかい気持ちになれた。





「璃久ちゃん!髪伸びたわねぇ?」


『言われてみれば、…伸びたな』


「伸ばしてるの?」


『いや。切るのが面倒だった』


「あらら。意外にズボラ?」


『あはは』







穏やかな日々が続いていた。


でも1つ、私は変わった。





それは、







「今日は何するの?」


『少し散歩してくる』


「あ、いつものね?

ここは空気がいいものね」


『うん』







そう。

私は、嘘をつくようになった。







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